第2話 激情の行き先
エルフ傘の巨大な葉の影を渡り歩くように、村長と副村長のテントへと向かった。
どのテントも劣悪な状況にあって、雨風を十分に防げず、モンスターから身を守れないエルフ傘のテントのままでは長く持たないと改めて思った。
「おお、来おったか、ルドルフ」
「村長、副村長、おはようございます」
僕は村長、副村長と順番に握手を交わし、手のひらを介して魔力のやり取りをした。
「おはよう」
「ルドルフさん、おはようございます」
そして二人との挨拶を終えたときに気づいた。テントの隅には二歳年上のエルフの少女アメリアがいた。僕と同じ目的で呼び出されたのだろう。
アメリアという存在を一言で表すのなら、紅い美少女だ。ルビーのように鮮やかな紅色の光沢を放つセミロングの髪と双眸。おとぎ話に出てくる美の精霊の生まれ変わりではないかと思わせる顔立ち。新雪を思わせる白い肌。
見目麗しい女性の宝庫とされるエルフ族の中でも指折りの美しさを持っていること間違いない。
普段から彼女が着ているエルフ族の民族衣装『キモノ』も、その美しさを一層引き立てていた。
「アメリア、おはよう」
村長たちとの時と同じトーンで挨拶をした。
「……」
「こほん、アメリアさん、おはようございます」
「……」
「グハッ」
返事が戻ってこないことも、握手に応じてくれないことも、事前に予想していたが、形式上挨拶をしないといけなかった。そして案の定、睨みだけが返ってくるという結果に終わった。
「アメリア、ルドルフさんに失礼ですよ」
見かねた副村長がアメリアのことを叱った。同じエルフの女性である副村長は、アメリアの教育係でもある。
だが……。
「……族長は、私が、誰を嫌いか知っているはずよ」
そう、僕はある理由からアメリアに嫌われていた。
「ごめんなさいね、ルドルフさん。普段はとても優しい子なのよ」
副村長が困り顔を浮かべながら言った。
「まぁ、仕方ないです。それよりも始めましょう」
今の過酷な状況下では、アメリアとの関係について悩んでいる暇などない。
「さてと……お主らに伝えないといけないことは2つある。まずはルドルフの土魔法の件じゃ」
僕は固唾を飲んで次の言葉を待った。
アレクサンドリアの領主によって壁外で土魔法の使用が許可されたら、問題多ありのエルフ傘のテントではなく、土魔法で造った頑丈で快適な家に住めるからだ。
それに僕の魔力量ならたった一日で村人全員の家を用意できる。
「……とても残念じゃが……
「そんな……」
僕は膝から崩れ落ちた。昨日降った雨で地面がぬかるんでいることなど、もはやどうでも良かった。
地獄のような状況から抜け出すきっかけになると思っていたのに。
そのまま放心状態になっていると、右側から刺すような気配が感じられた。アメリアだ。長い両耳を上にピンと立て、険しい表情をしている。
「……ワシらが頼りなくて申し訳ない」
村長と副村長は深く頭を下げて謝った。
「昨晩、アレクサンドリア領主の使いがやって来たとき、土魔法を禁ずる契約魔法をサインせざるを得なかった。奴らは強大な軍事力をちらつかせてきたのじゃ」
「でも!」
そうであったとしても、これ以上死人を出さずに生き抜くためには衣食住環境の改善が必要だ。きっと何か方法はあったはずだ。僕は人生で初めて村長と副村長に抗議しようと思った。
しかし、高齢である村長と副村長の悲痛な表情を見て、何も言えなくなった。
仕方なかったのだ。土魔法を禁止されることが何を意味するのか二人とも分かっている。だが、どうしようもなかったのだ。
「ごめんなさい。話を続けてください」
「……2つ目も悪い報告じゃ」
村長、副村長ともに深いため息をついた。
「ワシらが
突如テント内に大量の魔力が放出され、全身から血の気が引いた。魔力の放出源はアメリアだった。
「ここで死ねってこと!? アレクサンドリアの領主は、いったい幾つの愚行を重ねれば気が済むの」
アメリアは目を大きく見開き、ギリギリと歯軋りの音をたてて、激情をあらわにした。そして、腰に取り付けられた鞘からロングソードを抜いた。
「アメリア! 今すぐ剣を収めなさい!」
「……」
しかし、アメリアは抜剣したまま、テントの外へと歩を進めた。
そして剣を持つ右腕を上げ、高さが30mもある
「私は、惨めな私たちを見下ろしあざ笑ってくるこの壁が大嫌い!」
言い終わると、剣を雑に鞘へと収め、走り去っていった。そのとき、アメリアの頬を涙が伝ったのが見えた。
「待ちなさい、アメリア! ごめんなさい、先に話を進めておいて下さい」
村長はアメリアが走り去っていった方向を見つめながら、厳粛な顔でうなづいた。
「ルドルフ、お主も知っていると思うが……その、アメリアは逃避行の中で父と一人の兄を亡くしておる。そしてもう一人の兄も片腕を失って……彼女の心境を理解してやってほしい」
「分かりました、村長。再開して下さい」
村長は気持ちを整えるかのように顎髭を触った。
「ルドルフ、お主とアメリアには明日からここから東方にある自由貿易都市リバティーハイムに行ってほしい。お主は土魔法で、アメリアは植物魔法で、互いに協力してミスリル・コイン100枚をなんとか稼いできてほしい」
「あの村長……僕が土魔法の才能があるのは理解してますけど、とてもそんな大金稼げません。万能保存食のエルフ豆を作れるアメリアには、可能性がありますけど」
「いいや、不幸中の幸かもしれないが……今回の惨劇を受けてリバティーハイムでも、大規模な土壁を造ることが決まったようだ。ドラゴンの巣立ちによるモンスターの移動に対して、頑強な壁があったアレクサンドリアがほとんど無傷だったことが理由のようじゃ」
「確かに土壁の建設なら僕が活躍できる可能性が……」
「いいか、ルドルフ。お主の膨大な魔力量を持ってして壁造りに多大な貢献をし、ミスリル・コイン100枚を稼ぐのじゃ」
ドラゴンと弱きものたち @JingleJin
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