【完結】私、東京調理魔法専門学校を退学になりました(作品240523)

菊池昭仁

私、東京調理魔法専門学校を退学になりました

第1話

 ノアは東京調理魔法専門学校の2年生だった。



 「ノア、一緒に帰ろうよ」

 「うん、帰ろう」


 リンダはノアの親友だった。


 「ノア、今日もバイトなの? 時給950円のミッキー・バーガーで?」

 「そうなのよー、時給1,000以下だなんて安くてやんなっちゃう。授業料も教材も教科書もバカ高いしね?」

 「今どき魔法使いになりたいなんて、希少だからねー。天然記念物だよ」

 「あの呪いの実習で使った、吸血蝙蝠の翼なんか1枚5万円だよ、5万円。信じらんない」

 「この前買った『世界オカルト事典』は132,000円だよ!」

 「ああ、どうしよう、今度の授業料、125万円なんて払えないよー、うち、親がいないでしょう? これ以上ハグリッドおじさんに迷惑はかけられないよ」

 「ノアもたいへんだね? ねえノア、時給のいいバイトがあるんだけどやってみない?」

 「どんなバイト? エッチなやつとか?」

 「ピンポーン! デリヘルなんだけどさあ、店長もいい人だし安心だよ。半分バックしてくれるし」

 「ということは60分、12,000円として6,000円かあ。

 1日3回転として18,000円! 悪くないかも」

 「でしょう? 話だけでも聞いてみたらどう?」

 「そうしようかなあ、卒業まであと少しだしね?」

 「ノアはかわいくて巨乳だから、ロリコン好きには堪んないかもよ?」

 「まあね。あはははは」


 ノアとリンダは笑った。




 翌日、ノアはリンダとデリバリー・ヘルス、『ペロペロ・キャンディ』の事務所に面接に出掛けた。


 「こんにちは、店長の大崎です。

 アプリコットちゃんのお友だちなんだって? 君、凄くいい感じだね? 稼げるよ、ウチは」

 「アプリコットちゃんて?」

 「私の源氏名なの」

 「なーんだ、そうだったんだ」

 「じゃあ早速、面接するからこちらへどうぞ」




 大崎店長はデリヘルの店長さんというよりも、マクドの店長さんのような人だった。

 大崎はノアの書いた身上書を確認した。


 「えーと初体験は中三で、今までの経験人数は5人。

 性感帯は首筋と乳首、それからクリトリスかあ。ノアちゃん、オナニーとかはするの?」

 「はい、週に3回くらいですけど」

 「そう、お客さんの前で出来そうかな?」

 「そんな変態、いるんですか?」

 「寧ろお客さんはそんな変態ばっかりだけどね?

 だってウチにくるお客さんなんて、殆どモテない奴ばっかり。

 彼女がいなかったり、奥さんに相手にされないとか、恋人や奥さんにはとてもしてもらえないプレイを楽しみたくて来る連中ばかりだからね?

 この間の常連さんなんて大学病院の医者だぜ?

 その医者、中々のヘンタイさんで、注射器を持って来て、それで自分の乳首を刺してくれっていうんだってさ。

 ほんと、キモイよね?」

 「ええ。まあ、それなりにイッちゃってますね?」

 「ええとそれからオプションはパンスト破り、下着のお持ち帰り、バイブに顔射はOKと。

 ごっくんはどう? むずかしい?」

 「精子を飲むってことですよね? 知らない男の人のザーメンはちょっと抵抗があるかも」

 「わかった、じゃあこれはやらなくてもいいからメニューから外しておくね? それからAFはどうかな?」

 「何ですかそれ?」

 「アナル・ファック。つまりお尻の穴でことだよ」

 「なんだか痛そう」

 「あはは 別にやらなくてもいいよ。じゃあ、これから写真撮るからホテルに移動しようか?」




 ホテルでは色んなポーズを撮られた。



 「そう、いいねえ、いいよ、こっちを向いて、そう、そんなカンジ。

 それからノアちゃんはオッパイが魅力的だから、そう、そうやって少し強調してみようか?

 そう、それそれ、ハイ、それ、いただき!」


 そして撮影が終了すると店長から言われた。


 「今日から出られそう?」

 「ええ、大丈夫です」

 「最初の1週間は日払いにしてあげるね?

 その後はどちらでもいいけど、週払いだと55%、オプションは全部ノアちゃんの取り分になる。

 源氏名はどうしようか? ウチは全員果物の名前なんだけど」

 「何がいいかなあ、大崎さんが決めて下さいよ」

 「今いているのはそうだなあ、デラウエアか佐藤錦かな?」

 「佐藤錦はイヤです、何だかお相撲さんみたいで。他にないですか?」

 「うーん、メロンちゃんはいるしラフランスちゃんもいるしなあ。

 そうだ、シャインマスカットはどう?」

 「じゃあ、マスカットちゃんにします、かわいいから」

 「わかった、それじゃあ今日からノアちゃんはマスカットちゃんね?

 この業界は初めてだろうから、初日は軽いノリでいいからね?

 マスカットちゃんには、ウチで長く働いてもらいたいから」



 その日からノアのデリヘル・バイトが始まった。

 



第2話

 デリヘルの事務所はひっ切り無しに携帯が鳴っていた。


 「はい、『ペロペロ・キャンディ』です。

 ああ、これはこれは山本さん、いつもご利用ありがとうございます。

 今日は台湾バナナちゃんは女の子なのでお休みなんです、ごめんなさい。

 はい、若くて巨乳、髪はロングで、はい、ではアプリコットちゃんなどいかがでしょうか? ええ、はい、では、アプリコットちゃんを、はい、保証しますよ、とてもいい子ですから。

 はい、ホテルは『ロンド』の302号室ですね? ハイ、60分の痴女コースで。

 それではあと30分ほどで到着しますので、期待してお待ちください、失礼いたします」


 店長は電話を切るとリンダを呼んだ。


 「アプリコットちゃん、台湾バナナちゃんの代打で頼むよ。

 ショートのケチ客の山本だから適当に抜いてあげてくれればいいから。

 痴女コースね、『ロンド』の302だから」

 「ハーイ、じゃあノア、行ってくるね。

 後でデローズでゴハンしようよ」

 「うんわかったー、行ってらっしゃーい!」


 リンダが事務所を出て行った。



 受付のサヨリが電話をしていた。


 「ハイ、おっぱいが大きくて小柄。

 乃木坂みたいな子ですね? それなら今日から体験入店しているマスカットちゃんなんていかがでしょう?

