幼馴染の句読点がカンマピリオドになっていた男(掌編)

@qwegat

本文

 その日の空は三百のレイヤーを重ね合わせて描いたような立体感ある黒雲に支配されていた。僕は携帯電話を取り出し、メッセージング・アプリケーションを立ち上げた。この電話はつい三日前に買い替えたばかりの新品だったから、ただタッチパネルを押すだけで、なんだか心が躍り始めるのだった。それは曇天の下でも変わらなくて、とどのつまり、僕はうきうきしていた。うきうきしながら、つい先ほど、ポケットの中でバイブレーションした携帯電話が、どんなメッセージを通知してきたのかを確認した。

『タクマ,数学のテストの範囲忘れちゃったんだけど.教えてくれる?』

 幼馴染の句読点がカンマピリオドになっていた。

 僕は思わず大空を見上げた。いまにも雨粒を吐き出しかねないほど黒く濁った、絶対の支配者たちをにらみつけた。ここまでの人生で――あそこに雲がある日もない日も少しだけある日も、あるいは雲があったうえで雨や雪や雹を降らせていた日も。幼馴染が送ってくるメッセージは、いつも句読点を使ったものだった。それが今日、カンマとピリオドに置換された。僕はあいつとあんなにも長く付き合っていたのに、あいつの句読点が変化することに対して、何の影響も及ぼせなかったのだ。それは、地上にいるちっぽけな人間では、この大きすぎる雲を晴らすことができないのと似ていた。

 晴れないかな。

 そんな願いはむなしくて、雲はついに決壊した。節操なく限りない雨が降り出して、僕には何も見えなくなった。

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