聖獣達の鎮魂歌外伝~もう一つの物語~

悠介

第1話 力に目覚めて

 これは、十代目竜神王ディンがいなかった世界の話。

 陰陽王の血族、「坂崎悠輔」が、世界群の守護者ディンアストレフに観測され、そして戦った記録。

 誰が為に戦うか、何の為に世界を守るか。

 それは、悠輔しか知りえない、そして誰にも、その話はしないのだろう。

 誰に恐れられたとしても、誰に憎まれたとしても、誰に疎まれたとしても。

 悠輔は戦う、大切な人を、守る為に。


「これ……、何……?体が……、熱い……!」

「悠……?」

「……。浩輔、佑治、行きましょう。これは、私達と同じ人間ではないの。」

「かあ……、ちゃん……?」

 坂崎悠輔、彼は、とある目的の為に、幼少より特別な存在として、鍛錬を受けていた。

 剣道、柔道、空手、護身術、受けられるものは何でも受け、そしてそれが、悠輔にとって当たり前の生活だった。

 悠輔達の母親は、知っていた。

 今、悠輔が陥っている事態、そして、何が起こっているのか、これからどうなっていくのか。

 そしてそれは、自分達には手に負えない、と判断し、双子の兄である浩輔と、二つ下の弟である佑治を連れ、苦しんでいる悠輔の元から去った。

「……。」

 悠輔は、体が燃えてしまいそうだ、と熱さに襲われていて、そして意識を失った。

 自分の身に何が起きているのか、そして自分がすべき事は。

 混濁した意識の中で、誰かがそれを伝えた。


「先生、すみません、体調が悪くて……。」

「またか坂崎、保健室行くか?」

「はい……、ありがとうございます……。」

 中学一年生、なったばっかりの時期に、双子のお兄ちゃんの浩輔と、弟の佑治は、母ちゃんに連れられて何処かに行っちゃった。

 僕は一人、残された家に暮らしながら、噂と一緒に学校に行ってる。

 本当は学校に通いたくはなかったんだけど、それも噂になっちゃったら困る、ばれない様にする為には、通い続けるしかない、って考えた。

 体調不良の多い困ったやつ、を演じながら、僕は保健室に行って、唯一事情を説明してる保健室の先生の所に向かう。

「坂崎君、またなの?」

「はい、行ってきます。」

 保健室について、すぐに僕は動き出す。

 転移魔法、それは竜神っていう種族の人達から受け継いだ、魔法なんだって、わかってた。

『転移。』

 転移魔法を使って、ここじゃない場所に向かう。

 向かう先は僕だけがわかってる、それで良いんだ。


『陰陽術、五重結界』

 街中に出る、と言っても、観光に来た訳じゃない。

 魔物、っていう存在、世界を破滅へと向かわせる存在、人間を脅かす存在が、現れたからだ。

 僕は魔物と戦える唯一の存在、陰陽王の血族、その当代、らしい。

 百年に一度、魔物は世界に現れて、そして世界を脅かす。

 それと戦えるのは、竜神って言う種族の人達と、陰陽王の血族、の当代だけ。

 竜神は今はいない、だから、戦えるのは僕しかいない。

 なんで浩じゃなくて僕だったんだろうか、って考えた事もあった、でも、浩にこんな怖い思いをさせる事にならなくて良かった。

「来い!」

 刀を抜いて、数百体いる魔物と戦う。

 怖い、化け物というにふさわしい、獣と人間と何かを合わせた様な、所謂キメラって言うのかな、そんな感じの魔物が、爪を振りかざして襲ってくる。

 怖い、でも、怖がってたら世界を守れない。

 必死に、怖いのを抑えつけて、戦う。

 本来は竜神王様、って言う人の役目、でも、その竜神王様は、この世界にはいない。

 だから、僕が戦うしかない。

「っつ……!」

 炎の攻撃だ、刀で振り払わないと。

 考えても、体がまだついてきてくれない、力を得て強くなってはいたけど、それでも、それを使うだけの頭、考えが纏まらないと、意味がない。

「あっつ……!」

 炎をもろに受けて、右腕に火傷をする。

 熱い、痛い、でもそんな事に気を取られてたら、死んじゃう。

 一瞬で思考を戦いに戻す、最初は苦労した、でも一か月も経てば、慣れてくる。