 初々しい新人さんです、ハイ、もちろん業界未経験ですよ。はい、それは保証いたします、ハイ。

 ハイ、顔はもちろん美人です、ハイ。タトゥーもありません、もちろん日本人です、ハイ。

 どうされますか? ハイ、マスカットちゃんを、ハイ、ありがとうございます。

 ではホテルに着きましたら、ご連絡をお願いします、ハイ、失礼します」

 「マスカットちゃん、いよいよ初仕事だね?

 初めは緊張するかもしれないけど、なんかあったらすぐに電話してね? すぐに助けに行くから」

 「わかりました」




 ホテルに着き、ドアをノックした。

 ドアが開くと、そこにはメガネを掛けた、神経質そうな撫肩の大学生風の男の子が立っていた。


 「マスカットです、『ペロペロ・キャンディ』から参りました。

 蘭丸さんですか?」

 「あっ、は、はい・・・」


 かなり緊張しているようだった。

 部屋に入り、コースの確認をした。


 「痴女コース、60分ですよね? 12,000円になります」

 「はい・・・」


 蘭丸は12,000円ちょうどをノアに渡した。

 ノアは事務所に電話をした。


 「マスカットです。ハイ、60分の痴女コースをいただきました。ハイ、わかりました」


 電話を切ったノアは、蘭丸の緊張をほぐしてあげようと、なるべく優しく話し掛けてあげた。


 「蘭丸さんはどうして蘭丸さんなの?」

 「忍者の蘭丸が好きだったからです」

 「そうなんだ? デリはよく利用するの?」

 「初めて・・・、です」

 「女の子とするのも初めて?」

 

 蘭丸は頷いた。


 「そっかあ? 童貞君かあ。

 私もね、今日が初めてなのこのお仕事。

 お互いに初めて同志だね?」


 蘭丸は顔を真っ赤にしていた。


 「それじゃあ、いっしょにお風呂に入ろうか? お湯、入れて来るね?」



 蘭丸はすでに服を脱いでいたが、パンツは履いたままだった。

 しかも白のブリーフ。童貞感、丸出しだった。


 「一緒に入ろうか?」


 頷く蘭丸。

 意外にも蘭丸のそれは「金属バット」のように硬くて立派なモノだった。

 だが残念なことに、蘭丸は包茎だったのである。


 「包茎なの?」

 「うん、自分で剥こうとしたんだけど、痛くてダメだった」

 「東京上野クリニックとかに行かなかったの? タートルネック・ボーイってやってるじゃない?」

 「恥ずかしくって行けないよ、それに痛そうだし・・・」

 「そうかあ、でも包茎はダメだよ、チンカスも溜まり易いし、それに臭い匂いもするしね?

 女の子は生じゃイヤかも、バイ菌が入りそうで」

 「そうなんだよねえ・・・」


 蘭丸は落ち込んでしまい、先程まで金属バットだったそれはオジギソウのように項垂うなだれてしまった。


 ノアは蘭丸が気の毒になってしまい、先日、リンダと行ったユニバーサルスタジオジャパンで買った、ハーマイオニーと同じ魔法の杖をバッグから取り出すと、


 「実はね? 私、魔女なの、まだ新米だけど。

 蘭丸君の包茎、私の魔法で治してあげようか?」

 「そんなこと出来るの?」

 「たぶん、大丈夫だと思うけど、試してみる?」

 「うん、お願いします!」


 ノアは魔法の杖を蘭丸の臭そうなポコチンに向けると、呪文を唱えた。


 「じゃあいくわよ、カワカワムキムキ、ポコチンチン、ドテチンポコチン、さらば、タートルネック・ボーイ!」


 するとあら不思議、今まで皮を被って、のど飴みたいに包装されていたポコチンが、綺麗に皮が剥けてピカピカの亀頭が現れたではないか!


 「すごいよすごい! ありがとうマスカットちゃん!

 君は包茎治療の天才魔女だよ! これで東京上野クリニックはヤバイよ、倒産しちゃうかもしれない!」


 だがノアはあまりうれしくなかった。

 それは魔女は魔女でも「包茎治療魔女」にはなりたくはなかったからだ。


 (いやんなっちゃうなあ、「包茎治療魔女」だなんて)


 「どうする? あと5分しかないけど」

 「延長してもいいですか!」

 「もちろん! じゃあこれから女の子のあそこをみせてあげるから、よく勉強するのよ」

 「ハイ!」



 蘭丸はすっかり自信を取り戻したようだった。

 包茎も治り、ノアから女体を学んだ蘭丸は、すっかり「ヤリチン」になってしまった。



 「ねえそこの彼女! 俺とtogetherしない?」

 「バッカじゃないの? このヘンタイ! キモ男! しっしっ!」


 殆どがこんな調子ではあった。



 

 デリヘルの初日を終え、デローズでリンダと食事をした。



 「どう? 続けられそう?」

 「うん、今日は3回働いたから、延長とオプションも含めると34,000円ももらちゃった」

 「そのまま行けば授業料なんて簡単じゃん」

 「そうだね? ありがとうリンダ」

 「まあ、ずっとやるわけじゃないしね? 卒業までの辛抱だよ」

 「私もそう思う」


 ノアはマカロニ・グラタンを美味しそうに食べた。




第3話

 5本目が終わり、黒塗りの品のよろしくない、いかにもといった高級ワンボックスでノアは化粧を直していた。

 風俗業界では1件2件とは数えず、1本、2本と数える。

 あれは「1本」と数えた方が分かりやすいからである。


 「マスカットさんは凄い人気ですね? 俺、マスカットさんの専属ドライバーになっちゃいましたよ」

 「もうクタクタよー、でもジャンジャン稼がないとねー」

 「今度のお客さんは212号室です。近くで待機してますから、ヘンな奴だったらすっ飛んで助けに行きますから安心して下さい」

 「ありがとう、そん時はよろしくね?」


 でもノアは魔法が使えるので、ヘンな客だったら魔法でチンコをへし折ってやればいい話だった。



 6本目のお客はハゲ、デブ、チビの三拍子揃った最悪の客だった。


 「マスカットでーす。『ペロペロ・キャンディ』から参りましたー。

 本日はご指名をいただきまして、ありがとうございまーす」

 「よろしくね? マスカットちゃん。

 僕はね、こう見えても結構偉い人だから、そこのところ忘れないでね?」

 「へえー、そうなんですかあ。どんなお仕事の偉い人なんですか?」

 「まあそれはいいじゃないか。じゃあ早速・・・」


 そのエロオヤジがいきなりノアのFカップの胸を揉みそうになったので、ノアがそれをいさめた。


 「いやーん、もう、せっかちなんだからー。お客さん、コースはどうします?」

 「マスカットちゃんは僕の好み、どストライクど真ん中だから、120分でお願いしようかな? 

