第1話 たどり着いた場所

「ああ……もう朝か」


 まぶたを鈍く照らす朝日の刺激に、僕は目を覚ました。


「うう……まだ寝足りない」


 過去1か月の間、溜まりに溜まった疲労が心身の核にこびりつき、身体に鉄製の重りがつけられているかのように感じる。


「でも、起きないとダメだ」


 僕は一度全身を伸ばしてコリをほぐした後、足を片方ずつハンモックの外に出し、雨でぬかるんだ地面にそおっと降りた。


 沈んだ気分のまま周囲を見回す。


 高さ、直径ともに50cmある幹から伸びた2本の太い枝の間に、分厚く、頑丈で、大きい1枚の葉っぱが生えている通称『ハンモックの木』。それが円形状に10株立ち並んでいる。


 また、その中心に生えているのは『エルフ傘』という植物で、直径20mもある傘状の葉がハンモックの木に上から覆い被さり、雨を防いでくれている。ちなみに、風と横殴りの雨は防いでくれない。


 そして、ハンモックの中で今も寝ているのは、同じ村の人たち、つまり家族同然と言える人たちだ。


 そんな彼らは血や泥によってひどく汚れた格好のまま、文字通り死んだように深い眠りについている。


 身体をむしばみ続ける疲労も、雨風を十分にしのげない劣悪な環境で生活しなければならない厳しい現実も、いつまで避難生活が続くのかという底知れない不安も、全てのせいだ。


 さかのぼること1ヶ月前。


 僕たちの村があった大森林に突如ドラゴンが現れ、巣作りを始めた。大森林に住む全てのモンスターは、ドラゴンが放つ威圧感プレッシャーによって錯乱状態に陥り、ありとあらゆる場所で争い合った。


 モンスターの争いに巻き込まれてしまった僕たちは、安全な場所を探し求めて来る日も来る日も歩き続けた。


 1ヶ月。


 モンスターと戦いながら昼夜問わず歩き続けた日々は、死の1ヶ月と呼ぶに相応しいだろう。体力のない老人や幼い子どものうち約半数が亡くなり、モンスターと連戦を重ねた村の自衛団にも甚大な被害が出た。


 そして最終的に、大森林の東方に位置する鉱山都市アレクサンドリアへとたどり着いたのだった。


 しかしそこでも悲劇が起こった。よそ者である僕たちは鋼鉄製の大円壁グレートウォールに囲まれた安全な内地への立ち入りを許されなかった。だから僕たちは今、一日に数回起こるモンスターの襲撃に怯えながら壁外で生活している。


「よう、ルドルフ。疲れはとれたか?」

 

「う――ん、ダメかな……」


 目元にクマを刻みつつも笑顔で話しかけてくれる自警団のおじさん。戦闘服にはまだ乾いていない血がついているから、ついさっきまでモンスターと戦っていたのだろう。そんな過酷な状況でも変わらず明るく振る舞おうとするおじさんの精神力に頼もしさを感じる一方で、無理に作られたことが分かる笑顔に悲しさを感じる。


「そうか……ならこれをやろう」


 そう言って手渡されたのは、疲労回復に定評があるドリンクだった。


「受け取れないよ! おじさんこそ、使うべきだよ」


「ルドルフ、俺はお前に感謝しているんだ。モンスターと戦えないが、村の女子ども、年寄りを土魔法で守ってくれた。お前がいなかったら、彼らは全滅していただろう。だから、その礼だ」


「わかった。ありがとう」


 おじさんからの感謝の言葉に気分が軽くなったことを感じながら、薄緑色のドリンクを一気に飲み干した。


「少しは元気出たか?」


「うん」


「それは良かった。それと……村長と副村長がお前のことを呼んでたぞ。まあ、例の件だろう」


「わかった」


「村長たちの前では、言葉遣いには気をつけろよ」


「大丈夫!」

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