第528話 カーミラ=ノスフェラトゥ
サンドラ人、レベリオ人、パンテオン人、ヴェリト人、シュリット人、国無き蛮族たち、そして天空人。黄金要塞を巡る争いはここで一つの終結を迎えた。黄金要塞の内部でも激しく無情な戦いは起こっていたが、実は地上でも小競り合いは頻発していた。
空に浮かぶ黄金の城は遠くからでも目立つし、噂にもなる。
少数民族たちですら黄金の城を目指し、この地へと集まって覇を競い合う。黄金要塞を占拠していたラヴァ族の一部も、それを迎撃するため地上で戦っているような状況であった。
「おいおいおいおいおいいいい! 俺たちの城が上がっていってるじゃねぇか!」
「クソ共が攻めて来てるってのによォ! どうすんだよ!」
「知るか!」
ラヴァの命令で戦う彼らは、賊の中でも地位が低い者たちだ。実力も足りず、煌びやかな要塞内部に入れてもらえない者たちだ。だがここで攻め寄せる敵を打ち倒せばラヴァに認められるはずだったのだ。場合によってはラヴァ自身の骨で作った武器を下賜されるかもしれない。
だからこんなことは予想もしていなかった。
「俺たちを捨てたのか!?」
「ふざけるなよ。だったらここで戦い続ける義理はねぇ。俺はここから離れる。もっと襲いやすくて容易い集落なんぞ幾らでもあるんだからよ!」
「そうだ!」
「ああ。ここで死んでたまるかよ!」
「だったら俺の下に集え! 俺たちは俺たちだけで生きるんだ! 酒を飲み、肉を喰らい、略奪する! それが俺たちラヴァ族だろ!」
この場にいる者たちの中で、最も力強い男が名乗りを上げる。多種多様な蛮族が押し寄せるこの土地で戦い続けていれば、武勇を示す者も現れる。地上で戦うラヴァ族の中で最も強く、長く生き残り、他からも信頼されている人物であった。
黄金要塞が浮遊していく中、ラヴァ族は一塊になってこの場所を離れていく。
蛮族ラヴァの血を受け継ぐ彼らは、弱いながらも骸殻の魔装を宿している。これこそが骸殻の真価であった。骸殻は子孫へと受け継がれていく特殊な系統の魔装だ。源流たるラヴァ本人が覚醒魔装士ということもあって純粋な武力としての側面が強く浮き出ていたが、劣化増殖する魔装という本質を内包していた。
「さぁ来い! 俺たちこそがラヴァ族だ!」
ラヴァの子供たちにして、骸殻の魔装を受け継いだ四十人弱の男たち。
彼らは棟梁こそ失ったが残虐性と力はしっかりと残していた。故にラヴァ族は周辺国家を脅かす凶悪な賊として恐れられるようになっていく。
父祖たるラヴァのように。
全てを奪い、全てを喰らう。
それが彼ら新世代のラヴァ族となった。
◆◆◆
慌しさは時の流れを早くする。
天空人たちは速やかにアラフ王の言葉を実行し、予言のままに動いた。黄金要塞に取り残されている人々を残らず助け出し、脱出艇へと乗せたのだ。その間、必然と化した奇跡によってラヴァ族の残党と遭遇することはなかった。
自動で空へと消えていく黄金要塞を皆は脱出艇の中で見守り、進路を西へと向ける。
やがて自分たちの故郷が雲の中へと消え去り、封印されていく様子までしっかりと確認した後に着陸することとなった。
「この辺りは見覚えがあります。我が国シュリット神聖王国とヴェリト王国の国境付近です。空から見えた街道沿いに関所があるはずです」
そう語ったのは聖石寮の九聖が一人、ランダー・バルトリオであった。彼は第八席に着く人物で、オスカーほどではないが最高戦力と数えられる実力者である。黄金要塞内ではオスカーと離れて行動していたが、その行く先で術師から犠牲者を出すことなくラヴァ族を制圧していた。
黄金要塞から脱出する際も彼らの働きでラヴァ族が減っていたからこそ順調に進んだと言って良い。影に隠れていたが、ランダーと彼に従う術師たちも素晴らしい功労者たちであった。
「では私たちをシュリット神聖王国へ連れて行ってください」
シュリット語の話せないアラフは、イミテリア家の者に通訳を任せることでランダーと交渉した。それはオスカーの持っていた
ランダーからしてみればオスカーの死は驚愕すべき事実であったが、それをよく考えている暇はなかった。
またランダーとしても、結局は黄金要塞を手に入れることができなかったので、せめて高度な技術を有する天空人を連れ帰ったという功績が欲しかったのだ。
「冥王アークライト様、ここまで見守り、見定めてくださったことに感謝を申し上げます」
「礼は必要ない。セシリア・ラ・ピテルの時代から見事なまでに踊らされてきたわけだが、ここまでされるといっそ清々しいな。それにこちらにとって必要なものも手に入るなら、貸し借りは対等だ」
「ありがとうございます。私たちの魂に残る呪いが役立つのであれば、これほど喜ばしいことはありませんので」
「心にもない言葉はいらん。先に聞いておくが、これからの未来はどうなる予定だ」
「それを言うわけにはいきません。言わない方が都合が良いからです。力ある者が未来を知れば、必ずそれを変えようとして歪みを生じさせます」