 コースは「夜這い寝取られコース」で頼むよ」

 「かしこまりました!それでは24,000円になります」


 ノアはお金を貰い、事務所に電話をした。


 「120分、「夜這い寝取られコース」をいただきました。はい、わかりました」


 ノアはがっかりした。

 さっきはイケメン営業マンの田村さんだったが、今度は脂ぎったヘンタイオジサン、しかも120分。地獄である。

 ノアはなるべく風呂場で時間を消費する作戦に出た。


 「じゃあ先にお風呂の準備をしてきますねー?」

 「大丈夫だ、僕も一緒に入るから」


 (げげっ、ついてくんなよオヤジ!)


 ノアはさらに落胆した。



 いやらしくノアのカラダを舐めまわすエロオヤジ。


 「いやん、くすぐったいからやめてくださいよー、もう、エッチなんだからー」


 ノアはエロオジサンさんのちっちゃな股間をイソジン液で消毒をした。



 ベッドに移動すると、なんとエロオヤジはいきなり本番行為を要求して来た。


 「お客さん、本番行為はお店から固く禁止されています、やめて下さい!」


 ノアが毅然とした態度で言うと、オヤジは開き直った。


 「はあ? 120分も付き合ってやるのに本番もなしだと? ふざけるな!

 俺を知らんのか? おれは市議会議員の色井野好造いろいのすきぞうだぞ! いいから大人しくやらせろ!」


 ノアは素早く色井野と一緒に写メを撮った。


 「何をする!」

 「これを文秋オンラインに載せてもらうの。先生をもっと有名にしてあげるね?」

 「その写真を今すぐ消去しろ!」

 「ヤダもんねーだ、そんなこと言うなら、お店の人、呼んじゃうよ?

 凄く怖いんだから、うちのスタッフさん。先週、刑務所から出所したばかりなんだよ」

 「わ、わかった! 大人しくするから写メだけは消してくれ、頼む!」

 「どっしょっかなー?」

 「わかった、どうせ調査費から出せばいい金だ」


 すると色井野は財布から10万円を取り出すと、ノアにそれを差し出した。


 「これでどうだ?」

 「これって市民の人がくれた税金でしょ? いらないよ、そんなお金。

 抜きたいんでしょ、スッキリさせてあげるから、本番なんて言わないの、わかった?」

 「はい・・・」


 色井野議員はノアのテクニックであっけなく終わってしまった。

 こういう奴に限って、欲望が満たされると説教を始める。


 「マスカットちゃん、いつまでもこんな仕事してちゃダメだ。どうだ? うちの選挙事務所で働かないか? ワシの秘書として」

 「お断りします」


 (さんざんエッチなことをさせておいて、どのツラさげていってんのよ! この変態議員!)




 クルマに戻り、ノアは次の派遣先へと向かった。



 「あー、いやな客だった。今度はどこ?」

 「ホテル『エリーゼ』の304です。これで今日は最後ですね? 7本なんて大変ですね?」

 「商売よ、商売。帰りにマックに寄ってくれる? チョコレート・シェイクが飲みたいから」

 「わかりました」




 ドアをノックしたが返事がなかった。

 ゆっくりとドアレバーに触れるとドアが開いた。

 そしてドアを開けた瞬間、ノアは凍り付いてしまった。

 なんとそこにいたのはノアの担任のレッサーパンダのゼーゼマン先生と、魔法薬学のロッテンマイヤー先生が立っていたからである。


 「白石ノアさん、東京調理魔法専門学校則、第24条第3項、「当専門学校生は、いかなる理由があろうともデリヘルに勤務した場合、即刻退学処分とする」に該当します。

 よって、本日付けであなたを退学処分とします。いいですね?」

 「そんなー、何とかなりませんか?

 もうすぐ卒業じゃないですかあ、私、授業料を払うためにバイトしていたんですう」

 「規則は規則ですから。それは校則には関係のないことです」


 ロッテンマイヤー先生は、きっぱりと冷たく言い放った。

 レッサーパンダのゼーゼマンは、


 「お前とリンダのことをGPSで追跡していたんだ。そしたらおまえとリンダが頻繁にラブホ街をうろついていることが判明してな? それでふたりとも残念ながら退学処分となったわけだ。

 脇が甘いな? お前たち」


 そう言ってゼーゼマンは二本脚で立ち上がると、真っ黒なお腹を見せて大きな栗の木の下での替え歌を歌った。



     大きな栗と~♪ リスのうた~♪



 ロッテンマイヤー先生がゼーゼマンを睨みつけた。


 「ゼーゼマン先生! お止めなさい! そんな卑猥なお唄は!」

 「どうもしゅいましぇーん」


 ゼーゼマンはお笑い芸人の「ですよ」の真似をして、お道化てみせた。

 ノアの魔女になる夢は消えた。



         


