元中学の同級生だった元反社から命のかけらをもらった

すどう零

第1話 娘るりはとうとうレールから外れてしまった

 私の名はまゆか。高校一年の娘るりをもつ主婦である。

 娘るりは自他とも認める努力家であり、その努力が報われ、中高一貫校に入学することができた。

 

 そこまでは、サクセスストーリーの序章を歩みかけていたのである。

 このままスムーズにいけば、国立大学進学間違いなしだと思っていた。

 しかし、中学はとにかく詰め込み教育で、中一のときから毎日、漢字の書き取りと英単語の小テストがあり、授業の進むピッチも詰め込み方式で、スピーディーすぎる。置いてきぼりにされないためには、毎日が勉強との闘いである。

 それでも、中学一年まではるりは、ガリ勉生活を送り、テレビも見ずゲームもしないで、ひたすら暗記生活を送っていた。

 まわりは皆、金持ちの秀才ばかりであった。

 貧乏人とまではいかないが、平凡な家庭はウチだけだったろう。

 私はるりには、毎月一万円を与え、これで洋服、下着、文房具用品を賄うよう指示していた。

 るりは、倹約家であり、安い商品をうまく購入して、決して豊かとはいえない経済状況のなかで、なんとかうまくやりくりしていた。

 もちろん、金持ちの秀才であるクラスメートとは話が合わなかったので、もっぱらウンウンと頷くだけの聞き役にまわっていた。

 

 中学二年の五月、とうとう娘るりは、息切れをし、授業にもついていけなくなってしまった。

 私はるりをせかすことなく、マイペースでいけばいいと言った。

 落ちこぼれてもいいじゃないか。

 とにかく、高校だけは卒業しなさいと断言した。

 まわりの目なんか気にする必要がない。

 るりをバカにするクラスメートは、本当は自分が誰よりもバカだということを知っているから、その腹いせをるりにぶつけてるんだ。

 人をバカだと指さす手は、人差し指と親指は相手の方を向いているが、あとの三本指は自分の方を向いているではないか。

 るりはその話に深く頷いて、言った。

「私は小学校のときは、いろんな家庭の人がいたわ。

 片親もいたし、夜は水商売をしている母親もいたし、生活保護を受けている子もいたわ。

 またヤングケアラーで、朝は六時に起きて、おむつ替えなどおじいちゃんの介護をしている子もいた。もちろん、クラブ活動はしていなかったけどね。

 でもこの学校は、いわゆる選ばれた上流階級の子ばかりね。

 こんな子が、世間にでて通用するのかなと疑問に思うことがあるわ」

 私も頷いた。しかし、先のことなど考えても仕方がない。

 人は誰でも今、自分の置かれている場所で生きる以外にはない。


 私は娘るりに言った。

「なかには、勉強を追求して、医者や弁護士、学者になった人もいるわ。

 るりにはそうなってほしいなどと思うのは、贅沢な願いかもしれないが、勉強というのは、学生のうちにしかできないの。

 かつてのアイドル松田聖〇の如く、死に物狂いで、今やるべきことをやりなさい。ゆとり世代なんて、そう長く続く筈がない。

 忘れもしない私も高校三年の時、クラスの集団活動が合わなくて、友達だと思っていたクラスメートから「私を含めたこのクラス全員が、あんたをバカにした」と言われたこともあったわ」


 娘るりは、首を傾げて言った。

「クラスっていっても、その当時は四十人余りいたし、クラス全員の心なんて誰にもわからないんじゃないかな」

 今から思えばそれもそうだ。

 まあ、原因はその当時流行っていた二人三脚のグループ学習に合わなかったのが、それを言われる大きな原因だった。

 1983年頃から、OA化されグループでひとつのことを仕上げるというのは、無くなり、人間対機械は一対一になり、二人三脚のグループを組む必要すらなくなったが。

 また、体育の仮装行列のとき、ある目立つタイプのクラスメートからスカートを貸してやるという誘いをお断りするに至ったことも原因である。

 貸してやるという誘いをお断りするのが、なにか腹立たしいことだろうか?

 じゃあ、もし返せなかったらどうなるのだろうか?

「私はあなたからスカートを借りました。でも返すことはできませんでした。

 すみません。さようなら」で済む問題なのだろうか?

