第3話 〈サト〉ちゃんのお家

 〈サト〉ちゃんのお家は、平屋で板張りの小さなものだった。


 キッチン兼リビングと、夫婦の寝室に〈サト〉ちゃんの部屋があるだけだ。

 お母さんの名前は〈ハア〉と言い、お父さんは〈サズ〉って名前だけど、お父さんは足を怪我しているようで、リビングでずっと座ったまま過ごしている。


 〈サト〉ちゃんも帰ってきて直ぐに、自分の部屋で寝てしまったから、この家は相当ヤバイ状況なんじゃないかな。

 不幸がかなり積み重なっている感じだぞ。


 僕は〈サト〉ちゃんのお父さんに、警戒されると思っていたけど、そんなことは無かった。

 お父さんに挨拶をした後直ぐに、「屋根の雨漏りを直してほしい」と言われてしまったよ。


 はぁー、知らない人が来たから、いきなり屋根の修理をしろって、この世界では常識なのか。

 たぶん、違うだろう。


 「〈ゆいと〉さんの着ている服は上等だから、お古で悪いけどこの服に着替えてね」


 僕は行く所など無いから、好感度を上げるため、「はい」と元気良く返事をするしかないよな。


 「はい」とは言ったものの、屋根に登るための梯子はしごは、曲がった木で作られたとっても不安定な代物しろものだった。


 僕は運動神経がにぶいので、決死の覚悟で梯子を登ったのだけど、思いのほかスルスルと上がれてしまう。

 最初はおっかなびっくりだったけど、梯子の三段目からは余裕もあったぐらいだ。


 あれ、おかしいな。


 こんなに簡単に上がれるなんて、それに屋根の上に立っても全然怖くない。

 少し動いたくらいでは、少しもバランスを崩さない自信が、今の僕にはあるんだ。

 身体のブレが無いって言うか、体幹が少しもブレないんだよ。


 これは本当に僕の身体なんだろうか、冷静に考えると異世界転移じゃなくて、異世界転生って気もしてきたな。


 屋根に張ってある薄い石板のうち、割れている箇所を新しい物へ替えるだけだったので、思ったよりも時間がかからずに修理は済んでしまった。

 かなり重い石板だったけど、僕の身体は少しもふらつかなかったから、下で見ていたお母さんは「すごい。〈ゆいと〉さんは見かけより、ずっと力持ちなんですね」とニコニコしながら褒めてくれていたよ。


 僕は嬉しくなって、「ははっ、このくらい朝飯前です」と頭が悪そうな返事を返しておいた。


 「〈ゆいと〉さん、お客さんなのにすまないね。 俺の足が変な風に曲がってしまってね。 屋根に上がれないんだ。 これで雨漏れが無くなるから、助かったよ」


 お父さんは屋根に上がれないって言っているけど、歩くことにも不自由してそうだ。

 松葉つえのような物が、必要なんじゃないのかな。


 「〈ゆいと〉さん、何もないのですが、どうぞお昼ご飯を食べてください」


 「ありがとうございます」


 お昼ご飯は、黒くて固いパンが少しと野菜のスープだけだった。

 野菜も形が無いから、たぶんクズ野菜なんだろう。

 味も少しの塩味がしているだけで、良く言えば野菜本来の味がしているとも言えるが、あまり美味しくは無かった。


 それでも僕としては、この世界で初めて食べた物だ、ありがたく頂こう。

 この昼食が最初だったから、この世界の期待値がグッと下げられて、後の生活が楽になると思おう。


 だけど心配なのは、〈サト〉ちゃんが昼食を食べずに、寝たままだったことだ。

 見た感じそれほど病弱では無かったのに、どうしたんだろう。


 お昼からは壁の修理を頼まれた。

 確かに所々に穴が開いているな。


 椅子に座ったままのお父さんに、あれこれと指示を受けながら壁を直していくのだが、板にトントンと釘を打ち込んでいくのは、作業のはずなのにかなり楽しいぞ。


 「ほぉ、とても初めて釘を打ったとは思えないな。 真直ぐだし打ち間違いが無いのは、もうおじさんより上手だよ。 大工だいくになっても良い親方になりそうだな」


 楽しい原因は、これだ。


 僕の思い描いたように手が動いて、最適解さいてきかいのように板が打ちつけられるんだ。

 おまけに自分のやったことに、賞賛までされるのだから、自尊心がくすぐられて顔がとにかくゆるんでしまう。


 褒め慣れていない僕は、どうして良いか分からなくなり、返事を返すことも出来なかったよ。


 そしてどうしてだが、小学生の時にあったドッジボール大会で、僕のいたクラスが優勝した時のことを思い出してしまった。

 そのドッジボール大会で大活躍した〈つばさ〉君は、先生やクラスメイトに褒められて、顔を真っ赤にして照れていたんだ。


 照れてはいたけど、とても嬉しそうだったな。


 僕は反対に何も出来ずに足を引っ張っていたため、クラスメイトの一部から「お前は何の役にもたっていないんだからな。優勝した顔をするなよ」と言われてしまったんだ。

 先生もかすかかにだけど、うなづいていたんだよ。


 すごく嫌な記憶だけど、照れて嬉しそうにしていた〈つばさ〉君の気持ちが、分かる日がくるなんて思いもよらなかったな。


 僕はジーンときて、さらに返事を返すことが出来なくなってしまう。

 ドッジボール大会の日と同じ、昼下がりのお日様が僕を照らしていて、僕は泣きそうになっていたんだ。


 壁の修理が終わった時は、もう夕方になっていた。

 しばらくして夕食になったけど、献立こんだては昼食とほとんど同じだ。

 違っていたのは野菜スープに、ちょびっとだけ燻製くんせいの肉が入っていたことだ。

 燻製の香りがちょびっとだけして、少しだけコクがあった気がする。


 〈サト〉ちゃんは、あまり夕食も食べてなかったけど、それがいつものことらしい。

 育ちざかりなのに、あまりにも少ないと思う量だから、かなり心配になるな。


 「〈ゆいと〉さんは〈神隠し〉だから、どこへも行くとことはないですよね。 馬小屋しか空いてないのですが、泊まっていかれますか」


 「はい。 よろしくお願いします」


 お母さんが言うように、僕には選択肢が何もないのだから、ありがたく申し出を受けることにした。

 馬小屋と聞いて、かなり心配していたけど、それほど悪くない小屋だった。


 馬の匂いは少ししているけど、しっかりとした造りなのは、馬が高価で大切にされているせいだろう。

 お母さんが小屋を綺麗に掃除して、麦藁むぎわらのベッドに洗い立てのシーツをかぶせてくれているので、快適に眠ることが出来ると思う。


 明日からは、学校へ行って皆に無視されることも無いし、家で親に「はぁ」と溜息をかれることも、妹に嫌味を言われることもないから、僕は何も心配する必要がないんだ。


 だから良く眠れると思うけど、この小屋に飼われていた馬はどうなったのだろう、それが気になってしかたがない。

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