第4話

 ノアは魔法学校を退学処分になり、すっかり落ち込んでしまい、何もする気になれなかった。


 母親のような伝説の魔女になるために、中世のフランスから現代の東京へとタイムスリップしたノアだったが、その夢が絶たれてしまった。

 ノアは『ペロペロ・キャンディ』を辞めた。

 リンダも退学になってしまった。

 ふたりはいつものファミレスでボッーとしていた。



 「ごめんねノア、私がデリなんかに誘ったばっかりにこんなことになっちゃって・・・」

 「ううん、そんなことないよ、気にしないでリンダ。

 どちらにしても授業料が払えなかったんだから同じことだよ」

 「これからどうするの?ノア」

 「マックかムーン・バックスで働くよ」

 「ああー、魔女になりたかったなあー。

 あのレッサーパンダと都知事みたいなロッテンマイヤー、最悪」

 「ホントだよね?」

 「私、実家のラーメン屋を手伝うことにしたんだ」

 「そう、今度食べに行くね?」

 「うん、チャーシューおまけしてあげる、チャーシュー麺にしてあげるからね? 中華そばを頼んでも」

 「ありがとうリンダ」


 ノアは和風おろしハンバーグを食べながら、深い溜息を吐いた。




 リンダと別れ、夜の街をトボトボと歩いていると、後ろから声を掛けられた。


 「ノアさん、白石ノアさん」


 ノアが振り返ると、そこにはニッコリと笑う、恰幅のよいカーネルサンダースみたいな老人が立っていた。


 「はじめまして、私、東京調理魔法専門学校の服部はっとりと申します」


 それは服部理事長だった。


 「こんばんは理事長、御校を退学になった私に何の御用ですか?」

 「ノアさん、今回は実にお気の毒でした。残念ですが規則ですから止むを得ません。

 あなたは魔法科では成績も優秀だし、このまま普通の女の子になるのは勿体ない。

 まああなたのようにチャーミングならサッシーや前田敦子、村重のようになんちゃら49にもなれるかもしれませんが、ドラマや映画に出たら人気はガタ落ちになるかもしれません。

 そこでどうでしょう? 魔女になるためのプライベート・レッスンを受けてみる気はありませんか?」

 「プライベートレッスンだなんて怪しいじゃないですか? それって個人営業のデリヘルっていうことですか?

 私はもうデリヘルは辞めたんですよ」


 服部理事長は大声で笑った。


 「そういうたぐいのものではありません、実はウチの学校を定年退職した魔法使いがおりましてな? ノアさんのことを話しましたら「弟子にしてもいい」ということになりまして、それでいかがかと思いましてお誘いしたわけです」

 「バイトも辞めたのでお金もありません、レッスン料もお支払い出来ませんから無理です。

 私は両親を亡くしてステラおばさんと暮らしているので」

 「もちろん無料です」

 「無料? 無料で魔法使いの弟子にですか?」

 「そうです、あなたには素質がある。

 それに私も彼もあなたのお母さんのファンでした。

 いやあ、あなたのお母さんは美熟女、じゃなかった美魔女でした。

 私たち魔法使いたちの憧れでした。

 あんなことさえなければ、ウチの東京調理魔法専門学校の校長になっていたはずです」

 「ママが校長に?」

 「ソフィアは凄い魔女でした。たった一人で3匹のドラゴンを倒し、蒲焼にしてしまったのですからな?

 あれは実に見事だった」

 「ドラゴンを蒲焼にですか? 鰻みたいに?」

 「そうです、都民全員に振舞って下さいました。

 いかがですか? 会うだけ会ってみませんか?

 ただし、その魔法使いは相当な変わり者ですが」

 「本当に魔女になれますか?」

 「来年の1級魔法士の試験を受けてみてはどうです?

 独学よりはいいと思いますよ」

 「じゃあ、お願いします!」

 「では早速参りましょう、これに乗って下さい」


 服部理事長はノアに魔法のほうきを渡した。

 ふたりは箒にそれぞれ跨ると、東京の高層ビルの谷間を抜け、奥多摩の山中へと飛んで行った。



 「ここです」


 そこは小さな古いお寺だった。


 「お寺じゃないですか?」

 「はい、そうですけど何かおかしいですか?」

 「おかしいでしょう? だって魔法はキリスト教でしょう? 仏教じゃなくて?」

 「仏教でも魔法は使いますよ、誰が決めたんですか? 魔法使いはキリスト教だと?」

 「だってハリーポッターだって、あんなカッコいいホグワーツの魔法学校で勉強していたじゃないですか?」

 「あれはあれ、これはこれです。

 振袖の美魔女なんて、ステキじゃないですか?」


 すると首から大きな数珠をぶら下げた、海坊主のような和尚が出て来た。


 「おう、この娘がソフィアの娘か?」

 「そうなんだデカプリオ、来年の1級魔法士に合格出来るようによろしく頼むよ」


 (デカプリオ? この海坊主が? どう見ても武蔵丸だろうが!)


 デカプリオ和尚はギロリとノアを見ると言った。


 「悪かったな、武蔵丸じゃなくて。デカプリオ伊藤だ、よろしくな? ノア」


 ノアは驚いた。心の中が読まれていたからだ。


 「白石ノアです。よろしくお願いします」

 「俺の修行は厳しいぞ、大丈夫か?」

 「頑張ります!」


 するとデカプリオはノアに魔法の杖を渡して言った。


 「ノブレスオブリージュと呪文を唱えながら素振り1,000回! 始め!」


 ノアは素振りを始めた。

 こうしてノアはデカプリオ伊藤の弟子になったのである。




第5話

 「せ、千回終わりました~」


 服部理事長は箒にまたがると、


 「それじゃあノアさん、がんばって下さいね?