 

 しかし私はこの一件で、世の中善人が好かれ、悪人がどんどん嫌われていくなんて図式は通用しないことに気付かされた。

 いくら白の人であっても、無口であるだけで人からは、無視していると誤解され、まるで危険人物のように疎外される。

 しかし、返答のうまい人ーたとえば一言発したら、それを三倍の美辞麗句にして返す人は、なぜかいい人認定される。

 日本人はシャイだから、返答がうまいなんてことは、そう存在しない。

 もし存在するとしたら、芸人のように四六時中いつもネタを考えている人だろう。

 大抵、こういった人はホストのように、相手に対して何らかの関係性を持とうとしているケースが多い。

 しかし人は、お世辞だとわかっていても、美辞麗句を言われると、いかにも自分が偉くなったような錯覚に陥ってしまい、騙されることさえある。

 あとになって泣く羽目になってしまうのは、未成年者が多い。


 私はるりにはるりの人生があると励ましたが、るりは、自分一人だけが周りから取り残されたと思い込んでしまった。

 そして、そこから逃避するように、音楽にのめり込むようになった。

 いつもヘッドフォンで、深夜までJポップに飽き足らず、1970年代の歌謡曲やソウルミュージックを聞くようになった。

 1970年代というと、ちょうど私達の年代である。

 ノスタルジックなものを感じ、私はゆりに対して何も言わなかった。

 だいたい勉強なんて、強制されてするものではない。

 しかし、かえってそれがいけなかったのだろうか。

 るりは、とうとう成績は学年最下位になってしまった。


 どうしたらいいんだろう。

 このままでは、気の小さいるりは、引きこもりになるのではないかと危惧するほどだった。

 るりは、苦境から這い上がるといった強い精神力の持ち主ではない。

 ライオンは、産まれてきたばかりの子供を、谷に突き落とし、そこから這い上がってきた子だけを育てるというが、ゆりは、今までの人生に苦難を体験するということがなかった。

 いや、二昔前の愛のムチ、子供をこれ以上悪くさせないための指導矯正ともいえる、荒っぽい体罰を受けてこなかった子供は、ある意味、精神的に弱いものであり、一度落ち込むとなかなか這い上がれないようである。


 私るりは、ネガティブ真っ最中であり、このままではネガティブの沼にはまっていきそうである。

 私るりは、気分転換にネットサーフィンをしていると、なんと私の小学校のときの初恋の同級生男子が映っていた。

 忘れもしない。私るりが小学校六年のとき、初めてバレンタインデーに当時五十円のハート型チョコレートを自宅まで渡しにいった村田竜也君である。

 そのときの竜也君は、野球部のレギュラーだった。

 しかし、顧問の先生から「村田、お前は捨て石になれ」と言われて以来、少々腐っていたという。

 捨て石というのは、プロレスのヒールではないが、引き立て役であり、いくら頑張っても功績は得られない。

 竜也君が傷つき、腐るのは当然のことであろう。


 同時に私るりにとっては、思い出したくもない忌まわしい出来事がよみがえってきた。

 当時、母親まゆかは自宅の一階に小さなカフェ「ランプ」を経営していた。

 母親まゆかは、毎日客として訪れる常連の男性ー野沢と付き合い始めた。

 野沢おじさんは、母親に結婚話をもちかけていた。

 母親も野沢おじさんが、毎日いろんな客を連れて来てくれるので、すっかり野沢を信用しているようだった。

 

 母親まゆかは野沢が来店時間帯だけは、大きな宝石を身につけていた。

 少しでもゴージャスな女性を演出していたかったのであろう。

 野沢おじさんが訪れて三か月後、私は学校帰り、野沢おじさんから食事に誘われた。

 食事といっても近所のファミレスでハンバーグ定食をご馳走になった。

 私るりは母親から、決して他人から飲み物以外の食事を奢ってもらってはならないと言われていた。

 たとえパン一個でも、奢ってもらうとひもじい思いをした子だと思われる恐れがあり、世の中にはそれに付け込む悪辣な大人がいるときつく教えられていた。

 私るりは友達の家にいっても、飲み物以外のパン一個さえも

「今、お腹が一杯ですので、結構です」と断っていた。

 

 しかし、野沢おじさんは、母親の客だけあって別格だった。

 野沢おじさん曰く

「僕と同じハンバーグ定食を食べることで、共通の話題が生まれ、それがお母さんへとつながり、三人の絆ができるんだよ」

 私るりはすっかりその言葉に、同調してしまった。


 隣のボックスには、高校生四人がテスト勉強をしている。

 私るりもいずれはこのような高校生になるのかなと、将来の夢を抱いていた。

 野沢おじさんは、母親の分までハンバーグと唐揚げのお土産を持たせてくれた。

「今度来るときは、お母さんと三人で来たいな」

 私るりはすっかりその言葉を信用し、野沢おじさんに好感を抱くようになった。

 しかし、それは野沢おじさんの罠でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


 

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