「……まぁいい」
その気になれば殺して記憶を抽出し、アラフの知る未来を読み解くこともできる。しかしそこまでする必要もないだろうというのがシュウの考えだった。仮にシュウにとって不利な状況を許容することになるとしても、それを乗り越えるのが人生というものである。
未来を知り過ぎるが故に苦痛を強いられるということはアラフを見ていればよく分かることだ。
場合によっては苦痛の未来すらも受け入れる覚悟が必要だろう。
そんな縛られた生き方に興味はなかった。
「形式的な挨拶はこのくらいでいいだろう。俺は帰るが、お前にやった加護はそのままだ。宿った魔術も扱えるし、加護は子孫にも継承できる」
「感謝いたします。これがあればシュリット神聖王国でも充分な地位を築くことができるでしょう。未来への布石にもなります」
当然だが善意のみで加護を与えたわけではない。
シュウは試しているのだ。強力な死魔法の加護を与え、人間がどのように行動するのか。またどこまで使いこなせるのかも観察しようとしている。それによってアラフとこれから生まれる子孫たちは力を得られるため、あくまでもウィンウィンな取引という訳である。
「歓談もこのくらいにしておきましょう。シュリット神聖王国の方が冥王様の正体に気付けば、ややこしいことになりますので」
「そうか」
「カーミラ様もお元気で」
シュウの後ろで話を聞き続けるのみだったカーミラ=ノスフェラトゥも、頷いて返事をする。彼女はあの後、どうかカーミラと呼んで欲しいと語った。
結局、カーミラは記憶を取り戻せていない。その鍵となる記憶の石は、自身が覚醒魔装を得るために使ってしまったからだ。純粋魔力として消費されたので、石として取り出すこともできない。しかしそれで良いと思っていた。
「ありがとうございましたアラフ様。私はこの名前を大切にしたいと思います」
「こちらこそ最大の感謝を。カーミラ様の行く先に幸あれと祈ります」
互いに挨拶を済ませると、シュウはここから背を向けた。カーミラもそれに付き従い、道のない草原を歩き始めた。天空人たちがこれからどうなっていくのか、少しばかり気になるところはある。だがカーミラ自身にも生きる目的ができたのだ。
これまでのように、言われるがまま何かをするわけにはいかなかった。
「そういえば聞きそびれていたな。お前の生きる意味とやらを」
「あの時は邪魔が入りましたから」
「アトラク・ナクアのせいで忙しくなったからな。改めて聞いてみたい」
魔装の覚醒に伴い、赫魔細胞の制御が可能となったカーミラはある程度の感情を取り戻している。何かを言われなければ何もできなかった以前と異なり、自分自身で考えられるようになっていた。
魔族との戦い、半魔族たちの望み、民族間の争い。主義主張の異なる者たちが、各々の正義を信じて戦う姿を見てきた。その上で、カーミラは自分の信念を見つけることができた。
「私も国を作りたいと思いました。全ての人が幸せを受け取れるような、そんな国を」
「随分と壮大だな」
「とても難しいことだと分かっているつもりです。ですが限界を定め、妥協を重ねればいつまでも世界は良くなりません。きっと私のような子供もなくなりません」
「確かにそうだ」
なまじ賢い者は、自分の持つ力と手の届く範囲をよく理解している。だからできる範囲で物事を進めるし、できないことは切り捨てる。しかしそれは自分で自分を縛っているようなものだ。
あんなことをしたい。
こんな風になりたい。
子供の夢は、大人になることで覚めていくものだ。国を作りたいという彼女が目指す先は、少し楽しみでもあった。
「
「私はあの国から必要とされていないようですから……というのは逃げですね。
「そうか。お前には『死神』としての立場もある。『黒猫』に協力してもらえばいいだろう。奴は探索ギルドも立ち上げたから上層部にも顔が効く」
「分かりました。紅の兵団の皆様を介するつもりでしたが、その方法もありますね」
「まぁ……じっくり考えればいい。殺されなければいつまでも生きていられるからな」
その後はカーミラのために様々な国について話をした。
セフィラが面倒を見ているプラハ帝国に始まり、アラフたち天空人が亡命するシュリット神聖王国、またそこから遡って西グリニア、その繋がりで終焉戦争以前の国家のことまで多くを語った。
思想が異なれば争いを生むし、思想を統制すれば反発を生む。
多くの人が寄り集まるからこそ、国という社会形態は難しい。
「サンドラはこれから戦争を繰り返し、大きくなる。一つの支配者によって安定した国に変化する。お前の思う誰もが幸せな国とは程遠いかもしれない」
「でも、やります」
「国の権力者からは望まれないかもしれないぞ」
「仮に多くの人が望まなくとも、僅かな求める人がいるならば」
「そうか」
