警察官さん、ブチギレる

和扇

公僕、勤めを果たす

どぉぉぉぉんっ


 交通事故。そう、交通事故。

 片側二車線、比較的大きめの交差点の中央で交通違反車両が単独事故を起こしたのだ。障害物など何もない交差点を直進していた所で、一人で吹っ飛んだのである。


「あー、あー。本署ぉ、本署ぉ。死之塚前交差点で事故発生ぇ。繰り返す~、死之塚前交差点で事故発生ぃ」


 警察官が少々面倒くさそうにしながら、彼の本拠に対して状況を伝えている。少々目が据わっている事を除けば、彼はどこにでもいるような平凡な警察官だ。職務に忠実で誠実な、模範的警察官と言って良いだろう。


 昼夜を問わず市民のために働き、悪を捕らえる正義の味方。時々理不尽な苦情を受ける事もある公僕であり、そして一人の人間だ。


 彼は今日も、自らの職務に邁進している。


 ああいや、訂正をしなければならない事が一つあった。

 職務に忠実ではあるが、彼には手段を択ばないという悪癖を持っているのだ。


 事実、事故を伝える彼の手には先端を発射し終えたロケットランチャーがあった。撃ち放たれたモノが何処へ行ったのか、それは誰も知らない事。


 速度超過、信号無視、危険運転を実行した車が、何故か空中に舞って三回転した後に逆さまに着地して爆発したのとは関係ない話だ。轟々と火炎を吐きながら黒煙を立ち昇らせているのはひとえに、交通法規を無視した運転手のせいである。


 本日も善良な市民の皆様の為に、彼は職務を遂行するのだ。


「あー、めんどくせ。交通課ぁ、あとヨロシク」


 プチと無線を切る、数分もすれば処理のために彼の仲間たちがやってくるだろう。となればこの場は彼らに任せてしまえば良い。彼はそう判断して、己のパトカー愛車に乗り込んだ。


 エンジンを掛けた彼はギアをドライブに変えてアクセルを、ベタ踏みする。


ぐおぉぉぉんッ!


 龍の咆哮のような音が響き、パトカーは急発進。


 次なる事件の現場へと、彼は走り去った。






「金を出せ!サッサとしろ!!」

「ひ、ひぃぃっ」


 覆面を被った強盗は、銀行窓口で行員に果物ナイフを突きつける。支店長にボストンバッグを投げつけ、ありったけの札束を詰め込むように命令した。偶然居合わせた客は突然の出来事に硬直し、警備員も人質となった行員の身を案じて動く事が出来ない。


「お前!動くな!コイツがどうなっても良いのか!」


 緊急通報システムを起動するためのボタンに手を伸ばそうとした行員。しかし犯人はその動きに気付き、それを阻止した。


 事は全て、犯罪者の意のままに進む―――


「うぃっす~、巡回にきまし……おん?」


 緊迫した空間に、少し気怠い警察官が入り込んだ。


「なっ!?警察だと!?クソッ、動くな!コイツがどうなっ」

パァンッ!

「がっ!??!?!」


 威嚇射撃なんぞ知ったこっちゃ無し、躊躇という言葉はゴミ箱へポイ。そんな勢いで警察官はホルスターからニューナンブM60拳銃を抜いて、すかさず発砲した。


 放たれた弾丸は正確に凶器を持つ犯人の腕に命中し、人質は瞬く間に解放される。


「よっこい、しょっ」

「は?え?」


 犯人に駆け寄った警官は男に手錠を掛け……るような事はせず、行内に設置されている一人掛けソファを持ち上げた。彼の考えが理解できない犯人は、自身の前に立つ警官の事を見上げるだけ。


「ふんッ」

ドガンッ!!!

