原初の魔女
シオン……まさか妹がこの世界に転生していたなんて。
カナタは妹が息を引き取ったその日を思い起こしていた。容態が急変し、医師や看護師が専門用語で素早くやり取りをする。僕は少し離れて突っ立っているだけで、人工呼吸器から必死に酸素を取り入れようとしている妹をただ見ている。
心電図が直線になったあの瞬間に、シオンはすでにこの世界に来ていたのだろうか。
ユレイナの話だと、過去この世界に来た勇者たちは旅の途中で皆ほとんど命を落としている。シオンだって例外ではないのだろう。
シオンとユレイナの旅は、いい旅だっただろうか。
病室のベッドからほとんど出ることを許されていなかったシオンは、きっとこの世界に来て、旅を楽しんだはずだ。
もちろん、苦しいことも悲しいこともたくさんあっただろう。でも異世界を旅することは、欲張りな彼女のたくさんある夢のひとつだったに違いない。
ユレイナにシオンの旅のことを聞いてみたい。カナタは当然そう思った。
だが、今はよそう。
「シオンはね……とてもいい固有スキルを持って転生してきた。まさにそれが、この世界における『魔法』の始まり」
「魔法の始まり? シオンが?」
「そうよ。彼女のスキルは『
ノルンが驚いてユレイナを見た。
「その力……もしかして“原初の魔女”レディ・オノレラと同じ?」
レディ・オノレラ――攻略本にも名前が登場していた。
〈原初の魔女レディ・オノレラは自らの魔力の源を大地に還し、後世の魔女へとその力を託しました。素養のある娘がユピテルミアの地に生まれると、その子は魔力を授かり、魔女となります。長い年月をかけて、魔女たちはその力「魔法」をどう世の中に役立てていくかを思案し、時には国と交渉をするなどして、独自の文化を息づかせていったのです〉
「オノレラはシオンよ。そうすることが、そうなることが、彼女にとっては一番の決断だった」
「つまり妹は――シオンは、その力を持ってしても魔王には敵わなかったんですね。それで自分ではなく、いつか魔王に対抗できる力を持った勇者が現れたときのために、魔法を残した」
カナタは胸が熱くなる。妹への純粋な尊敬と、旅の中でそんな重大な判断を迫られた彼女に、心を砕いた。
ユレイナは頷いた。
「彼女の力から派生し、様々な種類の魔法を扱う魔女がこの世界に生まれた。それは魔族ひいては魔王にとって脅威だった。人間と魔女が協力関係を築けば、勝算はあったの。でも――」
「魔女狩り」
ノルンがあごに手を当てて思案顔をしていた。
「ユピテルミア王国の人々は、魔女の魔法を恐れて弾圧した。二度にわたる魔女狩りで、今現在生き残っている魔女は本当に一握りだって聞いてる」
ユレイナもカナタも俯いた。
シオンがこの世界を信じて託した力。魔王に対抗できる切り札。
だがそれは正しく理解されずに、世界の片隅に追いやられてしまった。
「あの子の決断が無駄に終わってしまったんじゃないか……ずっとそう思ってきた。ついさっきまでは」
ここで本題に戻る。
「つまり僕はシオンのおかげで魔女の魔法が使える。あいつも言ってました。もうほとんど残ってないけど、力を託すって」
「きっと兄妹だから、シオンさんもカナタさんが来たって、すぐわかったんですね」
ノルンが優しく言う。
「あと……ええと、カナタ。ひとつ謝らなきゃいけないことがあるの」
ユレイナは目を逸らし、すでに水をかけて消した焚き火の燃えかすを見つめた。
「な、なんですか?」
「……あなたのステータスを見ると『スキル』の欄になにも書かれていなかった。つまりスキルはなし。私、嘘をついていたわ。『書いてあることをちゃん読む』なんてスキル、本当はないの」
「いやそれはだろうなと思ってましたけどね。実感なかったですし」
「能力値はほぼ平均以下でスキルなし、おまけに童貞――は初日に卒業したんだっけ? とにかく誰もがリセマラしたくなるレベルのよわよわ勇者だったのに、それをちゃんと伝えてなかった。本当にごめん」
