作る人・使う人


 小太朗の手を引っ張りながら3階建ての博物館の中に入っていく。

 1階はミュージアムショップとなっていて、瀬戸の各窯で作られた陶磁器が煌びやかに並んでいるのが見える。もちろん西川製陶所の商品も並んでいるし、お母さんの作品も「瀬戸の陶芸作家作品」と銘打たれたコーナーに並んでいた。


「あれ、西川のお嬢じゃないか」


 野太い声が静かな館内に少しだけ響く、付近の人が何事かと声を掛けられた私達を見てくるので恥ずかしい。


「こんにちは、小山の叔父さん、大声出さないでよ」


「すまん、すまん…。なんだぁ、男連れか」


 私たちのところにやってきたのは親戚で陶芸作家でもある小山の叔父さんだ。

 スキンヘッドがトレードマークで陶磁器と同じくらいに光り輝いている、それを叩き謝りかけてさらにとんでもないことを言う。

 この叔父さん、思ったことをズバズバいう癖があるから、私は正直、苦手だった。


「ん?坊主、どっかで見た顔だな?」


 そう言って小太朗をじっと見ながら叔父さんは悩みだした。この悩み癖も問題だ。しばらく動かなくなってしまう。


「モロを見に来たの、博物館入るね!」


「ん?ああ、ああ…」


 どうにも要領を得ない返事だったけれど悩んでいるのだから仕方ない。

 円形に回る階段を小太朗の手を引っ張りながら上がっていく、小太朗の足取りは重たそうで、何かためらている雰囲気があった。

 階段を上がって博物館入り口前のカウンターで一休みする。夏休み期間は入場料を取らないことになっているので、一もは係員さんがいるカウンターにはパンフレットが置かれていて、可愛らしい猫の置物が寝そべって重しとなっている。


「小太朗、この猫どう思う?」


 私は唐突に重しとなっている猫の置物を指さしてみる。


「へ?」


 悩んでいた顔が猫を見た途端にキラキラと輝いた目と引き締まった顔つきになっていく。

 それは黒色をした立ち姿の猫だ、ゴールドで塗られたシルクハットとネクタイをして、おなじように輝くまんまるの目が可愛らしいと私は思っているんだけど…。

 

「気高いね、塗り方もすごく丁寧で、考えられて塗られてるね」


「へへ、それ手に取って作者名を見てみてよ」


 ハンカチをポケットから取り出して両手を拭いた小太朗はその猫を優しく包むように掴んだ。

 再びお爺ちゃんと被って見えた、作品を触るときに幼かった私が遊び半分で作った作品であっても、お母さんが作った作品であっても、誰が作った作品であっても、必ず手を拭ってから両手で触れていた。


「小太朗、また、お爺ちゃんと同じ仕草だね」


「そうかな?、その人が心を込めて作ったものだからね、手を拭いて綺麗にしてから両手で大切にして見せて頂くんだよ」


 猫を裏返そうとした小太朗が不思議そうな顔をして私を見て、そして、お爺ちゃんが私に諭してくれたように、同じ口調、同じ言い方をする。

 

「あ、これ、夏姫の作品なんだね」


「うん、ここでお母さんが絵付け体験のイベントを開いた時にね、知り合いの作家さんが人形の絵付け体験をしててさ、させてもらったんだ」


「今もしてるの?」


「ううん、してない。だって、お母さんは人形を作らないし…。それに私も自信ないし」


「それは違う」


 少し怒りに震えた小太朗の声に驚く。


「え?」


「作らないからできないじゃないよね。作らないなら作ればいい、それに最初から自信なんてあったら怖いよ。夏姫の筆遣いはピントが合ってるから、少し練習したら様になると思う」


