夏に置いてきた写真

ろくろわ

写真の人は誰?

 七月初旬。東高ひがしこうの生徒達は文化祭の準備に追われていた。東高の文化祭は例年、八月末に実施され、クラス展示と部活の演し物とがある。

 文化祭という熱に当てられ活気に満ちた教室の群れを横目に抜け、安東あんどう幸太郎こうたろうは東高旧館の部室に向かった。

『ミステリー研究部』

 部員数四名の通称と呼ばれているそれが、安東の所属している部活だった。


「お疲れぇ~本田ほんだ丹沢たんざわ。あれ向井むかい先輩は?」

「お疲れっす。先輩ならいつものアレっす」


 安東に返事を返したのは、肉付きの良い色黒の活発な本田 なつだった。本田に遅れて彼とは対照的な色白でスラッとした眼鏡の似合う丹沢 つばさが続く。


「『アンポンタンにお仕事だ。あれ?まだ安東は来てないか。まぁいい。今年のミス部は文化祭で写真を使った謎解きの演し物を行う。写真は棚の中の箱にいれてるから仕分けておいてくれ』だそうだよ」

「そして先輩はサボった。と言う訳か」

「その通りっす。仕分けが終わる頃に帰ってくるそうっすよ」


 安東は自分達の三人の名字の安東、本田、丹沢から頭の文字を取り、安本丹アンポンタンと呼んでいる先輩の伝言を聞き、苦笑いをした。


「ミステリー研究部と言え小説や漫画のようにミステリーな事も起きないし、取り合えず先輩のお仕事をやりますか?」

「了解っす。そしたら写真取って来るっすね」

「あいよ」


 安東の提案に、本田はしまっている写真を取りに行き、丹沢は机の上を片付け始めた。


「うげっ、めっちゃ写真あるじゃないっすか」

「仕方ない。ジャンルごとに分けるか」

「あいよ。でも大変だね」


 本田が持ってきた箱の中には百枚以上の動物や建物、乗り物の写真があり、三人がそれを分けている時だった。


「あれ?これ誰だろ。それにこの写真、何だかおかしい。ちょっと二人ともこれ見てよ」


 丹沢が仕分けている写真の一つを取り、安東と本田の前に出した。写真にはミス部の部室に見た事の無い男女が二人写っているものだった。


「確かに見たこと無い人だけど、襟のカラーが緑だから向井先輩と同じ二年生じゃない?」


 安東は襟のカラーを指差した。東高では入学毎に青、緑、黄と学年カラーが決まる。安東達一年は青色で二年は緑、三年は黄色だった。来年の一年は三年のカラーの黄色になる。


「そうすっね、たまたま部室に遊びに来たんじゃないすっか?どこもおかしくないけど」

「いや、よく見てよ。この二人、冬の制服着てるんだけど」

「まぁそうだけど、冬に撮った写真なら普通じゃない?」

「そうじゃなくて、ここ!ここ見てよ」


 丹沢が指差した写真には、ミス部手作りの西暦も曜日もない、ただの月と日付だけのカレンダーが写っていた。そしてカレンダー示しているのが七月。つまり今だった。


「確かに七月だな。でもカレンダーを捲り忘れてただけとか?」

「そうすっね。でも部室に扇風機も置いてあるし七月が濃厚じゃないっすかね」

「何で冬服なんか着ているんだろうね?」


 丹沢の疑問に暫し沈黙があったが、安東は一つの案を思い付いた。


「分かった!文化祭の劇の衣装とか?」

「成る程、それなら今の時期に冬服でもおかしくないっすね」

「確かに考えられるけど、今年の文化祭に冬服を使いそうな演劇の登録やコンセプトは無かったと思うんだけどな」

「そっか、丹沢って文化祭委員だったもんな」

「うん。だから各クラスの演し物は分かるんだけど、冬服使うのかなぁ?ちょっと夏に冬服着ている理由も気になるし取り合えず、向井先輩のクラスの人に写真の人知ってるから聞いてくるね」


 そう言って丹沢は写真を持っていった。

 だがその確認が更なる謎を深める事になったのは、三十分後に帰ってきた丹沢の一言だった。


「この二人、学校に存在していないよ」

「はっ?どういう事っすか。二年生でしょ?」

「全員には聞けてないけど、先輩達のクラスを片っ端から回って確認したけど、誰も見た事無いって。流石にクラスメイトの顔を知らないって事はないだろうから、恐らく存在していない」

