第6話 娘の梨奈はひきこもりから脱出した
梨奈は、相変わらずひきこもり気味だが、この頃は学校に行くようになった。
やはりドラマや歌の影響を受け、教育は必要だということに気付いたのだろう。
私は梨奈に教えた。
「1985年に、岡田有希〇というトップアイドルがいたの。
彼女は、歌手になるとき親から反対されたけどね、ある条件をクリアしたら、歌手になることも、赦してもらえたの。
その条件というのは、成績が学年一番になり、トップ高校に入学することだったの。
彼女は、その当時クラスで五番目の成績だったがね、ある勉強法を実行したの。
それはね、教科書を丸暗記し、問題集を五回繰り返すことだったんだって。
数学はね、問題と公式とをひもづけして覚えたんだって。
この問題にはこの公式が必要なんだってね」
梨奈はなかば感心したように、聞いていた。
「そういえば、岡田有希〇っていえば、最優秀新人賞を受賞した翌年は、ドラマで主役だった元アイドルで、突然謎の自殺を図ったというわね。
なんでも、共演者の男性に片思いしていたが、その男性にはすでに婚約者がいたのが、原因だったとか言われているわね」
私は感心して言った。
「よく知ってるじゃない。もしかして、当時の私より詳しかったりしてね。
でも、ネットの情報にだまされちゃダメよ。妊娠したとか書かれているが、フェイクが多いからね。
ネットは、ただ目立つのが目的の場合が多いから」
梨奈は、頷きながら言った。
「そうね。ネットの世界は仮想空間、バーチャルな世界でしかない。
明日から私は学校に通学します。ひきこもり卒業よ。
だって、あまりひきこもっていると、その癖がついて、社会で通用しなくなるじゃないの」
私は急に未来が見えてきた気がした。
「その通り。私も梨奈がひきこもっていたとき、不安で仕方がなかったわ。
世の中には、そういった社会的弱者を狙う悪党がうようよしている。
やさしい顔をして近づいて来て、覚醒剤を打ち、売春に利用しようとする、そんな悪党にひっかかったらどうしようかと、心配で仕方がなかったわ」
梨奈は、急に私に頭を下げた。
「お母さん、ごめんなさいね。心配かけちゃって。
明日から学校に行って、予習復習もします。
あっ、昨日クラスメートから電話がかかってきてね、読書クラブに入らないかと誘われてるの。
まあ、今はまったくといっていいほど、本は売れない時代だけど、でも、読書好きの人はいるにはいるわ」
私は共感した。
「そうね。思えば私は、この移り変わりの早い世のなかについていけなくなりそうで、不安で仕方がなかった。
でもそんなとき、竜也牧師に出会って、イエスキリストを信じてみようと思うの。
人は一人では生きていけないが、キリストと一緒なら生きていけると確信したの」
梨奈はイエスキリストという言葉に、反応した。
「聖書は世界中のベストセラーだというわ。
今は紙の本よりも電子ブックもあるものね。
でも、昔の文学を朗読といった形で、販売されてるわ」
梨奈は笑顔で言った。
「キリストというのは、救い主という意味でしょう。
そしてイエスというのは、NOと正反対の肯定という意味。
イエスキリストはどんな人でも、NOと遮断せずに分け隔てなく受け入れてくれるのね。
私もそうなりたい。だって、思えば今までの私は、話が合いそうにない子とは、絶対にといっていいほど、話さなかったものね。
これじゃあ、視野が狭くなって人間関係も歪んでしまいそうね。
できたら私も本を書いてみようかな。まあ、人間誰しも自分史は書けるというじゃない。
私の場合は、十三歳までの自分史しか書けないけれど、あとは想像で自分の未来を書いてみたいな。
たとえば、五年後、十八歳の私から、現在の私に向かっての手紙とかね」
私は思わず頷いた。
「十五歳の梨奈ちゃん。私はどうなるかと思ったけど、ひきこもりから復学できてよかったね。
十八歳の今の私は、大学受験の傍ら、未来のウェブ作家目指してウェブで小説を書いています。
目標一日千字執筆中です。
ネタにするために、いろんな人と交流をもっていくうちに、すっかり社交術が身につけました。
まず、挨拶、さり気なしに褒めること、そして自慢話よりも失敗話をし、自虐ネタで笑わせること。これがコツですね」
梨奈は拍手をしてくれた。
「これは上質ネタよね。さっそくメモをとらせてもらうわ」
梨奈は私の会話をメモし始めた。
これで、梨奈は将来の目標ができた。
「そうだ。梨奈が慣れてきたら、私の自分史も書いてもらおうかな」
私は一安心した気分だった。
竜也牧師は、もう三冊目の本を発行している。
いずれも、過去を書いたノンフィクションである。
反社を破門され、信仰に入るまでの経緯が詳しく書かれてあるが、私は三冊とも、梨奈にプレゼントした。
梨奈は、竜也牧師の罪人寄り添い教会に行ってみたいと言った。
竜也牧師は、刑務所から出所したときの浦島太郎状態を脱皮し、人相も反社の毒が抜けてきつつあった。
このことは、やはり神の祈りの賜物だろう。
竜也には神様がついている。
私は今、竜也との思い出を小説仕立てにしている最中である。
書きあがったら、まず竜也に見せ、そして梨奈と小説の読み合いができたらと願っている最中である。
そんな梨奈は、私のためにハレルヤ(神様、感謝します)と言ってくれた。
END
元中学の同級生だった元反社から命のかけらをもらった すどう零 @kisamatuma
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