8-5
僕は小雀の手を握っていた。
全体的にかさついており、ひび割れているところもあったけれど温かい手だった。
「なんだよ」
「今、僕はあなたの手を握っています」
「分かるぜ」
「握って欲しかったですか」
「そりゃあ。そうだけど」
「僕のことが好きですか」
「なんだよ急に」
「好きですかと聞いているんです」
「まぁ好きだよ。そりゃあ好き」
「大好きですか」
「なんか変だぞ。こっちはめっちゃ恥ずかしいんだぞ。二人しかいねぇならあれだけどよ、都知事もいるんだぞ」
「大好きですか」
「そうだよ大好きだよ。うるせぇな。大好きだよ」
「確認なんです。それは本当ですか」
「本当以外に何があるんだよ、大好きだって」
「僕のために何でもしますか」
「お前、やべぇこと言ってるって分かってるか」
「すみません日本語を間違えました。僕のために何でもしますか、ではなく」
「おう」
「僕のために何かしましたか」
小雀の表情が若干ゆがんだ。
僕はそれを見逃さなかった。
母親は僕の方を見つめたまま動かなくなると目を瞑って倒れてしまった。疲れているのだろう。そっとしておいた方がいい。
今は小雀だけで十分だ。
「オーパーツを集めるために都知事を誘拐したグリーンラビットが、ここにいます」
「あぁ、そうだな。そうだよ。だから、なんだよ」
「このグリーンラビットに指示を出していたのは、あなたですね」
僕と小雀は見つめ合ったまま二秒ほど沈黙し、動きを止めた。
小雀の瞳から静かに大粒の涙が落ちた。
「お前がオーパーツを集めるっていうから、グリーンラビットを使って手伝おうと思っただけだったんだよ」
「はい。とても嬉しいです」
「マジで知らなかったんだって。あたしはグリーンラビットの依頼書に、オーパーツがすべて集まってお祭りが開催できますようにって書いただけなんだよ。信じてくれよ」
「大丈夫です。分かっています」
「それなのに、グリーンラビットが都知事を誘拐し始めて、もう何が何だか」
「おそらく、グリーンラビットは効率的にオーパーツを集めようとしたのです。その結果、都知事を誘拐して脅迫することで収集員に探させることにしたのでしょう」
小雀の口から嗚咽が漏れた。
「あたしのこと、嫌いにならないでくれよ」
「信頼しています」
「あたしのことを、か」
「はい」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「あなたと同じですよ」
デッドバーストふれあい祭りは歴史だ。
僕も小雀も倒れている母親も近くで寝ているであろう枯芝も歴史の中では駒に過ぎない。
機工なのだ。
外れたりもするし錆びついたりもする。その度にメンテナンスが必要となるし、欠けたりすれば満足に稼働しなくなる。それだけ歴史が持つ魅力と再現性はいくつかの繊細な要素によって守られている。
そう。
そんなことを母親の論文を読むことで知って自分の頭に叩き込んだのだ。
母親のことを考えないようにしたのに。
また考えてしまう。
でも、いいのだ。
さよならをするために母親を知るのだ。
僕にとっては母親が正解であった。
東京都の革命期の歴史研究においても正解そのものだろう。
あらゆる点において母親には感謝をしている。
だが何度も思い。
さっきだって思い。
これからも思い続けることがある。
これで、おしまいだ。
僕は僕の見ている文化しか知らない。僕は僕の所属するコミュニティの文化にしか触れていない。
僕はいつか研究をするだろう。もしかしたら研究者になるのかもしれない。
けれど。
僕は秀才にも天才にも鬼才にも誰にも憧れない。
僕は未来の僕にしか憧れない。
もう、僕の人生にオーパーツが揃う瞬間は必要ない。
小雀の目が少しだけ潤んでいた。
僕は地面に落ちている完全なる球体を持つと長めに息を吐いた。
去年のデッドバーストふれあい祭りを思い出す。焼きそばの出店や地面に落ちている食べかけのチョコバナナとわたあめの袋。高齢の女性からフランクフルトを受け取ってケチャップとマスタードが服につかないように気を付けて食べる。
デッドバーストふれあい祭りに恨みはない。良い思い出ばかりだ。
僕は右手の中にある完全なる球体を指先で確認しながら、ゆっくりと崖に向かって歩いていく。
目で距離を測る。
もう十分だろう。
左足を踏み込んで右腕を思い切り大きく振る。そしてタイミングよく右手の握力を緩める。姿勢が前傾になって倒れそうになるが強く踏み込んでいるおかげで前に倒れるようなことはない。
気が付けば完全なる球体は宙を舞っている。
今はまだ見える。
完全なる球体は高度を下げていく。間違いなく落下地点が島の外であることが分かる。
島の向こう側へ、その姿を消してしまうだろう。
さようなら、デッドバーストふれあい祭り。
デッドバーストふれあい祭り エリー.ファー @eri-far-
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