第5話 〈悪意の呪い〉

 〈サト〉ちゃんは、その日の夕食をモリモリと一杯食べて、お代りまでしていた。


 「〈サト〉、どうしたの。 そんなに食べて大丈夫なの」


 「うん、平気だよ。 〈サト〉は〈呪い〉が解とけて元気になったんだよ」


 んー、〈呪い〉。


 何とも怖そうなワードが飛び出てきたけど、子供の言っていることだし、異世界であっても〈呪い〉は無いよな。


 〈呪い〉が出てくるのは、陰陽師おんみょうじが活躍する和風の世界だと、テンプレで決まっているはずだ。

 だからここで、出てはいけないんだよ。


 「あぁ、〈サト〉の瘴気しょうきが」


 えぇ、急にどうしたんだ、お母さんが〈サト〉ちゃんを見詰めながら、涙を流しているぞ。


 それに瘴気って、悪い空気ってことだよな。

 邪悪とか、毒っていう要素も含んだ、これも怖い言葉だ。


 「あぁ、〈サト〉。 奇跡が起こったのか。 全身を良く見せてくれないか」


 「うん、良いよ」


 〈サト〉ちゃんは、ぴょんと元気良く立ち上がって、クルクルと回って全身を見せている。

 回れとは言われていないので、クルクルは〈サト〉ちゃんのサービスなんだろう。


 スカートがまくりあがって、白い太ももをチラチラと見せつけているのは、僕をロリコンへいざなっているつもりなのか。


 もしそうなら、今直ぐ止めるのだ。

 その効果は特大と言えるだろう、目を離すことが不能だ。


 お母さんは、クルクルしている〈サト〉ちゃんを両手で抱き寄せて、本格的にオンオンと泣き出している。


 抱かれている〈サト〉ちゃんは、お母さんが泣いているのに少し戸惑とまどっている感じだけど、顔は満面の笑みでとても嬉しそうだ。


 「うぅ、〈サト〉。 本当に良かった。 でもどうして〈呪い〉が解けたんだろう」


 お父さんも両目から涙を流して、すごく嬉しそうだけど、笑い顔の中に少し疑問を浮かべているな。


 僕には何のことか全く分からないけど、状況を整理すると、〈サト〉ちゃんの〈呪い〉がさっき急に解けたようだ。

 それは〈サト〉ちゃんの全身を見れば、服の上から見ても容易に分かることらしい。

 不幸続きのこの家に、良い事が起こって本当に良かったと思う。


 だけど僕には、〈サト〉ちゃんの変化が全然分からなかったぞ。

 僕に分かったのは、〈サト〉ちゃんの太ももが柔らかそうだったことだけだ。


 「あのね。 ご飯の前に〈ゆいと〉お兄ちゃんが、〈サト〉の身体に手を突っ込んでくれたの」


 あぁー、これはあかんわ、僕をお兄ちゃんと呼ぶ女にろくなヤツがいねぇ。


 あれほど固く結んだ約束を、速攻で破りやがった。

 一時間くらいしか経っていないじゃないか。


 うぇーん、僕はロリコンの罪で、衛生環境が悪い牢屋には行きたくありません。

 ロリコンは、完全無欠の冤罪えんざいです。

 白い太ももは、直ぐに記憶から抹消いたします。

 熟女好きだと、ここで万人に向かって宣言しても良いです。


 「はっ、〈ゆいと〉君、どういうことだ。 〈サト〉のあそこに指を入れたのか」


 お母さんは僕を変質者みたいに睨にらんでいるし、お父さんはものすごい顔で怒りをあらわにしているぞ。

 それなのに、〈サト〉ちゃんはニコニコと笑っていやがる。


 君の裏切りのせいなんだから、僕を助けるために弁護するのは、君の義務だと強く思うぞ。


 「えぇっと、決して指は入れていません。 お腹にヒモがあったので、ほどいただけなんです」


 僕は〈サト〉ちゃんの密告でパニック状態となり、何の工夫も無いまま、真実を告げることしか出来なかった。


 「ヒモって何なの。 〈サト〉のお腹に、そんなものあるはずがありません」


 お母さんは〈変質者みたい〉から、僕を〈変質者で嘘つき〉に変えたらしい。

 睨みつけて、目で僕を滅ぼそうとしているようだ。


 「〈ゆいと〉お兄ちゃんは、悪人じゃないよ。 〈サト〉の〈呪い〉を解いてくれたんだよ」


 「うーん、〈ゆいと〉君、もう一度〈サト〉に何をしたのか、説明してくれ」


 「えぇっと、〈サト〉ちゃんのお腹に光っている蝶々結びがあったので、それを引っ張って解いただけなんです」


 はぁ、自分で言っておいて、これはとても信じられない説明だよ。

 荒唐無稽こうとうむけいって、このことだな。


 「そうか。 俺も〈呪い〉に詳しくは無いから断定は出来ないが、その蝶々結びが〈サト〉の〈呪い〉だったんだな」


 「うん、お父さん、〈サト〉もそう思うな。 〈ゆいと〉お兄ちゃんは、特別な人なんだね」


 「〈ゆいと〉さんは、〈神隠し〉にあっていますから、そういう事もあるのでしょうね」


 えぇー、家族全員が僕の荒唐無稽な説明に、なぜか納得してしまったぞ。


 〈サト〉ちゃんの〈呪い〉が解けたことは、ハッキリとしているから、それと急に現れた僕を結びつけるのは自然な流れなんだろうか。

 それとも過去に〈神隠し〉となった人が、似たようなことをしたんだろうか。


 「そうだと思うな。 そうじゃないと〈サト〉の身体から瘴気が、急に消えた原因を説明出来ないし、〈ゆいと〉君は〈サト〉の〈呪い〉にも平気だったからな」


 「ふふっ、そうでしたわね。 〈サト〉がかった〈悪意の呪い〉が、まるでないような態度をされていましたものね」


 〈悪意の呪い〉って悪そうなものだけど、どういう〈呪い〉なんだろう。


 「〈ゆいと〉君、本当にありがとう。 感謝しても感謝しきれないよ。 〈サト〉は君に救われたんだ。 うちの家族の恩人だよ」


 「私からも、お礼を言わせて頂きます。 〈サト〉の将来は暗闇に包まれていましたが、今は明るい日が差しております。 心よりありがとうございました」


 「へへっ、〈ゆいと〉お兄ちゃん、ありがとう。 〈サト〉はお兄ちゃんにされたことを、一生忘れないよ」


 〈サト〉ちゃんの言い方が、かなり不穏ふおんだ。


 お礼を言っているんじゃなくて、恨みを言われているように聞こえるぞ。

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