星黄泉
「こンなモンかよ、オウジサマ!」
「くうっ!」
苦し紛れに放った呪いが再び避けられる。
「詠唱もせずにこの威力……滅茶苦茶しおって!!」
壁や天井の至る所に穴が空いていた。
先ほどからル・タはセ・アクに向かって、様々な攻撃を仕掛けていた。そのどれも、魔法の難易度や魔力が、メルセゲルの体の元々持っている生命力を遥かに上回っている。
セ・アクの評通り、魔力の回路も破壊力も滅茶苦茶だった。暴走といっても過言ではないほどに、ル・タは星の力を濫用しているのだ。
ただし至って本人は沈着であった。
でたらめに軌道を散らしているように見えて、弾き返されない限りはネセトやネブラトゥムには当たらない範囲に攻撃を留めている。
そして喩え彼らに流れ弾が向こうとも、瞬時に対消滅させることで応じていた。
魔力量の尽きないル・タの猛攻に、徐々に徐々に距離は縮まっていき。
「つかまえた」
セ・アクはついに壁際に追い詰められた。
「もーやめとけよ。それ以上は死ぬぜ」
間合いを詰め、ル・タが消耗した彼の様子に忠告する。
逃げ場を失ったセ彼が答えとばかりに抵抗するも、ル・タはそれをも軽くいなした。
セ・アクが荒い呼吸を繰り返す。
「何を、しようと、いうのだ…一体!」
「さっきも言ったろ」
彼はセ・アクを鼻で笑った。
「仕切り直すンだよ。“太陽が三つあった日”を」
ル・タを宿したメルセゲルの顔がネセトを一瞥した。ネセトもまた、真っ直ぐにル・タを見据えている。
二人の視線が合わさった刹那、ル・タは手をセ・アクの胸に押し当てた。その手には、星の欠片が握られていた。
「──汝、星散のうちにその軌跡を」
ル・タとネセトが声を揃えた。
途端にセ・アクが呻きをあげた。
「ぐっう…
セ・アクの体がずるずると壁を滑り、ゆっくりと床に近づいていく。
「馬鹿な、こんな石ころごときに、そんな…力が?」
「ちげー」
不敵に笑ったル・タが身を屈めた。
「……じゃーな、星詠み。ムカつくオレ様の半身」
「何を、言って……!!」
「──星極の盤へその輝きを」
ネセトの言葉に呼応するかのように星の欠片が煌めきを放つ。
儀式の間は眩い光で溢れた。
視界が白で塗りつぶされ、目を開けていられないほどだった。
「……」
光が収まった頃、ネセトは瞑っていた瞼を上げる。
セ・アクの体が倒れていた。重なるようにして、メルセゲルも。
「…………ぅ」
のたりと頭を上げた彼女は、譫言を口ずさむ。
「ああ、クソ、天井だ」
それからハッとしたように周囲を見渡す。彼女の夜色の瞳が、ネセトを捉えた。
「ネセト」
大急ぎで立ち上がり、手にした星の欠片を掲げる。
「……ル・タ?」
「“識る者”」
ネセトがメルセゲルの口にした疑問を遮って、彼女の握っていた星の欠片を優しく取りあげた。それから踵を返し、ネブラトゥムの方に歩んでいく。
彼の命が尽きていることは、誰の目にも明らかであった。
「“死せる瞬きよ”」
ネセトは膝を血溜まりについて、星の欠片を。
うずめた。ネブラトゥムの、喉元に。
白い唇が云った。
「“運命の奴隷は星を見る”」
すると。
天井の穴から光が差した。暖かな光、太陽の筋が。
それは一直線に星の欠片に注がれて。
「……!」
メルセゲルは息を呑んだ。
信じがたい光景を目の当たりにした。
星の欠片に吸収された光が、瞬く間にネブラトゥムの体を包んでいく。
見惚れるほど美しい金色の光が、メルセゲルの瞳に反射した。
おぼつかない足取りで、ネブラトゥムに近づく。
黒鉄のような見た目だった星の欠片は今や、あかあかと陽光の色を輝かせて透き通り、その姿はまるで琥珀であった。
「っ……」
ネブラトゥムの睫毛が揺れる。
そして即座に眉間が顰められた。
「ネブラトゥム!」
駆け寄ったメルセゲルの呼びかけで、彼の目がかすかに開かれる。
メルセゲルの姿を確認すると、ネブラトゥムは目を瞬かせた。
「……一体」
血溜まりに浸かっていた身体を起こし、彼が喉元に手をやる。