 デカプリオ先生、よろしくお願いします」

 「この娘次第じゃがな?」


 服部理事長は飛んで行ってしまった。



 「よし、次は滝行じゃ」

 「滝ってこの寒いのに? 夜だよ死んじゃうよ!」

 「お前はデリヘル嬢となって身も心もけがれてしまった。

 風俗で働くしかなかったのはわからんでもない、それが悪いと言っておるのではない。 

 風俗に行く男は快楽を求めて金を払う。つまり性欲の処理にやって来るのじゃ。

 穢れた欲望を捨てに来る。誰に?」

 「私にですよね?」

 「そうじゃ、男たちはお前に性欲を捨てに来る。

 お前は性欲のゴミ箱、便所のようになってしまっておるのじゃ。

 魔法をあやつる者は言葉遣い、身体、心が澄んでいなければならない。 

 魔法は天の力だからじゃ」



 その滝は10mほどの落差があり、滝幅は2m位のものだった。

 デカプリオは九字を切り、滝を清めた。


 白装束しろそうぞくに着替えたノアは、月光に照らされた滝を見詰めて言った。


 「大丈夫なんですか? 丸太とかヘビとか落ちて来ませんか? イノシシとか?」

 「イノシシやマムシ、熊なんかもたまに落ちてくるがな? だが心配には及ばん、その時は運が悪かったと思えばよい。修行には運も大切じゃからな? わはははは」

 「全然大丈夫じゃないじゃないですか!」

 「大丈夫じゃ、たぶん。

 ノアは守られておるから安心するがよい。先程教えた経文を唱えよ」

 「わかりました」



 滝に入るとそれは氷がドカドカ降ってくるようだった。


 「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・」


 ノアはだんだんトランス状態になり、遂に無の境地に達した。

 すると母親のソフィアが目の前に現れ、ノアを見て微笑んでいた。


 「ノア、がんばるのよ、ママがついているから大丈夫、デカプリオの教えを守っていい魔女になりなさい」


 それだけ言うと母、ソフィアは消えてしまった。


 「ママっ!」


 ノアは叫んだ。


 「ノア、もう上がってもよいぞ」


 滝から上がるとノアは言った。


 「ママに会いました」

 「ワシも見ておった。美しさは変わらぬままじゃったな?」

 「とってもキレイでした」

 「どうじゃ? 滝行をしてみて?」

 「身体がとても軽くなりました」

 「綺麗な瞳をしておる、穢れは落ちたようじゃ。着替えて来なさい、修行再開じゃ」


 


 「腕立て伏せ1,000回、それが終わったらスクワット3,000回!」

 「そんなの無理ですよー、アントニオ猪木さんじゃないんだからあ」

 「言われた通りにやれ、口応えは許さん!」


 ノアはしぶしぶ腕立て伏せを始めた。


 「女子プロレスラーになるんじゃないっつうの!」


 すると体が急に重くなった。


 「さーん、 よーん、 ごーお、ろーく・・・」


 背中から声が聞こえた。

 振り返るとノアの背中にコアラが乗っているではないか。


 「ちょっとアンタ誰? 重いから早く降りなさいよ!」

 「ダメだよ、デカプリオ様から叱られちゃうよ。

 ノアが誤魔化さないように数を数えるように言われたんだ。

 僕の名前はタンゴ、よろしくね? ノア」

 「笑わせないでよ、笑いすぎて腕立て伏せが出来ないじゃないのー!

 どうしてコアラのマーチじゃなくて「コアラのタンゴ」なのよー!」

 「権利の都合上、仕方がないんだよー。笑ってないで早くやらないとデカプリオ様に怒られちゃうよ、ノア」

 「だったら背中から降りてよね、重いじゃないのよお!」

 「だってノアの背中って気持ちいいんだもん、あー、凄くいい匂いがするー。

 ノアだから『レ・ノア』だったりして? キャハ」


 コアラのタンゴはノアの背中に頬ずりをした。


 「まったくもう!」


 ノアは再び腕立てを始めた。


 「いーち、にー、さーん・・・」

 「どうして最初っからなのよ!」

 「だっていくつまで数えたか忘れちゃったんだもん。テヘペロ」


 ノアとタンゴはいいコンビになったようである。たぶん。


 


第6話

 「・・・2,998、2,999、3,000! やったねノア!」


 すでに東の空が明るくなっていた。

 コアラのタンゴは3,000回のノアのスクワットをようやく数え終えた。

 ノアはヘロヘロであった。



 「あー、やっと終わった~」

 「ノア、よくがんばったね?」

 「ありがとうマーチ、じゃなかったタンゴ。もう数え間違えないでね?」

 「ごめんごめん」


 そこへデカプリオ和尚がやって来た。


 「腹が減ったじゃろう? メシの用意が出来ておるから手を洗って来なさい」



 本堂に行き、ノアとタンゴは大日如来様に礼拝を済ませると、お膳の前に正座をした。

 一汁一菜の食事。

 艶々つやつやの炊き立てのご飯、豆腐となめこ、ネギの味噌汁。

 白菜漬けとアジの開きが用意されていた。


 「美味しそう! これみんなデカプリオ先生が作ったんですか?」

 「心を込めて料理をし、感謝して食事をいただく。

 食事も大事な修行なのじゃ。さあいただくとしよう」

 「いただきます!」

 「いただきまーす!」


 ノアはその美味しさに驚いた。


 「すっごく美味しいです! このお味噌汁!」

 「そうか? なめこも豆腐も、もちろん味噌もみんなワシの自家製じゃ。

 豪華な食事がいいというものではない、感謝して食べるということが尊いのじゃ。 

 人間は自分が生きるために命をいただかなければならん、罪深き存在なのじゃよ、人間は。

 みんな忘れておるのじゃ、どんなに美味しい食事も、健康だからこそ美味しくいただけるということをな?

 食事が美味しく食べられる、健康にも感謝するべきなのじゃ」

 「私、食事はいつもファミレスばっかりでした」

 「ファミレスが悪いというのではない、その食事に作り手の心が宿り、それを感謝して食べるかなのじゃ。

 きちんとした食事とはジュエル・ロブションや数寄屋橋次郎で食べることではない。

 カラダが喜ぶ食事を摂ることなのじゃ」



 ノアとタンゴが感謝して食事を終えると、デカプリオがノアに尋ねた。


 「母親のような伝説の魔女になって、お前は何がしたいのじゃ?」


 ノアはきっぱりと言った。


 「ママのかたきを討ちます。大司教のフロイスを殺して」

 「それで?」

 「それでって、それで終わりですけど」

 「復讐してソフィアは悦ぶのか?」

 「・・・喜んでくれるはずです」 

 「おそらくソフィアは歓びはしないじゃろう。自分のかわいい娘が人殺しになることを歓ぶ母親はおらん。

 フロイスを殺してもソフィアが生き返ることはない。

 憎しみはまた新たな憎しみを生む。復讐の連鎖は止まらないのじゃ」


 ノアは泣きそうだった。


 「いいかノア、魔女になることが悪いというのではない。

 復讐するために魔女になるのは悲しすぎはしないか?

