第33話「あなたに贈る花」

王妃に城を出されてしまい、帰る場所がなくなった。


涙や砂で黒く汚れた顔を濡れタオルで拭い、息をついているとアルベールが前にしゃがむ。


「公爵家へようこそ、レティシア」


差し出された手に緊張がほぐれ、クスクス笑いながら目元を赤くしてそっと手を重ねる。


手の甲に唇が落ちればまるでおとぎ話の王子様だと鼓動が早くなった。


海を離れ、近くの街に向かうと路地裏にひっそりと建つ宿屋に入る。


アルベールが羽織っていた軍服を頭からかぶり、宿の様子をうかがっているとすんなりと中に通された。


二階の奥の部屋には騎士の恰好をした男性が立っており、アルベールが近づくとスッと頭を下げる。


「ご無事でなによりです、アルベール様」


「あぁ、不審な動きは?」


「特にございません。……海で起きたこと以外は」


「後はまかせた。終わり次第、休んでくれ」


ススッと騎士は一礼し、あっという間に宿を出てしまう。


アルベールは騎士としても強い人だったと、あらためてすごい人を好きになったと頬を染めた。


まるで貴婦人のように手を引かれて部屋に入ると、少しだけ北の塔に似ていると目を丸くする。


借りた軍服をベッドに置くと、ボロボロの足元を見下ろした。


ここまでは恥ずかしながらもアルベールに抱っこされてきたが、宿屋につくと足を下ろした。


木の床に私を傷つけるものはなく、安心して歩けたが痛みはありぎこちない動きとなった。


「ごめんね。このあたりとは縁がなくて。急いで馬を走らせてしまったから手が回らなかった」


謝ることではないと勢いで首を横に振る。


助けてくれた、追いかけてきてくれた。


それが充分すぎるほどうれしいことで、情に火照ってアルベールを見つめる。


「ありがとうございます。……ごめんなさい。私、アルベール様の気持ちを疑いました」


たとえほんの僅かだとしても、アルベールの想いに対する自信のなさが露呈した。


「カロルが……魔女と知りました。母とも知り合いだと」


「……そうみたいだね」


不安定な気持ちに対してアルベールの反応がやけにあっさりしているものだから、私は緊迫感にアルベールの袖を引っ張る。


するとアルベールは目を細めて穏やかに微笑み、私の黒髪をひと撫でするとベッドに押し倒す。


ぎこちなく手のひらをアルベールの腕に這わせ、ソワソワする感覚にぎゅっと握った。


「魔女だからって何か問題でもある?」


「……」と口を開いたまま、言葉が出てこない。それにアルベールは晴れやかに笑った。


「なにを信じるかはレティシアが決めることだ。レティシアにとってのカロル。それがすべての答えだ」


少しの間、過去に埋没する。


目が涙でチクチクして、懐かしい幸せの象徴を思い出して控えめに笑い声をあげた。


「はい! 私の好きな方はアルベール様。信じたいのは自分の気持ちです。アルベール様もカロルも、大好きです」


ずっと肩に力が入って、気も張りつめていた。


袖を握っていた手を背中にまわすと、アルベールの重みに安堵して身を沈める。


あたたかいと綿に包まれる感覚にふわふわして、何も考えられなくなって、落ち着いて目を閉じた。



***


公爵家の一室を開けてもらい、身を整えてもらいながら勉学にはげむ。


王立図書館とまではいかないものの、公爵家にも十分な本があり、刻まれた知識に花を飛ばした。


「わぁ~!」


しばらくの間、庭園の一部を花の入れ替えで封鎖していた。


公爵家の敷地は広いので見どころには困らないが、入れ替えとなると期待に胸がはずむ。


季節外れの花は来年も咲くものは温室へ移し、年中飽きの来ない場所だ。


舗装された道の両側にハツラツとした顔を太陽に向ける黄色い大きな花、ひまわりだ。


これだけたくさん咲いているのに見事太陽に花を咲かせるのは圧巻ものだった。


「アルベール様、ひまわりの花言葉を教えてください」


黒の前髪をアルベールの指がかきわけ、銀色が額に触れてくすぐったさに微笑む。


空色の瞳にうつる私はいつだって太陽でありたいと目を輝かせて顔をあげた。


「《私はあなただけを見つめる》」



【恋の罪の章 了】

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暗黒王女は恋の罪にほんろうされる〜恋の魔法をかけて両想いになりました。罪悪感にたえられず魔法を解除したのですが、変わらず溺愛されて逃げられません〜 星名 泉花 @senka_hoshina

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