第5話
どこから聞き及んできたものか、まだ西軍と東軍が各地で激戦を繰り広げている頃、白石で諸藩の代表者による会議も紛糾していた。そこへやってきたのが、旧幕臣の榎本釜次郎と土方歳三である。土方の名前は新選組で有名であった。二人は気が合ったのかどうか知らないが、榎本は諸藩代表者らに対し、「お主らの作戦は児戯に等しい」と小馬鹿にし、土方を軍事作戦の責任者にするように迫ったのだった。それを突っぱねたのが末席にいた清介で、「藩公から軍事総裁の人事権を委ねられているわけではないのに、安易に賛同できるか」と言い切ったのである。その流れに押されて、何となく会議はうやむやのうちに終結した。その噂は、後に誰が伝えたものか、この寺にも伝わってきていたのだった。大方、先に仙台から脱出して庭坂に潜伏していた中島黄山あたりが、「二本松の武勇伝」とでもして持ち込んだのかもしれない。
榎本と土方はその後蝦夷に渡ってしまい、未だ一旗あげようとしているが、このような経緯があったからか、二本松からは彼らを追って蝦夷に渡った者は出なかった。二本松の戦の決着がついた以上、あくまでも藩や藩公のために尽くすのが、彼らにとっての武士道だった。さらに蝦夷に渡って一旗あげようなどというのは、かえって藩や藩公の命を脅かすだけだと、皆が思っていた。
「当然でありましょう。幕臣と言えども、元を正せば金や武力に物を言わせ、その地位を手に入れた者。それらの言に踊らされるなど、笑止千万」
心持ち、清介が胸を反らせた。それを見た鳴海は、忍び笑いを殺した。二本松藩でも、商人でありながら、武士と同じように扱われた針道の宗形善蔵の例もある。安易にはその言い分は認められないが、清介の言いたい思いは分かる気がした。
そして与兵衛の言う通り、この清介もどうして刃物のような鋭さを秘めている。二本松藩士は、皆裡にそのような刃物の一つや二つを秘めているのが、特徴なのだった。それを西軍も旧幕府軍の者たちも、どこかで軽んじていたのではないか。
「お主が訪ねてきてくれて、良かった」
旧怨を忘れて、鳴海はしみじみと述べた。やはり、旧知と語り合うのはいい。
「心弾む、とは参らぬだろうが、丹波様のこともよろしく頼む。今までのことがあるし、人が離れていっても不思議ではない御方だが……。米沢での振る舞いを見ていた限りでは、丹波様もお変わりになったはずだ」
与兵衛の毒舌も、なかなかのものだ。確かに母成峠の戦いの前日、与兵衛はこっそり鳴海に懸念を伝えたのだった。このままでは、二本松は真の意味で滅びる、と。
丹波の激情的な性格を変えるきっかけがあったとすれば、あの少年の決断だったかもしれない。もし丹波が何やかんやとごねたとしても、土方らを怒鳴りつけた清介のことだ。うまく丹波を制御するだろう。
「すっかり長居してしまいましたな」
清介は、袴の折り目を伸ばした。その袴は古びているが、清潔感がある。彼らしい着物だった。
「鳴海殿。鳴海殿のお立場もあるし、話せないことも多くあろう。だが、二本松に戻られたら再び訪ってもよろしいか」
鳴海は、清介の言葉に大きく頷いた。
「次は、凍み餅でも持ってきてもらえると有り難い」
これまた、二本松の名物だった。餅を干したもので、囲炉裏端の火で炙ると微かな甘味があり、たまらない。
謹慎が解かれれば、鳴海も二本松城下の自宅に戻れるだろう。かつての広大な屋敷はそのほとんどが西軍の手によって燃やされてしまったが、義父の信義が実家の江口家に頼み込み、資材を分けてもらって、ようやく家族の住む家の再建の目処が立ちそうだとのことだった。
春になれば衛守の子が生まれる。そして会津では、二本松の御子が、次世代の人材として生き延びているはずだ。もちろん鳴海自身にも、りんの形見である娘を育て上げなければならない、親としての役目が残されている。戦で彦十郎家も多くの物を失ったが、二本松そのものがすべてを失ったわけではない。それを思うと、ほんの僅かではあるが、希望も生まれようというものだ。
「清介殿。二本松のことを、くれぐれもよろしく頼む」
鳴海は、改めて清介に頭を下げた。戊辰の戦前であれば、その立場も相まって、鳴海が清介に頭を下げることなどなかっただろう。だが、決して不快ではなかった。
「私も、二本松武士の端くれ。決して、これからの子らを疎かにはすまい」
清介も、深く頷いた。
文学を愛し、色白でとても武士には見えぬ男。だが、その本質はやはり二本松の益荒男だ。この男ならば、きっとこれからの二本松をいいように導いてくれるだろう。
ふと見ると、寺の外には、冬夕焼の炎のような日が、赤々と燃えていた――。
冬の訪い 篠川翠 @K_Maru027
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