第4話
それまで静かに話を聞いていた清介が、口を開いた。
「差し出がましいかもしれぬが……。拙者は比較的自由が利く身。今後、会津に行くこともあるやも知れぬ。武谷剛介殿の御身のこと、もし消息が掴めれば、お知らせしてもよろしいか」
元は小身ながらも、早速こうして終戦の後始末に追われている清介ならば、確かに今後新政府とやらに重用されるかもしれない。そうなれば、戦犯となった与兵衛や鳴海よりも、多くの人脈をつないでいくだろう。未だ彦十郎家の家名の重みから抜け出せぬ鳴海からすれば、若干複雑な思いもある。だがそれも、これからの時代の流れなのかもしれなかった。
「二本松の御子のこと、よろしく頼む」
鳴海は、頷いてみせた。
「それからな。お主が丹波様を好いていないのはよく知っておる。だが、丹波様とてまた二本松藩士の一人」
鳴海の言葉に、清介の眉が顰められた。その様子を見て、与兵衛が苦笑を浮かべた。
「矜持の高い丹波様は決して認められぬだろうがな。猪苗代で剛介と豊三郎を丸山殿に託し、それを見送ったときに、丹波様は泣いておられた」
改めて、与兵衛が丹波の涙を伝えた。豊三郎の思いがけない最期を聞いて話が脱線したが、伝えたかったのはこちらが本題である。
丹波の涙は、鳴海も目撃していた。あの時、まさか丹波が泣くとは思いもよらなかった。二本松の御子を守りきれなかった自分に対する不甲斐なさ、情けなさ。そして、己が多くの藩士の命を手に握っている身だというのを、年端の行かない御子を他国の人間に託したことにより、遅まきながら自覚したのかもしれなかった。あの悔しさは、あの場にいた者すべてが共有していた。
今更、という気は確かにある。だが、貴顕の御曹司として育ったという点は鳴海も丹波と同じである。常州の天狗党の騒乱で初めて部下が目の前で死に、その生命を預かる重さを知った。丹波が番頭としてその職についていたのは遥か昔の話であり、そのころは本当に命のやり取りをする機会はなかった。そのために、命の重みを知る機会のないままに、丹波は家老座上となったのだろう。
「丹波様は、確かに数々の過ちを犯してこられたかも知れぬ。だが、それに対して言い訳をするような卑怯者ではないはずだ」
鳴海の言葉に、清介の眉は相変わらずひそめられたままだ。鳴海も、丹波に対する感情は複雑である。だが、「二本松の種子を守る」という一点においては、間違いなく丹波も同じ思いだっただろう。そうでなければ、いくらでも「家老座上」の権力に物を言わせて、剛介たちを米沢へ同行させることもできたのだから。
あのときは、誰もがぎりぎりの選択を迫られたのであり、絶対的な正解はなかった。
「丹波様が泣く姿は、どうやっても想像できないのですが」
ようやく、清介が小さく笑った。
「ですが、与兵衛様や鳴海殿が申されるのならば、間違いないのでしょうな」
きっぱりとそう述べたからには、丹波の後始末についても、清介は何らかの便宜を図ってくれるだろう。家老座上としての責任は問われるだろうから、丹波の身の上がどのようになるかはまだ予断を許さない。だが、不本意ではあるが、どうやら死んだ一学や新十郎らを主犯として届け出て、従来の体制を一新して若手を起用し、新生二本松藩を運営するということで、話はまとまりつつあるとのことだった。この分でいけば、丹波は一介の二本松の古老として余生を過ごすことを、認められそうである。
「鳴海殿は、新しい政に参加されないのですか?」
清介の言葉に、鳴海は首を横に振った。
「元より、政治的な駆け引きは苦手だ。それに、我が隊が一番西軍を殺しているといっても、過言ではないからな。西軍側からは恨みを買いすぎておるし、これ以上組の者らを矢面には立たせたくない」
それは、鳴海の本音だった。鳴海個人の名前はあまねく広まったが、あまりにも部下を失い、その遺族に対しては申し訳ないと今でも思う。せめて、多少なりとも組の者らの生活が立つように、取り計らってやりたい。
「来年には衛守の子が生まれる故、彦十郎家としても何とかしのいで行かねばならぬがな」
鳴海の言葉に、傍らで与兵衛が笑みを浮かべた。衛守は戦死したが、その妻であるアサの腹の中には、子が残されていたのだった。罪滅ぼしというわけではないが、せめて死んだ衛守に代わって、できるだけのことをアサやその子にもしてやりたいと思う。それが、彦十郎家の当主としての責務だ。
それはめでたい、と清介も笑みを浮かべた。
「鳴海殿は、番頭になられてから器が大きくなられましたな」
清介が、くすりと笑った。
「広間番だった頃には、刃物が着物を着て歩いているようでしたが」
ひどい言い様である。だが、多くの知己が死んだ今となっては、かつて敵視していた者の言葉ですら、愛おしい。
「与兵衛様や源太左衛門様、そして部下に鍛えられた」
甘いあんぽ柿にすっかり毒気を抜かれたのが、いつの間にか鳴海の声は穏やかになっていた。
「他人事のように言っているがな、清介。そういうお主もなかなかのものだったぞ。白石では、土方歳三らを相手に喧嘩を売ったそうではないか」
与兵衛が、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
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