Day05 琥珀糖
誰がきっかけで広まったか分からないが、今、目の前に表示している話題のネット記事を眺めている。それはとてもキラキラしていて、瓶詰めにされたそれを窓辺に飾るだけでもうっとりとしてしまうほど綺麗な和菓子。
「琥珀糖って言うんだ」
ドロップ瓶頭の
「失敗したものでも綺麗」
その投稿は、写真の一枚目はステンレス製のバットにクッキングシートが敷かれ、その上に型に流し込んだ琥珀糖の液を固める前のもの。二枚目は数時間経っても固まらず型から零れてしまったもの。三枚目は煮詰め直した液をそのままクッキングシートに流し込み、四枚目で宝石のようにカッティングされた琥珀糖が並べられていた。
金納さんはスマートフォンのメモアプリに材料と作り方を書き留めて保存する。
「これでよし」
夜になると金納さんは琥珀糖づくりに必要な道具をキッチンに並べた。
七月の日差しは傘がないと外を歩けないほどに厳しい暑さが続く。金納さんは自分の軽自動車で製菓材料の品揃えが充実した店に向かう。冷風が出るようにエアコンのつまみを回す。
「バッテリー大丈夫かな……」
十五年も愛用している軽自動車はそろそろ買い替えを考えなければならない。
開店と同時刻くらいに駐車場に停め愛車から降りると、汗が噴き出すような熱気が金納さんに直撃する。
「あっっっつー……」
熱気から逃げるように店内に入ると、天国と地獄の差ほどあるような気温に体はついていけなくなりそうになる。買い物かごをカートに乗せ、スマートフォンのメモアプリを開いて目的の材料を揃える。
「えーっと、グラニュー糖と、粉寒天と、食紅と……」
ジャンル別に区分けされたコーナーを見て回ると「食べる宝石、イチオシの琥珀糖コーナー」という机が並べられていた。
「あ、ここに全部置いてある」
材料だけでなく、おそらくこの店のスタッフが作ったであろう琥珀糖が瓶詰めにされ、展示品のように凛々しい佇まいで置かれている。オーソドックスな着色のみのキューブ型もあれば、着色はないがダイヤモンド型にカットされたもの、逆に濃い色と薄い色をグラデーションのように着色した平べったい正方形のキャンバスのもの。どれも個性があって見ているだけで感性が刺激される。
「こんな風に作れたらなあ」
金納さんはお世辞にも手先が器用は言えない。だからこそ、誰かが失敗した投稿を見て作ろうと思い立った。
材料をかごに入れお会計を済ませると、真っ直ぐ家に帰る。本当なら愛車のバッテリーなんて気にせず、一日中エアコンの冷風に当たっていたいほどの酷暑。しかしそんなことをしたら愛車を買い替えなければならないので、駐車場に停めるとさっさと家に入る。
「さてと」
どうせすぐに戻ってくるだろうと付けっぱなしにしたエアコンは部屋を快適に保ってくれていた。材料を取り出し、スマートフォンに記録したレシピを開き、換気扇を回して早速取り掛かる。
まずは食紅を作る。金納さんは桜色と薄い水色の二色を作る。次にステンレス製のバットの上にクッキングシートで四角い型を作る。そして砂糖の液を作る。水と粉寒天を小鍋に入れ、中火でかき混ぜながら加熱していき、粉寒天が溶けきったらグラニュー糖を入れる。粉寒天が溶け切る前にグラニュー糖を入れると、透明度が低くなるらしい。そしてかき混ぜた液を持ち上げてとろりとしていれば、クッキングシートの型に流し、溶かした食紅で色を付けていく。季節外れの桜のような色合いに、思わず自画自賛したくなるほどの出来となった。最後の締めにしっかり固めた板状の琥珀糖を千切ったり切ったりして好きな形にして、バットの上に並べた。
「どれも可愛い」
金納さんは誰かが失敗した投稿よりも、上手に出来た自分を褒めるようにそれを愛でる。
琥珀糖を作り終えてから一週間経った。冷やして固めた自作の琥珀糖は、食べるのがもったいないと思うほど綺麗な仕上がりになっていた。
「あ、瓶がない……」
今更買い忘れた瓶の存在に気付いた金納さんは、自分の頭にそれを流し込んだ。頭の大きさに対して琥珀糖は底を埋めるくらいで見栄えが良いとは言い難い。それでも金納さんは自分が作った琥珀糖と、反射する姿見に映る自分を見る。
「こういうのもアリかも」
スマートフォンで何枚か自撮りし、自分の頭に入った琥珀糖を見せびらかすようにSNSに投稿した。
終
異形頭たちの休息時間 星山藍華 @starblue_story
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