「ウェルスを復活させるためにも、しばらくは魔族や魔物を狩ろうと思っています。そうすれば人の営みはもっと良くなるかもしれません」
「まぁ、色々試してみることだな」
カーミラの思うことは、とても難しいことだ。
誰かにとっての正義は、誰かにとって悪となり得る。利益を得る者の裏には、必ず損をする者がいる。光あたるところには必ず影が生じる。
偶然拾った少女がどのような答えを出すのか、見ものであった。
◆◆◆
後にサンドラ帝国で天鳴戦争と呼ばれるこの戦いは一つの結末を迎えた。
空より降りてきた黄金の城により、多くの民族が戦火の中に身を投じた。ある民族は覇権を得るため、ある民族は身を守るため、ある民族はただの興味で、ある民族は同盟者のために。様々な理由によってぶつかり、散っていく。
暗黒暦一六〇〇年、黄金要塞が天へ昇り、雲の中に封印されても争いは終わらなかった。
黄金要塞そのものを巡ってレベリオ人、ラヴァ族、ヴェリト人、シュリット人、天空人の争いが発生したが、その周辺でも多数の民族が紛争を繰り広げていた。その中心にあったのは都市国家サンドラであり、黄金要塞が消えてからもサンドラを中心とした戦争は続く。
「さぁ、偉大なる御方。既に民衆はあなたの姿を心待ちにしております」
「ああ」
あれから八年。
サンドラの宮殿広場には全ての民衆が集められ、彼らは支配者の名を呼び称えながら待っていた。ヘルダルフは炎の意匠が施された亜麻布のマントを羽織り、金や銀の飾りを身に着け、右手には
宮殿テラスに立った支配者は陽光を浴びて一層目立ち、民衆を沸かせる。
その名を呼び、栄えあれと叫び、自分たちの支配者に一層の敬意を示す。だがそれもヘルダルフが
しばらくの静寂の後、支配者は声を張り上げる。
「我が民よ。強きしもべたちよ。我はお前たちを誇りに思う。かつて魔族に虐げられ、追い立てられた我々は地上へと出てきた。祖父の代より魔族は我々を呪い、我々を嘲り、我々を殲滅せんとしてきた!」
新世代の子供たちはもう知らぬだろう、魔族との戦い。
大人たちは表情に影を落とし、かつての苦しみを思い起こす。特に迷宮内の旧サンドラ地区を知る大人たちは魔族の恐ろしさをよく知っていた。
「魔族は恐ろしい敵だった。鍛えた武器は折られ、頑丈な鎧すらも貫き、堅固な壁すらも破壊し、我が民を殺した。そして喰らった。しかし見よ!」
ヘルダルフは大げさに
するとそこから炎が幾つも生じ、それらは雨のように民衆へと降り注いだ。普通であれば逃げ惑ってしまう光景であるが、サンドラ人はこの炎が何の害もないことを知っている。
炎は人々へと宿り、彼らは安心するような温かみを覚えた。
これこそが
更にはヘルダルフの左右に直轄軍の団長バラギスと、紅の兵団の団長ハーケスが並ぶ。この二人はサンドラにおける英雄的存在として知られていた。
「我がサンドラは打ち勝った! 魔族は滅び去り、我々の時が来たのだ! 憎きレベリオも滅び去り、パンテオンは我らに下り、あらゆる秩序のない蛮族共すらも従えた。そして我らは! 遂に都市国家アリーナすらも手中に収め、ンディババを跪かせたのだ!」
黄金域を挟み、パンテオンとは反対側にある都市国家アリーナ。
あらゆる奴隷が集まり、国民の九割が奴隷というあまりに歪な国家である。
その攻略は困難を極めた。
多くの兵を差し向けて降るように命じても応じず、戦いにまで発展した。アリーナは黄金域から発掘されたであろう多脚型の巨大兵器を差し向けてきて、サンドラ兵にも甚大な被害が出るほどになった。しかし不死身の力を持つ紅の兵団が前に出て果敢に戦い、遂に首長ンディババを捕らえるに至ったのである。
「我がサンドラは最大の版図を得た! 多数の都市国家を我に従わせ、街から村に至るまでも我に恭順させた! 二つの迷宮域を手に入れ、多くの古代遺物をも手に入れた。故にここで宣言しよう。サンドラ帝国の始まりを!」
民衆は一斉に歓声を上げる。
空気が吹き飛んだかと勘違いするほど皆が叫び、喜びを露わにしていた。その熱気により全員が汗を流し、それでも興奮止むことなく彼らは叫び続ける。
戦い続けてきたサンドラはようやく平和を手に入れ、巨大な国家へと成長した。
これを喜ばないわけがない。
当然、ヘルダルフはそれに応えるようにして手を振り、杖を掲げ、自分の威を示す。
あまりにも長い間それは続き、疲れ果てた民衆はようやく静かとなった。そこでヘルダルフは静かに、威厳を以て語りかける。
「サンドラ帝国の支配者は完全である我である。
疲れ果てた民衆へと再び熱が灯る。
暗黒暦一六〇八年にスラダ大陸東部を支配するサンドラ帝国が支配し、彼らは急激に武力を高め、技術を高め、人を増やし、大きく成長していく。
天鳴戦争の果て、大陸東部を安定化させる大国が誕生したのであった。
冥王様が通るのですよ! 木口なん @nahn
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