「さっき、藍斗が来たんだよね」


 私がそう言うと、湊星はとても驚いた顔をした。そんなことありえない、とでも言うように口を開いたまま固まっている。


 藍斗が本当に海外へ行っているのであれば、私の元へ現れることもありえなくはないだろう。しかし、藍斗はもうこの世にはいないのだ。湊星はまだ私がその事に気づいていないと思っているみたいだけれど。


「記憶が戻った時、藍斗に聞いたんだよね。『私ってどんな人?』って」


「なんて言ってた?」


「『危なっかしい』ってさ」


「……そっか」


「あと、不器用で忘れっぽくて鈍臭いって」


 私は藍斗の動きを真似るように、指を一本ずつ折りながら話す。


「いや、悪口じゃん」


「やっぱそうだよね?」


「ほんと、あいつらしい」


 そう言って湊星は口元に笑みを浮かべる。その表情には、懐かしさと少しの苦笑が混じっているように見えた。


「一年ぶりだけど、全く変わってなかったよ」


 藍斗が居なくなってから。そう、藍斗が死んでから。


「そっか……もう一年経つんだな」


 湊星は何か考え込むように、目を遠くに向ける。


「一周忌行かないとだね」


「うん……え? なん……で」


 私の言葉に、湊星の目が再び大きく見開かれる。


 藍斗の病気があまり改善していないことは知っていた。もしかしたら、もう長くないかもしれないということも。だから、藍斗が海外に行くと言い出した時も、なんとなくの察しはついた。


 でも、あれがまさか藍斗と言葉を交わす最後の機会になるとは思ってもいなかった。『死』というものが、私にはとても遠くに見えていたのかもしれない。


 記憶が戻った瞬間。目の前の恋人を見て……私はただ、綺麗だと思った。


 そして、私の記憶が戻ったと分かれば藍斗は消えてしまうのだろうと瞬時に悟った。


「そんなのすぐバレるに決まってるじゃん」


 私がため息混じりにそう言うと、湊星は髪をくしゃりとかきあげ、「ごめん」と言って目を伏せた。


「別にいいよ。二人が理由もなくそんなことするとは思えないし」


「うん……ありがとう」


「藍斗のお世話は大変だね」


 私が揶揄うようにそう言うと、湊星も「お互いな」といって笑う。


「どうせまだ近くで唯花のこと見てるんだろ」


「なにそれ怖い」


 いつも通りの何気ない会話のようで、そこにはまるで藍斗がいるような、懐かしい、とても不思議な感覚だった。思えば二人とも、藍斗がいなくなってからその話題だけはどことなく避けていたようにも思う。


「なぁ唯花、藍斗のこと……一生忘れるなよ?」


 湊星は突然真剣な表情をして、静かにそう言った。それは、私に対する確認のようでありながら、湊星が自分自身に言い聞かせるような、とても重い言葉だった。


「忘れる訳ないじゃん」


 私が真っ直ぐに湊星を見つめ返すと、湊星は安心したような表情を浮かべ、「そっか、良かった」と言って笑みを浮かべる。


 窓の外へと視線を移すと、そこには無数の藍星花ブルースターが咲き誇っていた。花々が風に揺れながら、穏やかに輝いている様子が見える。


「また、会えるかな」


 そんな私の質問に、湊星はもう上がりきった太陽に目を細めながら、ゆっくりと答えを口にした。


「会えるよ。だって……」























「あいつは一生死なないだろうから」

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哀星花 長月 有 @yu_nagatsuki

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