 魔女になる本当の目的を忘れてはいかん。まあ、良い。それが分かったらワシに言うが良い、その答えを」

 「はい」

 「よし、では次の修行じゃ。この裏山にお堂がある。そこのお堂から「キリストの聖杯」を持って来るのじゃ。

 タンゴ、道案内をしてやりなさい」

 「えっ! あのお堂にですか? ブルブル」


 コアラのタンゴは怯え、ノアの腕にしがみ付いて震えていた。ブルブル


 「そんなに怖いところなの?」

 「3人のモンスターがいるんだよ。この前なんか、食べられそうになっちゃったんだから!」

 「えっーウソ~! ヤダヤダそんなのヤダ!」

 「ごちゃごちゃ言わずに聖杯を取って来い。それからこれを持って行くがよい」


 デカプリオ和尚はノアにスマホを渡した。


 「これを持ってゆけ。役に立つこともあるかもしれんからのう」


 

 コアラのタンゴとノアは、しぶしぶ山に入って行った。 


 


第7話

 険しい山道を抜けると、少し広い平地に出た。

 コアラのタンゴはノアの腕にしがみ付いたままだった。


 「ちょっとおー、私はユーカリの木じゃないんですけどー」

 「だって怖いんだもん」

 「そんなこと言われると私まで怖くなるじゃないのー」

 「ノアは何も知らないからそんな悠長なことを言っていられるんだよ。ぶるぶる」

 「一体どんなモンスターが出てくるの?」

 「それはね・・・」

 

 と、タンゴが言いかけた時、突然、目の前に大きな一つ目の角の生えた巨人が現れた。



 「お前たち、どこへ行くつもりだ?」

 「で、出たー! 一つ目オバQ!」

 「キャー! 助けてー!」


 一目散に逃げるノアとタンゴ。

 ノアはその時初めて走るコアラを見た。

 タンゴはまるでチーターのように走った。


 「ちょっと待ってよタンゴー! 私を置いていかないでよー!」

 「待てー、女! 食ってやるぞー!」


 ドカドカと一つ目巨人がノアを追いかけて来た。

 その時、ノアはデカプリオから渡された、スマホを誤って落としてしまった。


 「ス、スマホ! ひ、ひえー! あ、悪魔のアイテム!」


 一つ目のオバQは急に立ち止まり、スマホを見てガタガタと震え出した。

 ノアはスマホの場所まで戻ると、それを拾い上げてこう言った。


 「これがどうかしたの?」


 ノアは一つ目のオバQにスマホを向けた。


 「や、やめてくれー! た、助けてくれー! は、早くその悪魔のアイテムを仕舞ってくれ!」

 「私たちを食べない?」

 「食べない食べない、だから早くそれを仕舞ってくれ!」


 ノアはスマホをポケットに入れた。


 「ほら、仕舞ったわよ。 どうしてスマホがそんなに怖いの?」

 「なんで怖いだと? それは悪魔のアイテムだからだ!

 スマホは人との会話を失くし、文字で人を傷つけ、殺すことも出来る。

 悪魔の情報がどんどん流れ、イジメや誹謗中傷を全世界に広げることが出来るじゃないか!

 個人情報は駄々洩れで、GPSで居場所まで追跡されて浮気もバレる。

 スマホはこの世を滅ぼす悪魔のアイテムなんだ!」

 「あらそうかしら? こんなに便利な物はないんじゃないの?」

 「電車やカフェやレストラン、大学や職場でもみんなスマホに夢中じゃないか!

 誰とも言葉を交わすこともなく、幼稚園児もジジババもみんなスマホをいじってばかりいる。 

 異常じゃないか! みんなスマホしか見ていないんだぞ!

 人生をスマホに乗っ取られているんだ! これが悪魔のアイテムじゃないと誰が言える!」

 「別にいいじゃないの? 便利なんだから」

 「ながらスマホのどこが便利なのだ!

 それで自転車に乗った若者は人を撥ね飛ばし、ホームから転落し、大けがをしたり電車に轢かれて命を落としたりするんだぞ! 何のためにそれがいるのだ? ポケベルで十分じゃないか!」

 「何それ? ポケベルって何?」

 「お前、国武万里の名曲『ポケベルが鳴らなくて』という切ない不倫の曲を知らんのか?」

 「知らなーい」

 「まあいい、そんな悪魔のアイテムは捨ててしまえ!

 ところでこれから何処へ行くつもりだ?」

 「山のお堂よ」

 「何しに?」

 「ゴブレットを取りに行くの」

 「ああ、デカプリオに言われたのか?

