筋肉エクソシストといわくつきトンネル

ちびまるフォイ

さわらぬ神にたたりなし

「ここが最も有名な心霊スポットです」


「なるほど。確かに恐ろしい霊気を感じるな。

 上腕二頭筋がおびえている」


「あの……。失礼ですけど、本当にあなたが除霊師なんですか」


「そうとも。樹海の除霊を行ったのもこの私だ」


「本当に……?」


世界で唯一の筋肉除霊師を呼びつけたのは、

ずっと心霊スポットとして君臨するこのトンネルを除霊するため。


ライトを焚いても夜の闇がトンネルの奥を見せてくれない。


「それで、どうやって除霊するんです?」


「まあ見てなさい」


トンネルに入るや、素人でもわかるほど幽霊の存在を感じる。


「せ、先生……! なにか寒気が!」


「これはメインの霊ではない。霊気に当てられて集まった雑魚霊だ」


「解説はいいですから除霊してください! はやく!」


「まかせろ!!」


すると除霊師はその場に四つん這いになった。


「なにしてるんですか!?」


「ふんふんふん! ふんふんふんふん!!」


除霊師はそのまま高速の腕立て伏せをはじめる。

暗いトンネルに輝く汗がキラキラと宙を舞う!


「うおおお! 盛り上がってきたアァァ!!」


除霊師の筋トレがハッスルするほど

周囲の幽霊が音を立てて消えていくのがわかった。


「はぁ、はぁ、どうだ。これが筋肉除霊だ。わかったかな」


「心霊スポットで筋トレすれば除霊できるんですか……」


「いや、筋トレはあくまで霊の本音を聞くための手段だ。

 どんな除霊師も霊が成仏するために欲していることを引き出し、

 それを叶えてやることで除霊をしているんだ」


「なるほど……。まったく筋トレとつながりませんが」


「筋トレは心の鎧をはがし、筋繊維同士で会話できるのだよ」


ああ、このひとは言葉を介するが交流はできないんだな、とクルーは痛感した。

やがてトンネルの最深部に向かうと、明らかにこれまでと異なる霊気を感じた。


「先生……! これは……!」


「ああ、本丸がついに来たようだな!

 成仏させてやるとも! お前の願いを教えてくれ!!」


除霊師は血のシミが広がる場所で高速腹筋を始めた。


「ふっ! ふっ! ふぅーー!!」


しかし!その腹筋の足がしだいに伸びてゆく。

これでは腹筋の効果も半減し、腰を痛めてしまうポーズに!


「先生! どうしたんですか!!」


「くっ……! 幽霊が足を伸ばして負荷を軽減している!

 こ、このままでは……!!」


幽霊の強い意思で足が固定されてしまった!


腹筋の筋トレは起き上がるの負荷で筋肉を強化する。

足を抑えられてしまっては腹の力ではなく、足に力が分散してしまう。


もう筋トレにはならなくなってしまった。


「先生!」


「いったん退くぞ!! このままじゃダメだ!!」


さすがは名うての心霊スポット。

筋トレで幽霊の本当の願いを聞くどころか、

筋トレじたいを阻止してコミュニケーション拒否されてしまった。


トンネルをあとにした二人は顔を見合わせた。


「なんて強い筋力をもった幽霊なんだ……」


「先生でもここは除霊できないんですか」


「いやナメていた。今度はそうはいかない。1週間だけ時間をもらえるかな」


「またやるんですか?」

「今度はこうはいかないさ」


1週間後、ふたたび相まみえた二人だったが

除霊師のシルエットはあきらかに前回と異なっていた。


「先生……どうしたんですかその体」


「パンプアップしてきた。今度はもう前のようにはいかない」


服の上からでも盛り上がる筋肉のシルエット。

筋トレ除霊よりも、その筋肉でぶちのめす除霊法のが効果的だと思うほど。


再びトンネルの最深部に到着する。

前回と同じく、ふたたび強烈な霊気で気圧される。


「先生……!」


「ここまでは計算通りだ! あれを見ろ!」


「あ、あれは!?」


トンネルの最深部には先客が待っていた。


「そう! ケトルベルにレッグカールマシン!

 トライセプスプレスダウンマシンにローイングマシンにトレッドミルもある!!」


「なんの呪文ですか!」


「筋トレ機材だよ。私のジムからここへ運ばせたのさ!」


「すごいバチあたりなことを!」


「これで前以上の筋トレができる!! さあ覚悟しろ!」


幽霊が魍魎跋扈するトンネルの最深部に、

筋トレマシンの稼働音と除霊師の熱い呼吸がこだまする!


「ふっ! ふっ! はっ! はぁぁぁ!!!」


はた目には効率的に幽霊を挑発しているような所作だが、

どうやら幽霊には効いているらしい。


「うおおお! 聞こえてくる! 聞こえてくるぞぉぉ!!」


「先生、幽霊が何を求めているのかわかるんですか!?」


「もう少しだ! あと少し負荷をかければ、

 幽霊と筋肉通話で本当の願いが聞こえてくる!!」


とそのときだった。

バツンと大きな音がなるや筋トレマシンが停止する。


「ど、どうした!? いったい何が!?」


「先生、ポルターガイスト現象です!

 幽霊がマシンの電源を落としてしまったんです!」


「なにぃ!?」


電気で動くマシンだけではなかった。

筋トレマシンのワイヤーなども切られており、

これ以上マシントレーニングはできない状態にされてしまった。


「先生! もう帰りましょう! もうダメです!」


「あとちょっとで筋肉の声が聞こえるんだ!」


「先生はやく!」


しかし遅かった。

除霊師の身体は目に見えない何かに押さえつけられたように動かなくなる。


「ぐっ……! こいつ……! なんて力だ……!」


「先生ーー!」


まさに絶体絶命。

除霊師は最後の力を振り絞って叫んだ。


「私のっ、私の上着を脱がせろーー!!」


「えええ!?」


「はやくしろ!! これ以上はこらえられない!!」


「はいい!!」


慌てて上着を脱がしたときだった。

その腹部には漆黒のベルトが巻かれていた。


「ふ、ふふ、このときを待っていた……!

 私の筋肉に直接触れるこのときを!!

 スイッチ、オン!!!」


リーサル・ウェポンの電源が入る。


腹部に巻かれていたベルトが微細な振動を送り、

マシンや人的な筋トレでは得られないほどの筋的負荷を与える!


「これが!! 腹筋ベルトの力だーー!!」


「EMS! EMS!! EMS!!!」



『ギャアアアアーー!!』


霊感のないクルーでも明確に聞こえるほどの霊の絶叫が聞こえた。

いきなり最高負荷の腹筋ベルトは痛すぎたのだ!!


不意をつかれて弱ったことで、除霊師は幽霊と筋肉通話を試みる!!


本当に幽霊が求めている言葉を聞き出す。


「先生!! 幽霊は!?」


「わかったぞ! 幽霊が何を求めているのかが!!」


「本当ですか! それを叶えたら除霊できるんですね!」


「ああそうとも!!」


「それで! 幽霊は何を求めているんですか!!!」


筋肉除霊師はハツラツとした笑顔で答えた。




「夜は静かに寝かせてくれって、さ!!」



二人が撤収し、トンネルの入場を禁止すると

それきり心霊現象は二度となくなったという。

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