「これは……」
傷は塞がっていた。
ネセトがメルセゲルの傍に立つ。床に放られていた
「はい」
「あ、ああ……」
小刻みに頷くしかできないメルセゲルへ、ネセトはわずかな微笑みを返した。
彼女が羅針盤を見る。
その針はネセトとネブラトゥムを行き来した。
「何が、あった」
ネブラトゥムが尋ねる。
羅針盤をじっと見つめたメルセゲルは、ネセトを見上げた。
「儀式は成功してたんだ」
「何?」
「ネセトを……ネセトに、宿ったのは」
「そう」
ネセトが頷く。
「虚の太陽」
まともに受け答えをするネセトに、ネブラトゥムは唖然とした。
朧げだったネセトの焦点は、どこを注視しているのか判断できるほどには意思を感じられた。
羅針盤の蓋がメルセゲルの細い指に閉じられる。
「あの日、空で起こっていたこと」
メルセゲルの表情は確信に満ちていた。
「日蝕だ」
「裏返しの太陽か!」
何処かから溌剌と聞こえてくる声と共に、儀式の間の空気が渦巻く。
竜巻の起こった中心部から、隼の王は現れた。
「確かにあの日は外が暗かった気がする」
得心いったというふうに手を打ったのは剣の王だ。
「朝からずうっと」
それだけではない。
なんと彼らの後ろから身を乗り出したのは。
「ご無事でいて、セプデト様!?」
「ああっ、我が王! お元気そうで何よりですわ!」
「いやーっ! なんですこの血溜まりは!?」
「やだ、ちょっと押さないでくださる!!」
「王の御前ではしたない真似はおやめなさい!」
「……おまえたち」
思わず立ち上がったメルセゲルに、彼女たちは麗しくお辞儀をしてみせる。
一息に儀式の間へ登場した大所帯に、ネブラトゥムも驚きを禁じ得ない様子だった。
「なんの騒ぎだ」
「お嬢さん方ととんだお茶会をしてな」
隼の王が肩口の砂埃を払う。
「てっきりテラルの差し金かと思って、そっちに飛んだんだが」
「もちろん僕はなんにもしてないよ?」
「ってぇので、お嬢さん方ときっちりお話し合いさせてもらったんだ。そしたら彼女たちがキミらばっかり心配するもんだから」
「……簡潔に述べろ」
「なりゆき、でしてよ」
頼もしい笑みを浮かべる彼女たちに、ネブラトゥムはただただ当惑した。
石櫃から離れ、ひとり蚊帳の外だったネセトが、ふらりと剣の王に近寄った。
「おやネセト。怪我してない? 痛いところは?」
何も返ってこないことに慣れきった質問だった。
しかしネセトは聞き取った言葉を飲み下すように逡巡し、
「…………うん、へいき」
そう言って瞼で頷いた。
白い睫毛がぱちりと震える。
「へ」
剣の王から間抜けな息が漏れた。
「え、え……?」
「ええっ!?」
そしてそれは剣の王だけでなく、隼の王までも。
「オイオイ、どうなってやがる」
「なんだ、誰も把握しきれていないではないか」
彼らを脇目に、ネブラトゥムがよろよろと立ち上がる。そうして痺れた足をふらつかせるメルセゲルの支えに回った。
ネブラトゥムに寄りかかった彼女は隼の王を見た。
「“太陽が三つあった日”を。もう一度、起こしたことで。それから、星送りを遂げたので」
「ははぁ、読めたぞ。確かにネセトの生命力、今まで視えてたもんと違ってる。完全に失われちゃあないが、ネセトの中にあった星の力が薄まって…っつうわけか」
「おそらく」
「へぇえ、とんでもねぇな」
少年が目を輝かせるみたいにして隼の王は後ずさる。
剣の王に視線が向いた。
光を乱反射させるネセトの瞳孔だった。剣の王の腕がネセトを抱き締める。
ネブラトゥムが鼻を鳴らした。
「父親失格の戦闘狂と思っていたが」
「よかったよぉ、ネセト。星の力はずっと、君の中にあったんだね!」
「……前言撤回だ」
彼はやはり不機嫌そうに呆れてみせた。
星の欠片は陽光の色を灯して、ネブラトゥムの喉元で揺らめいた。
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