 まあ、気を付けて行くがよい。 さらばだ」


 一つ目オバQはそう言って森へと帰って行った。

 いつの間にかタンゴはノアの背中にちゃっかりとおんぶしていた。


 「すごいねノア? 一つ目巨人を追い払うなんて」

 「アンタねー、私を置いて自分だけ逃げたくせに! もう調子いいんだからー」

 「ゴメン、僕、かわいいのだけが取柄だから」

 「しょうがないわねー、じゃあ行くわよ」

 「テヘペロ」

 「全然可愛くない!」


 ノアとタンゴは再び山道を進んで行った。




第8話

 「ちょっとタンゴ、いつまで私の背中におんぶしてんのよー。

 いいかげんに降りて歩きなさいよー」

 「だってボク、コアラだよ。

 なんかにしがみついてないと不安なんだよー。

 それにノアの背中って、とっても柔らかくっていい匂いがするんだもん」

 「重いから降りてよねー」

 「ヤダヤダ、ノアの背中がいい」

 「こら、降りなさい」

 「イヤだよー」

 「降りなさいってば」

 「イヤイヤ、絶対に降りないもんねー」


 そんなことをして、ノアがクルクル回っていると、近くにあった池にスマホを落としてしまった。


 「あっ、大切なスマホが!」

 「あーあ、どうすんのさノア。 デカプリオ様に叱られちゃうよ」

 「タンゴのせいでしょう、私の背中から降りないからー」


 ノアとタンゴが池の前で茫然としていると、池の中から神様が現れた。


 「お前たちが落としたのは、この金の5Gのスマホかね? それとも、この汚い傷だらけのボロボロのガラ系携帯かね?」


 するとタンゴはノアに小声で囁いた。


 「これって、あの銀の斧、金の斧のお話と同じだよノア。

 正直に言うといいんじゃないかな?」

 「わかったわ」


 ノアは池の神様に言った。


 「私の落としたスマホは普通のスマホです、そのどちらでもありません」

 「そうか? じゃあ、さようならー」

 「ちょ、ちょっと待って下さいよー、私のスマホを返して下さいよ!」

 「いやじゃ」

 「どうしてですか?」

 「探すのが面倒だからじゃ」

 「ダメでしょ、神様がそんなこと言っちゃ。それは私とかコアラが言うセリフですよー」

 「仕方がない、ではこうしよう。何か面白いギャグを言って私を笑わせたらスマホを返してやろう。

 だが、もしダメだったら・・・」

 「ダメだったら?」

 「この池に引き摺り込んで食べてしまうぞ、それでもいいな?」


 すると神様は河童に変身した。


 「か、河童!」

 「アンタ、神様じゃなくて河童だったのね!」

 「そうさ、俺はこの池に棲む、河童の三平だ。 さあどうする? やるのかそれとも食べられるか?」

 「ハイハイハイハイ! ボクがやるよ! 覚悟してね?」

 「コアラのお前がか?」

 「ボク、凶本か動力舎でお笑いをやろうとしたこともあるんだから、バカにしないでよね?」

 「よし、じゃあやってみろ」

 「じゃあいくよー。不眠症で悩んでいたご主人がやっと眠っていると、奥さんがその旦那さんを起こしてこう言ったんだ。


     「あなた、睡眠薬を飲む時間よ」


 きゃはははは、きゃはははは、お腹痛い、お腹痛い、笑いすぎて死にそう!」

 ノアと河童はまるでシベリアにいるようだった。「さぶっ」

 タンゴのお笑いは見事にすべった。


 「お前たちを池に引き摺り込んで、食べるしかないようだな?」

 「な、なんでだよ! どうしてこのイケてるアメリカンジョークがわかんないのさー」


 その時ノアはあることに気付いた。


 (そういえば河童はお皿の水がなくなると神通力が無くなるはずよね?)


 ノアは隙をついて河童を突き飛ばした。

 河童はよろめき、頭の皿の水を零してしまった。


 「か、身体のチカラが抜けてゆく・・・」


 ノアは池に戻ろうとする河童の前に立ちはだかると、河童に馬乗りになって言った。


 「スマホを返して! そうしないとお皿を割るわよ!」

 「ひえー、わかったわかった、返すからそれだけは勘弁してくれー」


 息も絶え絶えに河童は言った。

 ノアは池から水を両手で掬うと、河童の皿に水を入れてやった。

 河童は池に戻ると、デカプリオのスマホを持って来てノアに返してくれた。


 「ありがとう。河童さん」

 「じゃあな? おいコアラ、今度あんな寒いオヤジギャクを言ったら『コアラのマーチ』にするからな!」

 「河童はお笑いのセンスがないなあ」

 「お前だけ、池に引き摺り込んでやる!」

 「ヤダヤダ、助けてー、ノア!」

 「このコアラは食べても美味しくないわよ、コアラのマーチは美味しいけど、この子は『コアラのタンゴ』だから」

 「なんだか、不味そうだもんな?」


 河童は池に消えて行った。




第9話

 ようやくお堂が見えて来た。


 「あー、やっとお堂まで来たわねー」

 「ああ疲れたー、山道は疲れるよー」

 「何を言ってるの? 私の背中におんぶしてただけじゃないのー」

 「しがみ付いているのも結構疲れるんだよー」

 「ところでモンスターは三人って言ってたわよね? もうお堂だから今日はお休みしていたのかしら?」

 「どうかなー? でも、なんだか嫌な予感が・・・」


 すると空が急に真っ暗になり、首が3つある金色のドラゴンが火を噴いてやって来た。


 「キャー! キングギドラ!」

 「出たー! 助けてー! 丸焼きになっちゃうよー!」


 タンゴは咄嗟にノアの腕にしがみ付いた。

 ふたりは一目散に逃げたが無駄だった。

 なにしろ相手はキングギドラである、ゴジラやモスラよりもデカいし強い。


 その時、ノアの携帯が鳴った。

 デカプリオ和尚からだった。

 デカプリオは悠長に言った。


 「どうだ~? 聖杯まで辿り着いたかー?」

 「つ、着いたらキングギドラが! きゃー! 丸焼けにされて食べられちゃうー!」

 「それは大変じゃ」

 「そんなこと言ってないで助けて下さいよー! デカプリオ先生!」

 「まあ、がんばってみなさい。

 これも魔女になるための立派な修行じゃからのう。

 聖杯をゲットしたらLINEをしてくれ、じゃあワシは寝るからな、おやすみノア」

 「先生! デカプリオ先生!」


 携帯はデカプリオに一方的に切られてしまった。

 すると、山の奥から唄が聞こえて来るではないか。



      たんたんタヌキの金時計♪ 風もないのにぶーらぶらー♪

      きんきんキツネの栗とリス♪・・・」



 下品な歌が近づいてくるではないか!

