エピローグ

「居なかった、っつうことはさ。そうであるべきとしたんだろう。俺の友は」

 近くで誰かが喋っている。

「そこに居ないということ。それが、彼奴の決めたことだったんだと。だから俺も、山場を逃してみたんだ…今なら分かる、彼奴の想いが。なんとなくだけどな」

「……師匠はそういうひとだ」

「全くなぁ!」

 笑い声がこだまして、なんとなく空気が柔くなる。

「にしても驚いた。そちらのお嬢さん方はみぃんな、本物のお嬢様なんだってな?」

「ええ、我が王の妃となるため、研鑽を積んでまいりましたの」

「ですがもう良いのです。わたくし達、もっと性分に合っている職を見つけましたので」

「ははぁ、違いない。陽光の民の好きなもの。どんちゃん騒ぎと、英雄譚」

「仰る通りですわ」

「その自警団ってのは、名前はあんの?」

「今はまだ」

「じゃあさぁ、鷲をやるよ、鷲。隼の王お墨付きの名だ」

「なに、君、名を付けるのにでもはまったの?」

「口出し無用。なぁ、どうよ?」

「ええと、そうですわね……鷲の団ですと…今少し、こう、足りないような」

「ネブラトゥム何か良い案ねぇ?」

「なぜこちらに聞く」

「キミんとこのお嬢さん方だろ」

「……獅子奮迅の活躍と聞いた。ならば、獅子でも付けておけ」

「身に余る光栄です。ありがたく頂戴致しますわ、我が王」

「では鷲獅子団、といったところでしょうか」

「もうちょっと可憐にできないかしら」

「あ。なら。鷲獅子の翼団、でどうだ」

「セプデト様? それのどこが可憐なの?」

「ああ、成る程。いいねそれ。僕もそれに一票」

「剣の王まで」

「何か由縁がおありで?」

「鷲獅子座の、翼に相当する星を。乙女の星と呼ぶ」

「華やかな朝焼け色の星だよ。君たちにぴったりだと思うな」

「まあ…そういうことでしたか。不勉強故の無礼、お許しください」

「気に入りましたわ、わたくし。乙女の星団!」

「鷲獅子の翼団。絢爛で屈強な、まさに私たちの目指す先ですわね」

「素敵だわ」

 くすくすと、耳心地の良い吐息が耳をくすぐった。

 獣が鳴く。

「あ、猫」

「戻ってきたのか。おまえも、無事で何より」

「まあ可愛らしい」

「ふふ」

「ネセトのお友達?」

「…………うん」

「確か、マウっつうんだったっけ?」

「マウ? へえ、ネセトの母親の名だ」

 水を打ったように静まり返った。

 最も聞き慣れた声が沈黙を破る。

「“呪いの姫の剣は折れて その名の通りの呪いを受けた”」

「……え…ちょっと待って、そういうこと? 確かに日没の一族の出だったけど。だとしたら君、どうして今まで気づかなかったの!」

「キミの嫁の名前なんていちいち覚えてるわけないだろ、ガキだって怪しいのに!」

「だとしても少しくらい怪しむでしょ! 聞き覚えくらいあるはずだもん!!」

「年寄りにんなもん求めんなよなぁ! そもそも、あの猫はセ・アクの……」

 そう言ったところで、呼吸の流れがこちらに向いた。向いたのを、肌で感じた。

 重たい瞼を上げて、目だけで見渡す。

「は、」

 そしてオレは、口角を引き攣らせた。

「マジかよ」

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メルセゲルは瞬いて 山城渉 @yamagiwa_taru

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