第3話

この頃の父と母は喧嘩の頻度が多くなっていました。そんな時に私が父の不満を言い続けたものだから電話越しについに喧嘩を始めてしまいました。そしてその時に初めて父が泣いている姿を見ました。


その後間もなく母は退院し家に戻ってきました。母と長い期間会わないという事はこれまで1度もなかったので口には出しませんでしたが心細いし寂しくてたまりませんでした。

この頃の私は反抗期を迎え生意気になってると言えどまだまだ小学五年生の10歳の子供でした。だからこれでまた少しづつ前の様に戻れると何処か楽観視していたのです。


けど実際はそうとはならず、父も母も喧嘩するし終いには離婚だとも言い出すようになっていきました。そして母が退院して間もない頃、水泳教室の帰りの車で父について母が唐突に語り始めました。内容としては、"父は鬱病である事""きっかけははっきりとはしないけれど父方の祖父が亡くなった事""もし次また喧嘩した際には本当に離婚するつもりでいる事"これらを水泳で疲れているところに急に聞かされたものだから、寝耳に水もいいところでした。


父が鬱病と聞かされた時は当時は今以上に聞き馴染みある言葉ではなく、寧ろ触れてはいけない話題みたいな扱いだったのでとにかく困惑しました。ですが困惑したり狼狽えたりしてる姿を父にも母にも見せる訳にはいかないと思いあえていつも通りに接する様に努力しました。

鬱病になったきっかけが祖父が亡くなった事というのは、父は所謂お父さんっ子だったらしく亡くなったという事実が酷く辛かったのでしょう。

そして離婚するつもりでいるという話は理解したくなった。どんなに喧嘩していてもいいから3人で暮らしていたかったから。父も離婚はしたくないというような感じで母だけの意識という感じだったから、これだけはどうにか考え直して欲しいと思っていました。けれど母は昔から良くも悪くも意思の強い人で、考えを変えるという事を滅多にしない人でした。なので離婚も本気で考えていて、私に「もし離婚するとしたらどっちについて行くか考えておきなさい」と言うほどでした。


結果としては離婚はしませんでした。離婚はしなかった代わりに父が自殺をしました。


小学六年生の夏休みまであと数日の7月20日の朝、いつも父は誰よりも早く起きて朝食を食べずにまだ寝ぼけている私と母に行ってきますと言って仕事に行くのにこの日だけは違いました。

私は寝ぼけていて父が母に何と言ったのかははっきりとは覚えていませんが「死にたい」そのような事を母に言い、その後私に対していつもの行ってきますではなく「お母さんの言うことをちゃんと聞くんだよ」そう言って出ていきました。何となくの気味悪さを覚えながら起きて学校へ行く支度をしている時に家電が鳴りました。受け取ったのは母で相手は父でした。何を話していたのか詳しくは分かりませんが、母が薬を飲んで休んだ方がいい等と言っていたことから精神的に不安になっている旨を伝えたのでしょう。


そんな朝を迎えながら学校へ行き授業を受けました。1時間目は理科の授業で比較的好きな科目なのに先生の話より今朝の事が気になり胸がザワつく感覚を覚えたまま授業が終わり、そんなザワつきを消そうと口の硬い友人に今朝の事を話しそんなことあるわけないと笑ってどうにか気持ちを落ち着かせていました。

学校が終わりその日はたまたま1人で帰っていたのでふと空をみると灰色の雲が覆い尽くしていて、その日の私の気持ちの様だと思いながら帰りました。


学校から帰ると私が玄関を開けて「ただいまー!」と言うとリビングから母が「おかえりー」というのがいつもの流れなのですが、その日だけは違って、いつも通り「ただいまー!」と言っても返事が無くものすごく嫌な予感がしました。そしてリビングの扉を開き母から言われた事が「お父さんが行方不明になった」その一言でした。そして私が何かを言う前に「お父さん職場に行ってないって連絡があって、職場の人達も皆んなでお父さんを探してるの。お父さんが行きそうな場所知らない?」と母に言われました。そして私は少し前に潮干狩りに行った海には探しに行ったのかと聞いたら母はそこへ探しに行ってくると留守番を任されすぐに車で出ていってしまいました。

その後私は自分のガラケーでひたすら父にメールと電話をし続け今朝のは冗談であって欲しいと思い続けていました。

テレビの音もない静かな家の中で急に家電が鳴りました。反射的に受話器を取りました。電話の相手は警察署の人でした。おそらく誰かが警察に連絡したのでしょう。そして電話で受け答えしている人は誰なのか、父の車の車種とナンバーは?等と質問攻めにされました。突然の事でパニックになり車種の事は分からないと答え車のナンバーは教えました。冷静に考えたら車種なんてすぐに出てきたでしょうに。当時父が乗っていた車はミニクーパーでした。だから車のナンバーも語呂合わせで32-98にしていたのです。

そんな警察との電話が終わりしばらくしてから家のすぐ前の大きな通りを救急車が通りました。今までに無いくらい胸がザワつきました。それから少しして父方の祖母と父の弟さんが家に来ました。そして母はどこだと尋ねてきたので先程のやり取りを教えると「家にいるように言ったのに」と怒っていました。そんな祖母の相手をしていると丁度母が帰ってきました。

これで少しはどうにかなると思った矢先「お父さん死んだって」と母から告げられました。どうやら先程の警察に母の携帯番号教えていた為に母の携帯に警察から電話があったそうです。


一旦祖母と弟さんは帰り、私は母とリビングに行きましたそこで「お父さん死んじゃったよ」と泣き崩れる母を前にしてやっと父が自殺したという事実が実感になりそこでようやく私も号泣しました。父の事で人前で号泣したのはこれが最初で最後だったと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

綿雪の降る世界で 綿雪みれい @watayuki_mirei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