 なんとそれはミニラだった。


 「なーんだ、ミニラじゃ全然ダメだよ、ゴジラならよかったのに・・・」


 タンゴは落胆し、危うくノアの腕から落ちそうになった。


 「君たちどうしたの?」

 「どうしたのって、見ればわかるでしょ! 危ないから隠れて!」


 するとミニラは口から輪っかの貧弱な光線をキングギドラに当てた。


 ホワンホワンホワンホワン


 「アチッ! 何すんだコノヤロー! 危ないじゃねえか! 火傷したらどうすんだよ!」


 キングギドラがびっくりしている。


 「ダメじゃない、こんなオバサンとお猿さんをイジメちゃ、パパに言いつけちゃうぞ」

 「ゴジラに? それだけはご勘弁を! ひえーっ!」


 キングギドラが天に昇ると空はすっかり晴れ渡り、青空になった。


 「ありがとう、ミニラ」

 「ありがとうじゃないわよ、私はオバサンじゃないからね? バカミニラ!」

 「そうだった、ボクもお猿じゃなくてコアラだかんね?」

 「ごめんごめん、ボク、今日はコンタクトしてくるの忘れちゃったんだ」

 「おまえ、コンタクトなの!」

 「そうだよ、メガネはダサいでしょ?」

 「でも、助けてくれてありがとう」

 「いいのいいの、「袖振り合うも多生の縁」だしね。

 ゴジラパパも言ってたよ、「困っている人を見たら助けるんだよ」ってね?」


 そう言うとミニラは何事もなかったように、あの下品な唄を歌って去って行った。



 「あー、助かったー」

 「さあ早く聖杯を持ってお寺に帰りましょう」


 ふたりがお堂を開くと、ちゃっちいプラスチックのコップが置いてあった。


 「これがキリストの聖杯? ゴブレットなの?」

 「それしかないみたいだけど・・・」


 ノアとタンゴは辺りを見渡したがそれしかない。

 ノアが恐る恐るそれを手に取ると、ダイソーの値札が付いていた。


 「ダイソー? 100均?」


 そこへデカプリオから電話が入った。


 「やっと辿り着いようじゃな?」

 「これが本当に「キリストのゴブレット」なんですか?」

 「そんなすごいものが、そんな汚いお堂にあるわけがないじゃろ? バチカンでもあるまいに」

 「私たちを騙したのね!」

 「魔女になりたいんじゃろう? これも修行じゃよ修行」


 タンゴを見ると、「コアラのマーチ」を食べていた。


 ボリボリ ボリボリ


 「アンタ、知ってたのね!」

 「ゴメンよノア、和尚様からもらっちゃった、食べる?」

 「いらない!」


 ノアは修行をクリアした。





最終話

 「どうじゃった? ゴブレット修行は?」


 デカプリオはうれしそうにノアに言った。


 「もうヘトヘトですよ、タンゴをおんぶして山を登ってモンスターに意地悪されて」

 「そうかそうか、まあ修行だからな? 大変なのは当然じゃ。

 ところでノア、モンスターと戦ってみて、何か気付かなかったか?」

 「食べられそうになったり大変でしたよ~」

 「それだけか?」

 「他に何か?」

 「そんなに大変だったのに、お前は魔法を使ったか?」

 「そういえば魔法は使いませんでした」

 「どうしてじゃ?」

 「必要がなかったからです」

 「それはな、守られていたからじゃよ」

 「誰にですか?」


 するとデカプリオ和尚は天を仰いだ。


 「天に守られておったのじゃよ、ノアは天に愛されていたのじゃ。

 つまりお前はすでに魔女なのじゃ。

 天に守られている者はみんな魔法使いなのじゃ、だからお前は魔女なのだ。

 ノア、そもそも魔法とはなんじゃと思う?」

 「空を飛んだりカボチャを馬車に変えたり、好きなひとを私にメロメロにしたり、それからそれから・・・」

 「よいかノア? 魔法とは宙に浮いたり手から赤い砂を出したり、箒に乗って空を飛ぶことではない。

 本当の魔法は人を助けたり、幸せにすることなんじゃ。

 お前の母親、ソフィアはそんな魔女じゃった。

 魔女とは魔法を使うことだけではない、やさしさに溢れた心の美しい女性のことを言うのじゃ。

 心がキレイになると天からチカラが与えられる。

 相手が何を考えているのかがわかったり、災難が待ち構えていると何故かそれを避けられたりする。

 様々な能力や才能が開花するのじゃ。奇跡が起きるのじゃよ。

 そして生きること、生かされていること自体がミラクルなのじゃ。

 お前はもう立派な魔女じゃ。

 では魔女の本当の使命とは何じゃ?」

 「苦しんでいる人や、悲しんでいる人を笑顔にすることですか?」

 「その通りじゃ、それさえ分かればもうワシがお前に教えることは何もない。

 実は魔法は誰にでも使えるのじゃよ。

 車椅子の人にドアを開けてあげる、ウエイトレスさんが食器を下げやすいように食べたお皿を重ねて置く、スーパーでレジをしてくれた人に目を見て笑顔で「ありがとうございます」と言い、電車で老人や妊婦さん、体の不自由な人に席を譲ってあげる。

 ただそれだけで魔法なんじゃ。

 魔法とは「人を笑顔にすること」なのじゃ。復讐するためのものではない。

 さすがはソフィアの娘じゃな? いい魔女になったな? ノア」

 「ありがとうございます、デカプリオ先生」

 「良かったね? ノア」

 「ありがとうタンゴ」



 そこへ箒に乗った服部理事長がやって来た。


 「白石ノアさん、魔女とは何かを知ったようですね?」

 「はい、服部先生。

 私、これからもっと勉強して、ママのような本当の魔女になります!」

 「どうですノアさん、ウチの学校で働いてみる気はありませんか?」

 「えっ、東京調理魔法専門学校でですか!」

 「そうです、魔法科の講師見習として」

 「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 「ではこれは学校の社用箒です、お使い下さい」


 服部理事長はノアに魔法の箒を渡した。


 「良かったなノア。それからこれはワシからのプレゼントじゃ」


 デカプリオ和尚はあの1,000回の素振りをさせた魔法の杖と魔法辞典をノアに渡した。


 「これは樹齢1,200年の屋久杉で作った魔法の杖じゃ、そしてこの魔法辞典にはなんでも書かれておる。

 いい魔女になれよ、ノア」

 「はい! ありがとうございます、デカプリオ先生!」


 ノアは箒に跨り泣いた。

 するとコアラのタンゴも箒につかまっていた。


 「ノア、ボクも一緒について行くよ。ボクがいないと寂しいでしょう? てへっ」

 「もうしょうがないわねー」


 ノアはタンゴを乗せて、夜空に飛び立って行った。


 「さようならー、デカプリオ先生ー!」


 デカプリオはノアとタンゴに手を振った。



 「あの子はいい魔女になりますな、デカプリオ先生」

 「そうですね? ソフィアのような美しい魔女になるでしょうな? もちろん心の綺麗な魔女に」


 ノアとタンゴはいつまでも手を振っていた。

 月のキレイな夜だった。


            

             『私、東京調理魔法専門学校を退学になりました』おしまい

 





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【完結】私、東京調理魔法専門学校を退学になりました(作品240523) 菊池昭仁 @landfall0810

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