8-4
もしも。
もしもの話だ。
僕が母親と仲が良かったとして、どんな人生が待っていたというのだ。
僕の知る限り、母親は僕に対して全くと言っていいほど興味がなく、そして興味を示した時でさえ自分の都合だった。もちろん世の中の母親なんて生き物は自分の都合で産んで自分の都合で育てるのかもしれない。
社会的な体というものを常に意識しながら子どもを愛するというのは重労働だとは思う。何を愛して何を愛さないかを自分ではなく他人が決めてくるからだ。常識が決めてくる息苦しさというのはとてつもなく面倒なことだろう。
僕は生まれた時から誰かの重荷であるという悲劇を背負った特別な存在なのだと自分に言い聞かせてきたが、そもそも皆がそうなのではないか。もしも、そうならば希望ではないか。
僕は母親と仲良くなりたい。
普通を求めているわけだが、それは本当に母親のことが好きだからではない。母親との関係が普通であるということに憧れたのだ。
だったら。異常でいいから未来を想像したい。
僕はきっと母親と一緒に暮らすことになるだろう。大切なことが何であるかを少しだけ考えて母親と折り合いをつけていくに違いない。
母親は僕に愛していると言うだろうが残念ながら口先だけであり研究が一番のはずだ。僕に研究の価値を説明してくるだろうし言い訳も数えきれないほど生み出してくるだろう。
僕は納得しない。納得したふりをする。
母親は満足する。こちらはふりではない。きっと本気で満足する。
僕はそうやって本気で満足している母親を見て納得するのだ。
親子の関係はそうやって続いていって何の問題も生まれないだろう。途中、母親が研究に熱中しすぎて僕のことを忘れて長い間家に帰って来ないということもあるだろうが僕は我慢できる。
一度でも愛を実感できるのであれば十分だ。
他の人に言える。
自分には母親がいる、と言える。
僕はたまに母親の研究について調べたりする。そうして母親が今どんなことを知ろうとして何を知っているのか、そしてどんなことを知らせようとしているのかを知る。
母親のことを知って僕は少しずつ大人になる。
母親は僕と母親の関係には歴史があると思うだろう。何せ歴史はどこにでもあってそこには敬意が込められているからだ。親子の関係はまさにぴったりと言える。
でも僕はそんなことを思わないのだ。
僕と母親との間には何もない。文化も歴史も敬意もなく繋がりがあるのみである。
僕はそれを愛と呼ぶ。
僕は大人になって研究者になろうと思っている。別にそれは母親のようになりたいからではない。あくまで母親の後姿を見ていて明らかに楽しそうに見えるからだ。
僕は母親とは違う別の分野で研究者になる。そこで自分の思うままに知識を蓄えて思考と戯れる。
別に僕は研究者という仕事に母親の要素を含ませようとしているわけではない。あくまで母親というサンプルが近くにいて将来の夢を描く中で身近だったというだけに過ぎない。
母親がたとえ強い思いを持っていなくとも、僕が強い思いを持っていたとしても現実に与える影響は些細であるということをしっかりと学びたい。
きっと僕は研究者として長く動くことになるだろう。
そうすれば苦労をすることもあるだろう。
僕は母親に研究者としての悩みを打ち明けるはずだ。母親はそんな悩みなど既に通り過ぎているだろうから明確な答えをすぐに出すことができると思う。僕は中々納得することができずに放たれた言葉を何度も何度も自分の頭の中で転がしながら研究者としての人生を歩むのだ。
母親は僕に相談されたことすら忘れてしまうだろう。
僕はそれを知ってショックを受けて母親と話さないようになる。しかし母親は何故ショックを受けたのかが一切分からずに急な態度の変化に戸惑うはずだ。
僕と母親の仲は少しだけ悪くなる。
それもきっと思い出になる。
母親はいつか死ぬだろう。
喪主は僕だ。
誰が集まるかは分からないが基本的には母親の仕事仲間であると思う。きっと、こじんまりとした葬式で気が付けば終わっているはずだ。
僕は余り泣かない。
悲しいわけではないが悲しんでも状況が余り変わらないということを知っているし母親が生きていたら泣いている人を見てそんなことを考えるだろうから泣かない。
そうやって一年か二年経過する。
僕はある日、今までも自分なりに調べていた母親の研究に本腰を入れて目を通す。
すると母親がどれだけ研究を愛していたのかを知ることになる。もしかしたら母親のことをより遠くに感じてしまうかもしれない。
それもまた母親の意図なのか。
いや、意図しているとは考えづらい。
結局、死んだ後も僕は母親の背中から何かを学ぶのだ。
僕を捨てたという事実も、僕を都合よく欲しがったという事実も変わらない。僕は解釈を手に入れただけに過ぎないのだ。
そうやって母親が死んで。
いつか必ず。
僕も死ぬ。
たぶん死ぬのはそんなに怖くないのだ。
だって母親が先に死んでくれているから。
月並みな言い方ならあの世で待ってくれているから。
死を見ることができるというのは貴重な経験だ。自分に降りかかる瞬間に濃密に学ぶことができる。だから死への恐怖よりも好奇心が勝る。
僕は、僕の中にある好奇心を生む一助となった母親のことなど思い出すこともなく死ぬのだろう。
けれど、それが僕と母親の繋がりなのだ。
母親の死が僕の中にある死への恐怖を和らげるのだ。
そう。
そんな未来は絶対に来ない。
母親が生きていて僕の傍にいてくれたとして、そんな毎日は来ない。
おしまい。
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