「げぶぁっ!」


 全力での振り下ろし。そこそこの重量を持つ物体を叩きつけられ、犯罪者は完全に沈黙した。制圧成功である。


「本署ぉ、本署ぉ。出振でふれ銀行、仁台十軒じんたいじっけん病院前店にて銀行強盗発生、銀行強盗発生ぃ。犯人制圧完了、応援を要請する。繰り返す、応援を要請ぃ」


 彼の連絡から少しして、近隣を巡回中の警官たちがやって来る。


 床に転がる犯罪者を蹴り飛ばして、警察官は銀行を後にした。






 居痔芽いじめ中学校の校門前、そこには人だかりが出来ていた。


「え~……ですので、我々としましてはぁ、その、イジメと呼べるような事は校内では発生していなかったと、あー、認識しております」


 記者たちに囲まれているのは、この学校の教頭である。この学校では数日前、いじめを苦にした一人の少年が屋上から飛び降り自殺をしたのだ。彼の遺書には、先生たちに相談したけど助けてくれなかった、と書いてあった。


 それが明るみになった事で、学校に記者たちが押し寄せたのだ。しかしながら教頭はその事実を否定する。汗を掻く禿げ頭をハンカチで拭きつつ、彼はその場しのぎの答弁で逃れようとしていた。


「ちょーっと、失礼ぃ~。はいはい、退いて退いて~」


 報道陣の壁をかき分け、青い服の男がスルリと教頭の目前に滑り出た。


「は?」

「や、どうも」


 急に現れた何者かに驚く教頭に対して、警察官はニコリと笑う。


 次の瞬間。


「はい、連行」

ぐいっ

「あっ、うわ!?」


 教頭の胸倉を掴んで、彼は学校の敷地内へと走り出した。


 校庭を走る走る走る。

 階段を上る上る上る。

 屋上に出て、縛る縛る縛る。


 用務員室から引っ張り出してきた頑丈な縄でグルグル巻きにされた教頭。手すりに縄を結び付け、警察官は彼を空中へと放り投げた。


「ひっ、ひぃぃぃぃッ!!!!」


 校舎の壁に背中を擦りながら、ミノムシが右に左にブ~ラブラ。その様子は校門前に集まっていた記者の持つカメラにつぶさに捉えられ、全国へと配信される。


「えー、イジメは有ったんですカァ?」

「なっ、無いッ!そ、そ、そ、そんなものはっ」

蹴りッ

「ひぎゃあぁっ!!!」


 手すりに括りつけられた縄に一撃。匠の技で結びつけられたソレは、衝撃を受けてほんの少しだけ緩んだ。


「イジメ、ありましたァ?」

「わ、わ、私はッ、ししし、知らんッ!そそそそそ、そんな事は知らんんんッ!」

蹴りッ、蹴りッ

「やややややや、止め、めめろろっ!」

「じゃー、イジメは?」

「あ、あ、あった!あたあったたたたたあたっ!」


 恐怖で最早言葉になっていないが、教頭は遂にイジメの存在を認めた。


 だが。


「で、ソレってイジメで良いんですかァ?」

「はっ?」

「恐喝にぃ、暴行にぃ、傷害にぃ……。事件ですよネェ?」

「そ、そんな訳があるかッ!い、い、イジメは、イジメだっ」

蹴りッ

「ひぃっ!?みみっ、みと、みと、みとめるっ、じけじけじ、事件だったとみとみ認めるぅっ!」


 翌日の朝刊紙面に『居痔芽いじめ中学校の恐喝暴行傷害事件』が載る事になった。






「本署ぉ、これより帰還します~」


 事が済んだ警察官はパトカーを走らせながら通信する。


「お疲れさん」


 本署から言葉が返ってきた。


「戻ってきたら話がある、覚悟しておけよ」

「冗談キツイっすわ、部長~」

「眉間に風穴が出来ないだけマシだと思え、クソ阿呆」


 明日も変わらず、警察官は職務に邁進する。


 たとえ部長に詰められようとも、彼は悪と戦うのだ。


 頑張れ警察官!

 負けるな警察官!


 善良なる市民の為に!

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