第4話
「あ、先輩……」
午前中の仕事を終えて休憩室に入ると、先に休憩に入っていた後輩の彼女が俺を見つけて控えめに声をかけてきた。
胸の前で力無く広げられた手のひらはなんだかとっても恥ずかしそうである。
俺もおうと片手をあげて席に着く。彼女の対面、俺の定位置。もっともこの休憩室に「誰かの席」なんて決まったものはなく、彼女がいる場所次第で俺の定位置も変わるのだが。
「え、えっと……お、お疲れ様です」
もぞもぞ、もじもじ。
やけにそわそわ緊張した面持ちで、彼女はどうにもぎこちなく笑った。
「あ、あはは、はは…………はぁ……」
あまりにもわざとらしい乾いた笑いだったが、きっと彼女にそんなつもりはないのだろう。最後に小さなため息がこぼれ落ち、狭い室内で反響しているようだった。
次のシフトの休憩時間、俺を癒すのだと彼女は言った。
つまり今日、今、なう、これから、彼女は俺に何かしてくれるつもりなのだろう。
俺は一度それを拒否してしまった手前、「気が進まないならやっぱり〜〜」なんてことは言えない。彼女が何か言い出すのを待つしかない。彼女の提案を受け入れた以上、そう何度も俺が拒否するのはモラルに反する。
なので、待つ。
ただじっと。
背筋を伸ばした状態で、彼女を見つめてじっと待つ。
壁にかかったボロい時計が、カチッカチッと秒を刻む。
彼女は恥ずかしそうに俯いていた。ときおりもちょもちょ唇を動かし、何事か思案しているようだったが、もちろん何を考えているのかは分からない。いや、大まかに言ってしまえばこれから俺にしてくれようとしていることに思いを馳せているのだろうが、その細かな内容についてまではさすがにわからん。
もにょもにょ、むにゃむにゃと引き結んだ唇が何度も動き、やがて彼女はがばっと顔を上げた。
「そ、それじゃあ、その……しましょうか。先輩の、癒し時間……っ」
言うても肩を揉んでくれたり軽くお香を焚いたりとかそんなもんだろうと思うのだが、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしたままだった。
そのまま立ち上がると、彼女は壁際のソファへと移動し、スッと素早く腰を下ろした。それからぽんぽん、自分の膝を不器用に叩く。
「こ、こっち来てください、先輩。私のふともも……その、ちょっとだけ、ここで先輩のこと、寝かしつけてあげます」
何を言ってるんだこの子は?
一瞬、真面目に思考が止まる。
それが顔にも出てたらしい。
「そ、そんな顔しないでくださいよ。言ったじゃないですか、この前、これからは私が先輩のことを癒すって。それですよ。……い、嫌ならなるべく疲れがたまらないようにしてください。……今日はダメです。逃しません」
そう言って彼女はちらりとバイト着のエプロンを上にずらした。下から膝丈のスカートが覗き……なんで安心する暇もなく、さらにそのスカートの裾が上にずらされていく。
まばゆいほどに白い脚が、一瞬で露わになる。
片手でエプロンとスカートを押さえたまま、彼女は別の手で自分のふとももをぺんぺんと叩いた。ちょっと揺れててとってもすごい。
「……ほ、ほら、先輩。スカートの上からじゃなくて、直接私のふとももに触れるチャンスですよ?」
だから逃げたりなんてしないですよね、と彼女は薄っすら笑って言ってきていた。
……まあ。
……まあ、もともと、癒しを受けるつもりではいたし。今更拒絶できるわけもないし。
俺はよちよち彼女のそばまで歩いていくと、スッと素早く彼女の隣に腰掛けた。
「ふふっ。来てくれてありがとうございます、先輩」
隣から囁くような声がした。
「……ほら、どうぞ」
そして、俺は力を抜いて横たわる。
彼女の方に倒れ込み、彼女の両手に抱き止められながら、ゆっくりゆっくり、ぴちぴちのふとももに頭を乗せた。
「ひゃっ」
小さく彼女が声を上げる。
「す、すみません。全然、嫌だったとかじゃなくて……私もこういうの、初めてなので。その、くすぐったいなって。でも、もう大丈夫です」
まだまだ緊張の残る声音だが、どうにか落ち着き払った声で語りかけてくる。
「それじゃあ、頭、撫でますね」
小さな重みが頭にかかり、それが優しく俺の髪を撫でていく。
「……先輩、今日もお仕事お疲れ様でした。先輩がたくさん頑張っている姿、私はちゃんと見てましたからね。とっても偉くて……かっこよかったです」
ああ、これはまずいなと今更ながらに自覚する。
ダメになる……というのは過剰だろうが、それに程近い、蕩けるような感覚が全身に広がっていくのを感じる。
控えめに設定された冷房のせいか、彼女の温もりのおかげか、体の芯までぬくぬくと温かくなってくる。
姿勢はあまり良くないはずなのに、どうしてか心地よい。座ったまま横に倒れている体勢なのに、不思議とどこも痛くない。むしろ痛みや凝りが溶けていく。……枕のおかげだろうか。
むにむに。
なんかこれ俺のほっぺたより柔らかいんじゃないの?
そんな俺の微調整ムーブなど気にせずに、彼女は俺の頭を優しく撫で続ける。
「いい子いい子、いい子いい子……って、私が言うのも変な感じですけど、今くらいいいですよね。先輩、いい子いい子、よーしよーし……このまま寝ちゃってもいいですからね。今日は店長もいますから、誰かお客さんが来ても先輩が対応する必要はないですし、もし必要になっても、私が行きますから。……でもそれだと結局先輩も起きちゃうかな? まあでも、だとしても、今は大丈夫ですから。先輩は何にも心配せずに、私の声を聞きながら、リラックスしてください」
柔らかい言葉をかけながら、優しく頭を撫でてくる。
「たくさん頑張ってる先輩は、たくさん疲れて当然なんです。だからこそ、私にこうして癒されて、ただ気持ちよ〜く眠っちゃうのだって、頑張った先輩が持っている当然の権利なんです。思う存分、癒されていいんですよ。好きなだけ気持ちよくなってください」
言葉一つの節々が、全力で柔らかい。
本気で俺に癒されてくれと言ってくれてるのが伝わってくる。
ああ、これ、普通に無理だな……。
余裕で寝れる。寝れてしまう。
俺の心に染みる言葉を、彼女はなぜか的確に言ってくる。
よしよしだのいい子いい子だの言われているうちに、本気で意識が微睡んでくる。
よーしよーし、いい子いい子。
よしよし、いい子いい子……
よし子よし子……
いや誰だよし子って。俺の知り合いにそんな人はいない。
「……あ。ふふっ、先輩、もう寝ちゃいましたか?」
まだ起きてる〜、と言おうとしたが、口が小さく動いただけで言葉が出ない。
温かい。心地良い。
不思議な感覚。
それからさらに柔らかく、優しく、ゆっくりと、彼女は俺の頭を撫で続け、言葉をかけ続けてくれていた。
「……先輩、いつも本当にありがとうございます。大好きですよ。おやすみなさい」
そんな言葉を最後に聞いたような気がしつつ、俺の意識は思っていたよりもずっと早く、完全に落ちた。
田舎のコンビニバイトで後輩女子が絶妙に甘やかしてくれる話。 Ab @shadow-night
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