そうだな。

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

 そうだな。君の言う通りだ。散歩の途中にある神社鳥居の前に置かれてるベンチに座りながら僕はそう思った。風が穏やかで、まさにその通りなんだ。


 文庫本を開く。言葉がスーっと実に風通しよく入ってくる。この空気、この空間が永遠に続いてしまえば僕は誰かが雇った殺し屋に殺されるかもしれない。


 ブンブーンと車がよく通る。僕は車を見るのが好きだ。あの車かっこいいな。あの車かわいいな。あの車面白いな。


 風を浴び、車を見て、本を読み、ボトルコーヒー、今日は少し暑いので冷たいのをゴクリ。定食を食べるように規則的で時には気まぐれにこれらを繰り返していた。


 頭の中の塵やホコリなどが風に吹き飛ばされるのを感じる。スッキリだ。トラックが通る。荷台には小さいショベルカーを乗せていた。


 僕はそれを見て、あのショベルカーがヒッチハイクしたんかな?と思った。風が吹いた。僕も吹いた。溜息ではなく温かい息を。


 アロハシャツと短パンを履いて、夏を満喫しているおじいさんがやって来た。アロハシャツは鮮やかな水色に南国たっぷりなパイナップルの総柄で、短パンは夏の暑さを象徴するような情熱な赤色だった。おじいさんは鳥居の前で礼をした。


 僕はそんなおじいさんを気にしないで本を読む。チャリーンと景気の良い音が聞こえた。ジャラジャラ、パンパン。この数秒間、静寂となった。おじいさんの時間だ。

「よし!」

何をお願いしたのか気になったが僕は興味をなくそうと努力した。それはおじいさんと神様の空間だから。僕がお邪魔すると、神様に思いが届かなくなってしまう。


 おじいさんは機嫌よく帰っていった。僕はそんなおじいさんの弾んだ後ろ姿を見えなくなるまで見ていた。そうだな。そうだよな。


 「ワンワンワーオン」

どこかで犬が鳴いている。僕は犬は出来る限り見ようと決めていた。あと、秋になったらどんな手段を使ってもカキフライを食べることも決めていた。もし僕が泥棒をすになったなら、犬かカキフライを盗んでいることだろう。


 犬は遠くの方にいた。あれはシーズーだな。何やら飼い主のおばあさんにおねだりをしていて、おやつをもらっている。急いで食べ終わると再び吠え、おばあさんの膝に手を乗せ立っておねだりをまたしている。おばあさんはその要求に答え、おやつをまたあげた。


 僕は共犯者になりたくなかったから、また本へと視線を戻した。こんな風に視線があちらこちらと動いているが順調にページは進んでおり、もう少しでこの本も読み終わる。


 この本は、ここでこの時間でこの空気でこの空間でこの風の中で読み終わろうと思った。もう少しで読み終わると分かるとめくるページ音が大きく聞こえる。


 除夜の鐘のようにありがたく響く。


 ただ頭の中は煩悩だらけで、おなかが空いていた。そう、いつのまにか僕とは違うベンチに座っていたおじさんが今食べているドーナツを食べたい気分だ。


 ドーナツは好きだ。昔観ていたアメリカのアニメでよく警官がサボってコーヒーにちゃぽんとさせてドーナツを食べてるのを見て、何故か憧れをもった。そんな警官が必ず食べるドーナツがピンク色だったことで、必ずドーナツ屋ではイチゴのドーナツが絶対になっていた。


 こうして思うと、こだわりなんてない自分だと思ったが、結構あるもんだな。あと、別にオタクやマニアとかではないが、バッドマンのアゴはごつくなければ認められない。これも昔観たアメリカのアニメのバッドマンがそうだったからだ。シャープなアゴのバッドマンは違う意味でバッドマンだ。


 コーヒーをゴクリと飲むと、少し甘く感じた。ブラックなはずだが、脳内で勝手にドーナツをちゃぽんとさせてしまったようだ。すまん、僕の脳内よ。僕は苦いコーヒーが好きなんだ。余計なことをしないでくれ。


 後5ページで読み終わるところに賑やかな声が聞こえた。

「あ、神社があるわ、ちょっといい?」

「なんか願うことあるのか?」

「うん、あるよ」

「なんだよ、そのにやけた顔は?また何か企んでるのか?」

「うーん別に~」

夫はベビーカーを持って、奥さんは赤ちゃんに「いってきまちゅね」と言った。


 鳥居に入る前に礼をして、入った後もすぐに礼をして後ろに体ごと振り向いてまた礼をして・・・・・・あきらかに礼が多かった。


 夫は僕の前のベンチに座り、赤ちゃんを自分が見える方へベビーカーを向け、赤ちゃんを黙って見ていた。赤ちゃんってそんなに面白いんだなと僕は思った。


 ザーザーザーと大雨が降ったかのような音が聞こえた。その後、ジャラジャラジャラジャラ、パンパンパンという音が聞こえた。奥さん、なんか多くありませんか?

「夫のハゲが治りますように」

「・・・・・・おい!聞こえてるぞ!」

奥さんは機嫌よく礼をしないでそのまま走って夫の元へやって来て親指を立てていた。

「お前な、余計なことしてんじゃねぇよ!」

「神様だったら治してくれるよ」

それは髪様のことでは奥さん?と僕は心の中でつぶやいた。

「治せるかよ、神様だってハゲてるんだから」

「え!神様ってハゲてるの!?」

「そうだよ、ハゲてるから、他人のこと気にしてる余裕なんてねぇんだよ」

「そうか、残念だね」

「うるせー、それに俺はハゲてねぇ!」


 あの赤ちゃんを連れた夫婦が去ると、フーフーと風が吹いた。僕は「えー!」と思った。なんで僕がそんなことを・・・・・・そうだな、そうだよ君の言う通りだよ。


 鳥居の前で一礼して、ポッケには500円玉しかなかったので仕方なしにそれを投げ入れた。ジャラジャラと鳴らし手をパンパンと叩く。

「先ほどの夫婦は悪気があったわけではないので許してあげてください」


 僕は本を読み終えた。余韻に浸りながらコーヒーを流し込む。コーヒーももう空だ。車の数もすくなくなっていた。少し肌寒く感じた。ヒューと風が吹いた。


 そうだな。僕は帰ることにした。とても気分が良かった。あのおじいさんのアロハシャツどこで売っているんだろう?家帰ったらシーズーの動画観よう。ドーナツ、ベーグルもいいなぁ、そういえばベーグル屋さんでちゃんとしたベーグル食べたことないや。あの夫婦面白かったな、いいなぁ。恋したくなったぜ。


 僕はこんな時間をあとどれだけ過ごせるのだろうか———風が吹いた。


 そうだな。

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そうだな。 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615

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