「せいやぁ!」

 最後の一匹を倒して、戦いが終わる。

「ふー……、ふー……。」

 右腕の火傷以外は、あんまり怪我をしなかった。

 自然治癒能力って言うのかな、そう言うのも身体能力と一緒に上がってるらしくて、三日もあれば大抵の傷は治る。

 でも、この傷は暫く痛みそうだ。

『転移』

 人に見られる前に、転移を発動して雲隠れ。

 今の所、世間は僕だって気付いてない、誰かが戦ってて、それが少年の様だ、って所までは知られてるけど、それ以上は知られてない。

 僕の服装がいつもと違うって言うのもあるのかな、今の僕の服装は、治癒能力を強化する目的で着てる、パーカーとチノパンだ。

 普段は学校のジャージで過ごしてる僕からは、多分想像が結びつかないんだと思う。


「坂崎君、帰って来たんだね。」

「はい、いてて……。」

「火傷かい?」

「はい、炎の攻撃を食らっちゃって……。」

 保健室に戻ってきて、保険室の先生が火傷を見てくれる。

 って言っても、何か薬を塗布するだとか、病院に連絡するって事はなくて、包帯を撒いてくれる位だ。

 今はまだ五月だから、長袖のジャージだけど、これから夏になって、体操服になった時は、どうやって誤魔化せば良いのか、それもわからない。

 包帯ぐるぐるで、なんて怪しまれるに決まってるし、それまでには魔物の攻撃を受けない位にはなっておかないとだ。

「火傷にはアロエが良いって言うけれど、君の場合は三日あれば治るから、包帯を撒いておけば大丈夫だろうね。部活の時、ばれない様にするんだよ?」

「はい、わかってます。」

 かろうじて、趣味として許されてた野球、浩が僕が護身術とかを習わされてるのを見て、母ちゃんに掛け合ってくれた、大切な趣味。

 浩は今はいない、母ちゃんと佑治と何処かに行ってしまったけど、野球は気分転換にちょうど良い。

「坂崎君、刀しまい忘れてるよ。」

「あ、そうだ。」

 刀、陰陽刀絆、って言う名前の、魔物専用の刀。

 元々はじいちゃんの家に置いてあった、僕が力に目覚めた時に、真っ先にそれを受け取って、それを使ってるけど、普通の日本刀と違って、人間とか生き物は斬れない。

 魔物専門、って言うだけあって、魔物に対して有効なのに対して、セーフティーがかかってるって言うか、人間相手に暴れたりしない様に、ってなってるんだと思う。

 それを転移で家に送って、包帯をジャージの裾で隠して、教室に戻る。

「悠輔、ダイジョブか?」

「源太、うん、大丈夫。ちょっと休んだら、良くなったよ。」

「悠輔、小学生の頃は体調崩すなんてことなかったのにな、やっぱり、浩輔達と離れ離れになったからなんかな……。」

「どうだろう?でも、眠りが浅くなったりはしてるから、関係はあるかも……。」

 嘘をつく、それは、じいちゃんに言われた事だ。

 世間は、人間とは違う生き物を受け入れてはくれない、百年に一度魔物が現れて、それで、その時の僕の一族の当代が戦ってきた、それは千年前から続いてる、って言い伝えだってじいちゃんは言ってた、でも、人間に正体を明かしたご先祖様は、大概碌でもない目に合ってる、だから、言わない方が良いって。

 だから、嫌だけど、嘘をつく。

 嫌われたくない、これ以上、孤独になりたくない。

 だから。


「ふー……。」

 部活が終わって、家に帰ろうとしてる、そんな時。

「なぁ坂崎、この後ちょっと良いか?」

「え?部長、何か用事ですか?」

「ちょっと、な。」

 部長の綾瀬先輩に声をかけらえれて、着替える前に校舎裏に行く。

 部長の後をついて行ったら、人気のない場所だった、何の用だろう?


「坂崎、なぁ悠輔、独りで戦っていて、辛くないか?」

「えっと……。何の事、ですか?」

「坂崎悠輔、俺は悠輔が魔物と戦っている事を知っている、独りで、たった独りで、ディンさんもいない、それもわかって……。」

「え……?なん、で、ですか……?」

 なんで、竜神王様の名前まで?

 なんで?何処でばれたの?なんで綾瀬先輩が知ってるの?

 隠すのが下手だった?なんで?