「俺達の同級生って可能性は」

「無いだろうね。それに三年が二年の服を着てるかとも思って三年にも聞いてみたけど結果は一緒。知らないって」


 丹沢の言葉に安東と本田は黙り込んだ。

 写真にはこの学校に存在しない二人が季節外れの制服を着て写っている。安東と本田、丹沢の三人はそこから考えられる推理をしてみた。

 まだ、確認できていないクラスがある説。

 既に退学している生徒の説。

 ただの記念撮影説。

 だが、いづれも見知らぬ人が冬の制服を着ている理由には説得力がなかった。


「やっぱり分からないっす。この二人が誰なのかを考えるより、何者なのかを考えた方がいいっすかね?」

「何者なのか、ねぇ」

「そもそも本当に二人は存在しているのかな?合成とか?」

「存在しているのか。或いは、存在していた?」


 本田の一言に安東は一つの仮説が浮かんだ。

 丁度その時、向井が部室に戻ってきた。本田と丹沢は例の写真を持ち、向井に写真が不思議であることを話していた。

 そんな二人を制し、安東が向井に話しかけた。


「向井先輩。その写真の事でちょっと良いですか?」


 安東の言葉に向井はニヤリと笑い頷いた。


「あぁ良いとも。なんだい?」

「その写真の人は知っていますか?」

「いや、知らないよ」

「そうですか。ではその写真の人がは知っていますよね?」

「安東、この写真が何なのか分かったのか?」

「恐らくですが」


 向井と安東のやり取りに残された二人がどういう事かと問いただしてきた。安東は二人を見て説明を始めた。


「この写真は今の七月に撮られたものじゃない。過去に撮られたものだ。この部室にあるカレンダーは西暦も曜日も無い。だけど僕達は無意識にカレンダーを見て今の七月だと思っていた。そして夏なのに冬服を着ている謎を解くため、襟のカラーを頼りに今の生徒の中からこの二人を探そうとした。でも当然見つかる筈がない。だって既に卒業してこの学校にいないのだから」


 安東は自分が息を吸っていない事に気が付き、一息いれた。


「この二人がではなく、この二人がで考えた時、一つだけ納得のいく仮説が浮かんだ」

「ほう、それはなんだい?」


 安東の様子に向井は全て気が付いているようだった。


「この写真の二人はミス部の先輩です。それも向井先輩よりもずっと前の。そして向井先輩はそのずっと前の先輩達の共犯者です」

「えっ?向井先輩が共犯者ってどういう事っすか?」

「ずっと前の先輩ってどういう事?」


 本田と丹沢が同時に話してくる。安東はそれを聞きながら仮説を続ける。


「つまり、先輩達は後輩の為にミステリーを作ってくれていたんだ。この部室に置いてある月と日付だけのカレンダーを使い、真夏に冬服というおかしな写真を残し、興味をもってそれを調べると学校に存在しない人がいる事が分かる。そしてその謎を解かせる。これが先輩達の作ってくれた謎です。そして、向井先輩はその謎を上手く僕たちが解くように誘導するストーリーテラーの役割をしていたんです」

「凄いな安東。正解だよ。どうして分かったんだ?」

「それは本田が『誰なのかより何者なのかを考える方が良いか』と言ったからです。そして丹沢が『二人が存在しているのか』を疑問に思ったことです。そうすると、誰よりも写真に不思議を持たせたがってる何者かの存在を考えるようになり、一番しっくり来たのがミス部の卒業生ということでした」

「その通りだ。この写真に写っているのは安東達の五つ上の先輩になる。丁度今の三年生の先輩達も面識がない先輩だ」

「だから誰に聞いても知らなかったんすね」

「そう言うことだ。そしてここからが君たちの仕事だよ」


 向井はそう言うと部室の奥から三人分の冬服とカメラを持ってきた。


「さぁ今度は君達が五年後の後輩のためにトリックの種になるんだよ。君達を知らないミス部の後輩が君達の冬服の謎とどこのクラスにも存在しないことの謎解きをする。そんな種にね」

「向井先輩。このミステリー、タイトルはあるんですか?」


 安東の問いに向井はカメラを構えて言った。


「この時期に過去の先輩達が残した謎。先輩達はみんな、この謎の事を『夏に置いてきた写真』そう呼んでいたよ」


 こうして、来年は安東達が後輩のためのストーリーテラーになり、そして五年後には安東達の写真が『夏に置いてきた写真』となる。


 これは東高のミステリー研究部に長年伝わる夏だけのミステリーの話だ。


 了


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夏に置いてきた写真 ろくろわ @sakiyomiroku

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