夏に置いてきた写真
小日向葵
夏に置いてきた写真
夏は、いつからこんなに暑くなったのかな。
私は照り付ける日差しと、足元からの輻射熱と、そしてエアコンの室外機から吹き付けられる熱風に顔をしかめながら路地裏を歩く。やっぱり日傘を持ってくるべきだったわ。
子供の頃は、ここまで暑くなかったと思う。
小学校の教室では、プラの下敷きを団扇代わりにして皆で涼を取っていたっけ。ふわんふわんと妙な音を立てて怒られる男子もいた。勢いよく扇ぎ過ぎて、下敷きに折り目を入れるおっちょこちょいもいた。
私は、硬筆の練習に使う、柔らかなタイプの下敷きしか親が買ってくれなかったから……主に扇がれる側だったな。
額の汗を拭いながら太陽を見上げる。ぎらぎらとしたその光は、昔と何も変わっていないようにも思えるのに、どうしてこうも暑いのか。
道路に伸びる自分の影をしばらく見つめてから、視線を空に移す。すると、自分の影が空に見える。ああ懐かしいな、影送り。
戦争の時代の、悲しいお話。少なくとも私が子供の頃には、夏というとどこか物悲しい雰囲気もあった。戦争は誰かれ構わずに悲劇を振りまく。それでも戦火は消えることなく、今も続く。
次第に薄れていく、空に映る影の残像。人の憎しみも悲しみも、こうして消えてしまえばいいのに。
私は軽く頭を振って、再び歩き出す。
そういえば、雑誌の付録で日光写真なんてものもあったなぁ。
葉っぱやスパンコールや文字の切り抜きなんかを上に置いて、日なたに放置しておくとその部分だけが白く残るというやつ。懐かしいな、でも私はあれにいい思い出がない。
近所の野良猫が暴れてダメにされたりとか。
天気が今一つで、エッジが立たずうすぼんやりとしか出来なかったりとか。
友達と三人で、片思いの男子と自分のイニシャルを写そうとしたら、風でめちゃくちゃになったとか。
そういえば盆踊り大会の夜、友達のお兄さんに撮ってもらった六人の集合写真があったっけ。中学に入って部活も忙しくなり、人間関係も変わって行っていつしか失くしてしまった写真。実らなかった初恋の淡い記憶。
あれからもう二十年。あの時一緒に遊んでいた子の名前も顔も、好きだったはずの男の子のことも、今ではもう思い出せない。でも、それでいいと思う。
あの夏の日の写真のように、全ては刻の彼方に置いてきた。それでいいじゃないですか。私は誰に言うでもなく、そう思った。目的地まではまだ少しある。汗を拭いつつ、私は歩き出した。
夏に置いてきた写真 小日向葵 @tsubasa-485
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