番外四 冬休みの宿題のこと

 ところで、荒井カコは高校生である。


 摩訶不思議な過去帳を片手に遠方へ出向き妖怪を殴る蹴るなどの活動、もとい選ばれし者としての使命を遂行している一方で、彼女は高等学校に在籍するいち生徒という側面も持つ。


 そして現在は冬休み期間中で、何ならその最終日に足を踏み入れたのが今日のこと。

 ……と来たら必然、立ち向かうべきものがひとつ。


 多くの学生に日々課せられる試練。

 ある意味では、妖怪より厄介な相手。


 すなわち、宿題だ。


「どーも、こんにちは! 煙天郵便でーす」


 元気の良い声と共に、鵬天は荒井家に文字通り顔を出す。

 初めに来訪したあのとき同様、煙の体を利用した隙間からの侵入だ。


 ただ1点違うのは、窓からではなく玄関から、というところ。

 不用意な場所から入ってまたカコに不審者認定されるのを、どうにか避けようとしてのことだった。


 鵬天はそのまま部屋に上がり、居間へと向かう。

 幾度かカコに義両親からの手紙などを届けてきたおかげか、既に荒井家の間取りは、何となく頭に入っていた。


 なお図々しいことに、無い足取りは気軽そのものだ。


 が、鵬天は居間の戸を開けるや、煙の中に浮く目を丸くした。


「あれ? お嬢さん、何を?」


 そこには、静かに座って机に向かう荒井カコと、その斜め後ろで殺虫剤をかけられた虫よろしくひっくり返っている侃螺が居た。


「冬休みの宿題です」


 カコは鵬天の問いに答える。

 その手にはシャープペンシルが握られており、机にはノートと問題集が並んで開けられていた。


「ああ、はいはい! なるほどわかりましたよ! 学生さんは大変ですねえ」


 鵬天はこくこくと頷く。


 現代の人間社会を趣味で飛び回る彼は、「宿題」の概念も当然のように知っていた。

 そう言えば荒井カコもそういう身分であったと、思い出し納得しながら、視線を少しずらす。


「で、侃螺さんは?」


「余計なことを言ったので、自主的に反省をしているようです」


 カコは問題集のページをめくりながら言う。

 斜め後ろの侃螺は、倒れたまま「荒くれ人間め……」と呻いた。

 すぐに起き上がらないあたり、どうやら大分痛めの一撃を食らったらしい。


「これ本当に自主的ですか?」


「解釈の余地はありますね」


 無理のある供述である。

 しかし鵬天は「はえー」と適当な相槌を打つだけ打ち、侃螺のためにカコを追及するなどという不毛なことはしなかった。


「ま、俺は邪魔しませんよ。お手紙はここ置いときますんで。じゃ!」


「ありがとうございます」


 花柄の入った封筒を棚の上に置き、鵬天は玄関の方へと去っていく。

 逃げていく、と表現しても良さそうだった。


 さて、彼が去った後の部屋は静かだった。


 時計の針がカチコチと鳴る音に、暖房器具の稼働音。

 シャープペンシルの芯とノートが擦れる音と、消しゴムをかける音、それから2種類のページがめくられる音。


 あとは表の道路を車が走っていく音が微かに聞こえるだけで、活気のある声音はひとつも無い。


 時刻は午後の2時から3時へ、そしてやがて、5時にまで辿り着く。


 窓の外には、既に夜の裾が見え始めていた。


「…………」


 荒井カコが、溜め息未満に息を吐き、シャープペンシルを置く。


「お――」


 終わったか、とさすがにもう起き上がっていた侃螺が声をかけようとした、その時。


 部屋の中を一陣の風が吹き抜けたかと思えば、ザン、と紙束を裁断した時のような音がした。


 カコは机上に視線を落とす。

 音は全く、その通りだった。


 つまりそこに在ったのは、焼きそばに入れるキャベツのように切り裂かれた、今しがた仕上げたばかりの、宿題のノートであった。


 更に視線をずらせば、まとめて置いてあった他科目のノートや問題集も同様の惨状。

 見方によってはスプラッターもいいところだ。


 カコはシャープペンシルをそっと、筆箱に戻した。


「ケケケッ! 見ろ、大成功!」


「やったね兄ィ!」


「そら、逃げろ逃げろ!」


 と、どこからともなく3つの声がして、ガチャン! と窓硝子が割れる。

 ほどなく外から寒風が吹き込み、宿題の惨殺死体が宙に舞った。


「……荒井カコ」


 青ざめた顔で侃螺は口を開く。


 カコはすっくと立ち上がった。


「侃螺さん、防寒具が欲しくはないですか」


「いや、別に……」


 侃螺はぎこちなく首を横に振り、1歩後ろに退く。

 丁度、着火された花火から距離を取るように。


 気付けばカコは右手に過去帳を、左手に艇雲から貰った短刀を持っていた。

 彼女はそのまま、靴も履かずに割れた窓から外へと飛び出していく。


「……愚か者どもめ」


 そんな侃螺の呟きが零れるのと、遠くから「ギャァーーーーッッ!!」という3色の悲鳴が響いてくるのは、ほぼ同時だった。


 ――こうして、妖怪に絡まれがちな荒井カコの、いつにも増して妖怪づくしな冬休みは終わっていく。


 そして翌日。

 彼女の担任たる高校教師は、「荒井カコがひと通りやった宿題を何故か八つ裂きにして提出してきた」と恐れ慄くことになるのであった。

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カコの過去帳~暴虐女子高生と不愛想妖怪の喜劇的さまざま奮闘録~ F.ニコラス @F-Nicholas

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