「ピント?」


「うん、しっかりと筆が流れるべき線や場所を見抜いてるよ。だって、ほら、証拠が僕の手の平の上にあるんだからね」


 そう言われてしまうと恥ずかしい。両手で差し出してきた猫の置物がライトできらりと光り、その顔が自信に満ちているように見えてしまう。


「でも、ウチでは作らないし」


「じゃぁ、作れば?」


 さらっと小太朗がそんなことを言う。まるで当たり前のことを言うようにだ。


「そんな簡単に…」


「だって、土にできないものは無いんだよ」


「できないもの…はないか…」


 粘土は練って形を作り上げていけばその通りになってくれる。

 焼かれて熱が入ると変わってしまうこともあるけれど、でも、そこまで考えて作るのが嬉しいってお母さんが言ってたっけ。


「うん、夏姫は西川製陶所が嫌い?」


「嫌いなわけないよ!」


「じゃぁ、西川製陶所の人として、なにかつくってみたらいいんじゃないかな?お母さんは陶芸作家さん、だったら夏姫にだってできるよ」


「でも…お母さんみたいにうまくないし」


「最初から上手な人なんていないよ。それにそれじゃ面白くない」


「面白い?」


「うん、だって最初からうまくできるなら、それってつまらないじゃん」


「そんなことないよ、だって、うまくできたら素敵な作品になるんだよ?それが一番じゃない」


「それは一番じゃない、絶対に一番じゃない。酷いこと言うけど、それは偽物だよ」


「偽物って!」


 上手にできることが一番必要な腕前と思うのに、小太朗はそれを偽物と吐き捨てるように言う。


「偽物だよ、最初からうまくできる人なんて、絶対に偽物。下手でも諦めずに作り出す人と、最初から上手な人、最後にどっちが素敵な作品を作り出せるか分かる?」


 小太朗が私の猫を撫でながら私の目をジッと見つめて、真剣な声で聞いてくる。


「それは、最初からうまい人の方が素敵な作品を作り出せるよ」


 そんなこと考えたって分かることだ、上手な人が更に立派なモノを作っていくんだから。


「ハズレ、それは間違いだよ。下手でも諦めずに作り出す人が、最後にいい作品を作れるんだ」


 自信満々に小太朗が断言する。まるで見てきたかのようだった。


「だって下手なら…」


「下手だからってなんなの?上手になろうって何回も作って行くとさ、作ってる途中でね、あ、こうしたらいいって気がつくんだよ。それが積み重なっていくと、上手になっていくんだよ」


「でも、上手な人は最初からそこまで」


「そうはいかないんだよ。だってさ、失敗したことないから」


「失敗したことない?」


「うん、最初から失敗した人はね、失敗を重ねていくと、どこが失敗に繋がったか見つけることが早いんだよ。それができるようになるとね、上手な人なんてあっという間に追い越して次へ行けるんだ」


「そうかな」


「うん、積み重ねと閃きが最高の作品を作るんだよ。見せかけの美しさはいらない。そこに芯があればいいんだよ」


 猫を持ったまま私をしっかりと見つめてきた小太朗はそう言って頷いた。まるで見てきたかのように言う小太朗の話に私もそうなのかもしれないと思い始めていると、私の後ろから太い声が聞こえてくる。


「おう、威勢がいいな、小僧。いや、小松原小太朗君」

 

 拍手をしながら歩いてきたのは小山の叔父さんだった。

 

「あれ……、なんで叔父さん小太朗のこと知ってるの!?」


「ふふふ、それはだな」


 叔父さんが手に持っていたものを小太朗へと差し出してきた。

 磁器でできた真っ白な箸入れのようなケースだ。その上にシンプルに名前が書かれていた。


『小松原小太朗君へ捧ぐ』


 それを見た途端、小太朗の目の色が変わった。


「雷三さんの…字だ」


「おう、そうさ、雷三先生の字だ。しかも、それお前の名前なんだろ」


 手を伸ばして受け取ろうとする小太朗に、ちょっともったいぶりながら渡した叔父さんの目に少しだけ涙があることに気がつく。めったに泣いたことのない叔父さんの顔が、嬉しそうに、それでいて悲しそうに、歪んでいた。


「猫はもらうぞ、これは博物館のだからな。それと確かに渡したからな」


「はい。ありがとうございます」


 怯えもしないで受け取った小太朗は、それを宝物が戻ってきたような嬉しそうな顔で見つめた。


「焼いてくれたんだ……。そんなもん用意しないって言ってたのに」


 ぽろぽろと小太朗の目から涙がこぼれ始めて、床の上に1つ、また、1つと落ちていく。


「何が入ってるの?」


「これはね……」


 箸入れのように上蓋を下へと引いていく、 やがて現れたのは使い込まれた一本の筆だった。

 そして小さく折り畳まれている和紙の手紙が一枚、そこに「西川雷三より」と書かれていた。

 

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刻の陶磁器と少年少女の夏休み 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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