「えっと……、その……。」

「あぁ、済まない。先この事を言っておかないといけなかったな。俺はな、悠輔。この世界の人間じゃないんだよ。」

「この世界の……、人間じゃない……?」

「そうだ、所謂パラレルワールド、別の世界線から、俺だけがこの世界に来た。ここに来る前は高校三年だったな。その世界の悠輔が、この世界の俺と前いた世界の俺の人格を統合してくれたんだ。だから、悠輔が戦っている事を知ってる、と言う話なんだ。」

「……?」

 別の世界線、なんてものがあるのもびっくりだし、綾瀬先輩がその世界の出身だって言われても、急には理解出来ないし、でも戦ってる事と、竜神王様の事を知ってるって事は、本当の話な気もする。

 そもそも、真面目一貫な綾瀬先輩が、僕の事に気づいたからって、そんな嘘をいうとも思えない。

 でも、理解が追いつかない、別の世界があって、そこにも僕がいて、竜神王様がいて、戦ってて、それで、綾瀬先輩だけ、この世界に来た。

 うん、考えてもわからない。

「でも、なんで綾瀬先輩だけ、この世界に来たんですか?」

「……。ディンさんが、闇に堕ちたんだ。悠輔は、人間側の最後の砦として戦った、でも、勝てなかったんだ。それで、最後に俺だけを、別の世界に送った。意識が無くなったと思ったら、目覚めてみたら自分が違う場所にいて、幼い状態で、俺も驚いた。それが、二週間前だったか。それから、村瀬さんに連絡を取って、こっちでの悠輔の状態を確認して、今に至る、と言う感じだ。」

「村瀬さんと繋がりがあったんですか?」

「そうだな。あの人にはお世話になっていたからな、もしかしたら、この世界でも悠輔と関わりがあるんじゃないか、と思って、連絡をしたんだ。予感が当たって良かったと思ったぞ?もしも悠輔と関わりが無かったら、俺は悠輔の正体を他人に話した事になってしまうからな。」

 村瀬さん、村瀬警部は、僕が魔物に対するカウンターとして働いてる事を知ってる、数少ない人の一人で、主に事後処理をしてくれてる人だ。

 その村瀬さんの名前が出てきた、これは信じるしかない、と思う。

「それで……。お話って、それだけですかね……?」

「ん、そうだな、もう一つある。」

「何でしょう……?」

 別の世界の僕がこの世界に送ってきたって事は、悪い人ではない、って思う。

 そもそも、僕が戦って事を知ってて、悪用しない人なんだから、信用しなきゃなって。

「ふむ、そうか、俺と悠輔が向こうでどんな関係だったかは知らないんだったな。俺は、悠輔と付き合ってたんだ。だから、こっちに来ても、それをしたいと思ってな。駄目か?」

「えーっと……。でも僕、お付き合いってした事が無くて……。」

「良いんだ。向こうでもそうだった、悠輔の初恋が俺だった、って言ってくれていたよ。もしも無理だったとしても、悠輔の事は口外はしない、それは約束しよう。ただ、サポートさせてほしいんだ。俺に出来る事は少ないかもしれない、ただ、知っている者として、何もしないと言うのは嫌なんだ。今こうして話している悠輔が、俺の知っている悠輔とは違うのも理解している。ただ、悠輔は悠輔だ、とも思う。だから、付き合いたい。」

 付き合いたい、なんて言われたのは初めて、告白されるのも初めて。

 どうすればいいんだろう、こういう時、どうお返事するのが正解なんだろう?

 ちょっと悩んで、でも答えは今出さないといけない気がする。

「……。僕で良ければ、よろしくお願いします、綾瀬先輩。」

「ありがとう、悠輔。英治と呼んでくれ、敬語も使わないでいいぞ?」

「は……、うん、分かった、英治さん。」

 嬉しい、こうして受け入れてくれる人もいるんだ。

「ありがとう、悠輔。」

 英治さんに頭を撫でられる、心地良い、こんな感触は、久しぶりに感じた。

「そうだ……。英治さんって、独り暮らししてるんだよね?よかったら、一緒に暮らさない……?」

「有難い提案だ。俺の方からそう話そうと思ってたんだが、やっぱり悠輔は悠輔なんだな。」

 英治さんの家庭環境に関しては、噂程度に聞いた事がある。

 お母さんが死んじゃって、お父さんは海外に長期出張に行ってて、一人で生活してるんだ、って。

 僕もそう、母ちゃんは、生活に困らない位にはお金を遺してくれたけど、独りぼっち。

 だから、一緒に暮らしたいなって、そう思ったんだ。

 英治さんは、それを聞いてちょっと寂しそうにしてる。

 別の世界の僕、負けてしまった僕は、きっと死んじゃったんだろうな。

 だから、英治さんは寂しいんだと思う。

「これからよろしくね、英治さん。」

「こちらこそだ、悠輔。」

 失ったもの同士、じゃないけど、一緒に暮らしていける気がする、英治さんの事は、信頼出来ると思った。

 これから先、何があったとしても、この人を守らなきゃ。

 そう思った。

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