第11話 エピローグ

「おや、先生」

「どうも、神主さん」


 春であろうと冬であろうと、夜は来る。その日の夜は、とにかく蒸し暑かった。名前も知らない虫の音が、甲高く響く。


「いやー悪いの、手伝ってもらってな」

「いえ、これも研究のためですし、好きでやってることですから」


 夜の神社に灯りはない。ライトアップするような観光地でもなく、ならば灯りを設けたところで誰も喜ばないだろう。精々夜間神社に人が訪れる祭りの時期ぐらいでしか、その措置は施されない。


「それにしても、昼頃にあった三人組じゃなかったわい。落書きをした悪ガキどもは」

「ああ、お昼にも来たんですね」

「うむ。怒鳴ってしまったわい。今度謝らねばならん」

「彼らも気にしてませんよ」


 彼は夕方に出会った三人の姿を思い出す。クラスでは特に騒がしいグループだ。このタイミングで会うのは、果たして何かの思し召しだったのだろうか。

 そういえば、と。ふと思い出して、彼は問い掛けた。


「神隠しと、彼らは言っていたのですが、やはり」

「ううむ。まあ恐らくは、ここの神様のことじゃろうが……」

「なんでしたかね。子どもが好きな神でしたっけ。なんでも子供らを誘っては夕刻には返すとか」

「うむ。まあ、ほとんど伝承も残っておらん。所詮子供らの戯言じゃろうなあ」

「そうですかね」


 光源が無い土地から見える空というのは、まるで宝石でも散りばめたような煌めいた地図みたいで。自分がどこにいるのか、まるで見失ってしまいそうになる。少なくとも、その地図上にはいないことが明白だったが。


「それじゃあワシはもう寝るぞ。明日も頼むよ」

「はい。ゆっくり休んでください」


 別れを告げ、神主の姿が星の銀幕から消えていった。

 再度、独り空を見上げる。

 星々が作り出す輝きは、その光源が無ければ存在し得ない。

 そう何もかも、根源が無ければ始まらない。

 火の無い所に煙は立たぬ、と。

 つまり今回の神隠し騒ぎも、同じことが言える。

 果たして。彼らが噂している神隠しは、本当に戯言に過ぎないのだろうか。


「どうなんですかね、子供好きの神様」


 振り返って語り掛けてみたところで応えはなく。

 ただ夏に似つかわしくない夜風が、頬を撫でるばかりだった。

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春夏秋冬 明智の夏休み 秋草 @AK-193

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