下
たくさんある中でもとりわけ健康そうで柔軟そうな一匹を二人で選び、復活させる前に『服』を着せ、こちらからは見えるが私たちの姿は見せずに音のやり取りだけができる部屋に閉じ込め、温度や湿度などをこの星仕様に設定して、人間の生命維持に必要なものを部屋に入れておく。人間は繊細な生物らしいので、できるだけストレスを与えないようにするためにはどこまでの情報が必要でどんな情報が不要なのか話し合い、ようやく復活させる段取りに入る。
崩れるなよと祈る気持ちで復活させた人間は私たちの計画通り他の三匹よりは随分とマシな状態だった。
マシ、というのはつまり、形を維持しているし半狂乱にもなっていない、ということだ。でも、ただそれだけだった。
期待外れ、と話術者は言う。私もそう思う。
人間の言葉は大雑把で良く言えば独特な味がある、はっきり言って幼稚だった。文化に至ってもそれは同じ。というか、どうやら人間の大半はあまり知識がなく、『スマホ』や『PC』とやらに頼り切りだったらしい。何を聞いても『検索すればわかる』ばかりでうんざりだ。
話術者は早々に会話を打ち切った。私は惰性で人間との会話を継続することにした。他にすることも無いし、この人間が崩れるまでのあと数日間くらい観察を続けてみるか、と。
話術者のように完璧とはいかなかったけれど、大雑把になら何を言っているのかわかったしこちらの言いたいことを伝えることもできた。
人間は私たちの「あなたは長期間眠っていたので、慣らし期間としてしばらくその部屋で過ごしてもらうことになった。他の人間もそれぞれ別室にいるため、この期間あなたは一人で過ごすこととなる。こちらからの質問には正直に答えてほしいが、そちらからも要望などがあれば教えてほしい」という説明に納得した様子だ。
今がいつなのかと人間に問われ、私はシステムに確認してその通りに答えた。人間は小さく息をのむと「これじゃ自分の方がシーラカンスだな」と力なく言う。単語は拾えたが意味が分からなかった。それを素直に伝えると「生きた化石ってくらい時間が経ってるってこと。自分が生まれたのは××××年だから」と返答があった。
なるほど、よくわからないが人間の考え方は面白い。私はその人間にシーラカンスと名前を付けることにした。
シーラカンスによれば、今は『梅雨』と呼ばれる『季節』らしい。『気候』が不安定で『雨』が降りやすくなり、『気圧』の関係で『台風』が起こることもあるそうだ。
知らない単語が羅列される。あまり興味のある分野の話ではないけれど、持てる知識を総動員してなんとなく意味を把握した。
どうやら今の期間は人間にとって特別な時期らしい。
そういえば昔読んだこの星に関する文献に、特別な時期特有の植物があると書いてあったような気がする。探せばこの保管施設のどこかにもその植物があるだろう。
料理人が植物をいくつか復活させていたので、一人で探すよりも料理人にも手伝ってもらった方が確実かもしれない。
料理人がよくいる部屋に赴くと、料理人は泡を吹き青紫色になって死んでいた。料理人の周囲には液体と白い粉が散らばっている。毒だったのだろうか。かわいそうに、でも仕方ない。毒だと気づかなかった料理人が愚かだったのだ。
私は苦労して保管庫から『紫陽花』という名の植物を見つけ出し復元する。
美しいエメラルド色の植物で、存外気に入ってしまった。こんもりと色づく余分な部分は切り取ってシーラカンスに与えてみた。
ゴミを与えられたにも関わらず、シーラカンスは顔をほころばせ、「紫陽花の花、こうして見ると綺麗だったんだな」と言う。
やっぱり人間は面白いと思ったし、シーラカンスがちょっと可愛らしく見えてきた。
私がぼんやりと人間観察を続けていると、手持ち無沙汰の様子で話術者がやって来る。
まだ飼ってるの? と問われて、あと少しだから最後まで飼うつもりだよと答えるが、話術者は呆れ半分感心半分といった面持ちだ。
私はつらつらと人間が紫陽花の不要部分で喜びをみせたことや、植物繋がりで幼年に『猫じゃらし』という植物で猛獣を手なずけた話をしてもらったことを話術者に教える。すると話術者の目の色が変わった。
「猛獣を手なずけたのか、この人間が?」
「らしいよ。『猫』とかいう猛獣を手なずけたって、少なくとも私はそう聞いた」
そうか、猛獣を、へえ、人間がねえ。口元を緩ませ、話術者はぶつぶつと言いながら私に背を向ける。なにかするつもりなのだろう。やりたいことが見つかったようでなによりだ。
私はふと思い出し、話術者の背に声を投げる。
「ところで、料理人が死んでいたよ」
「ああ、あいつ死んだのか」
話術者は気のない返事をし、行ってしまった。
これが話術者との最後の会話になった。
ボスが顔を真っ赤にして怒っている。
檻に話術者が入り込み、猛獣に食い殺されていた。そこまでは別によかったのだが、話術者を食べた猛獣が苦しみだして死んでしまったのだ。ボスのお気に入りを死なせた上、死なせた本人まで死んでしまったことで、ボスは怒りのやり場に困っている様子だった。
おそらく、この拠点は近いうちに放棄されるだろう。
ボスが怒ったからというのもそうだが、他の星に比べれば危険なんて皆無に近いのに、すでに二人も死んでいる。
やはり滅んだ星になど近づかないのがいいのだろう。
私は時間を気にしながらシーラカンスに会いに行く。
見られていることも知らず、シーラカンスはゆったりと幼稚な歌を口ずさんでいた。尋ねると、照れたように『かえるのうた』という名の歌なんだと教えてくれる。
『蛙』は『梅雨』によく鳴く生き物らしい。
「梅雨が明けたら、夏が来るよ」
嬉しそうに言うシーラカンスに、私は「あと五分」と教えてあげた。
シーラカンスは不思議そうな顔をして首を傾げ、すぐ思い直したように先ほどの歌を繰り返す。
『梅雨』は明け『雨』はもうすぐ止むだろう。
『紫陽花』のエメラルドはとうに色褪せ枯れた。
そして、あと5分でシーラカンスも崩れる。
よく保った方だと思う。
飽きっぽい私たちがひとところにこんなに長く滞在したことも、今まで形を維持し続けたシーラカンスも。
それでも、あっという間だった。
まるでたった5分間の出来事のように、あっという間の時間だった。
もうすぐこの星の言うところの『朝』が来る。
あと5分。
その5分間、何も知らないシーラカンスは来たる夜明けを謡う。
シーラカンスは夜明けを謡う 洞貝 渉 @horagai
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