「ちゃんと伝えないで! もうやめて」
よわよわ勇者ってあらためて言われるとつらい。
「というかスキルって普通はなにかあるものだったんですね。そこからして知らなかったですもん」
ユレイナは一転、真剣な顔になった。
「でもさっき、改めてステータスを確認したの。そしたら、今まで見たことないスキルが記載されていた」
カナタはどきりとする。
「なんて書いてあったんですか?」
彼女は端末を取り出して、その箇所を読み上げた。
「スキル名は『
メイジルーラー。
魔法を統べる者。
「あ、けっこうガチめなやつきましたね」
「なんだか強そうね! カナタさん!」
ノルンがウキウキした声を出した。
「いや、統べる者だなんて、すごく荷が重いんですが……」
新米ソーサラーにはとても似つかないなと思った。ユレイナは端末を閉じる。
「どんなスキルなのかはまだわからない。でもこれまでカナタが使ってきた魔法を考えると、かなり有用だと思うわ。もしかすると一部の魔女しか扱えない『特級魔法』も、いずれ習得できるかもしれない」
ノルンは目をまん丸にして飛び上がった。
「特級魔法?! ほとんど存在しないんじゃないかって言われている古代魔法のことですよね? 一説にはユピテルミア王国にあるバクパルス砂漠は、大昔に特級魔法によってできたって」
「ああ、まああれはあれで少し経緯が複雑なんだけど、まあそうね」
カナタはにわかに怖くなった。
一帯を砂漠にしてしまうほどの力を、いずれ自分が使えるかもしれない。およそ信じ難いことだ。
だがもしその力を身につけられれば、じゅうぶん魔王に対抗できるだろう。
よわよわ勇者で転生してきて、正直な話、魔王討伐なんて無茶振りもいいところだと思っていたが、少しは可能性が見えてきた気がする。
ふと思った。
最初スキルが空っぽだったのは、このためだったんじゃないだろうか。
シオンが残してくれた魔法が時を経て変質し、いずれ僕のスキルとなって発現するために、そのスペースはわざと空けられていたのではないだろうか。
「それともうひとつ。カナタに話してなかったことがある」
「今度はなんですか……」
ユレイナは胸に手を当てて、息を落ち着かせた。自分が今から言うことを、まるで自分自身がいちばん恐れているみたいだった。
「あなたは私にとって、最後の勇者なの」
「最後の勇者?」
「この旅がもし途中で終わってしまったら――つまりあなたが死んでしまったら、そのとき私は女神ではなくなる。もう転生者を喚び出すことはできない。世界を魔王に奪われ、私は――」
そこで彼女は一度口をつぐみ、顔を伏せた。
そして、悲しげな笑顔でカナタを見つめた。
「カナタ……私ね、天界で“ヘボのユレイナ”とか“ドン底女神”って呼ばれてるの。まあ……999回転生者を呼んで999回失敗してるわけだし、薄々勘づいてると思うけど、私は天界の劣等生。無能女神なのよ。笑えるわよね?」
カナタは息を呑むだけで、すぐに反応できなかった。
転生直後のあの横柄な態度の女神とは打って変わって、今のユレイナは風が吹けば飛んでしまいそうなほどしおらしい。
「今までの勇者たちにはずっと強がって虚勢を張ってきた。どんなに負け越しでも、女神らしく堂々としていなきゃって思ってやってきたわ。でもどうしてかしら……カナタには打ち明けたい。そう思った。もう……もう限界だったのかもしれない……ひとりでこんな……世界を守るなんて大それたことを抱えているなんて。誰かにこの辛さを知ってもらいたかったのかもしれない……カナタなら受け止めてくれるって、そう思っちゃったから……ごめん。ごめんなさい。こんな姿こそ女神失格なのに……」
「ユレイナ……」
彼女の肩をさすっていたノルンも、目を赤くしていた。
999回失敗した劣等女神ユレイナはもう後がない〜頼みの綱は貧弱勇者と攻略本〜 @kanetokei
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