第32話「牙を隠すのが上手な人」
アルベールの肩を押し、顔だけコルネリアに振り返る。
手のひらに火を浮かせてランタン代わりにするコルネリアの気持ちが現れない表情に心臓が握られるも、絶対に目を反らすものかと胸を膨らませた。
「私、アルベール様といます。怖いことはたくさんあるかもしれません。だけど、好きな人といることをあきらめたくないんです」
今まで感じることさえ拒絶していた想いがあふれ出し、視界がにじむ。
カロルに大切に育ててもらい、幸せだった。
本当の母と慕うほどに大好きで、笑顔を知った。
それでも消えてくれない憂いはあって、本当の母はどこにいるのだろう、王女なのだから城にいるのだろうかと遠い目をした。
たくさんの愛情をもらったからいまさら王妃になにかを求めるわけではない。
それでもせめて、レティシアとして生まれてきた意味を知りたかった。
「きっと私はこの先も”恋の罪”を犯したことは許せない。だからアルベール様に渡す花を探したい」
それはスズランかもしれない。
だがそれだけでは足りないと、私はもっとたくさんの花を贈りたい。
長い年月にもらった分だけ、いいやそれ以上の花を贈れる人でありたいと、裸足で砂浜に足をつけた。
「王妃様とは違う道を探します。私はアルベール様との違いさえ好きだから」
「……はぁ」
真顔で私から目を反らさなかったコルネリアがため息を吐くと、額に手のひらをあててぐりぐりと回す。
反対の手で燃える炎が風に揺れてボッボッと音を鳴らした。
「アタシは危険をおかしてまで、なんのためにここまで来たのやら」
じろっと恨みがましそうに上目で私を睨むと、額を抱えていた手を突き出して私の額にベチンと叩きつけた。
「まったく気持ちがわからんね! アタシは男が嫌いだからね!」
「いたっ!?」
指先を弾いて額の中心に強烈な一撃を食らう。
ツンとした痛みを指先でさすると、アルベールが一歩前に出て高身長でコルネリアを見下ろす。
女性にしては身長が高く、スラリとした身体のラインのコルネリアがアルベールの威圧に反抗して、むすっと睨んでいた。
「まぁレティシアが決めることだ。どうしたいかを決めるのは自分だからね。母親を言い訳にしちゃダメだ」
「……ここに残ります。私は、アルベール様に幸せだって思ってもらえるよう頑張りたいから」
「そう。じゃ、頑張って」
そう言ってコルネリアは背を向け、ひらひらと手を振り、遠く離れたところへ向かう。
赤く短い髪に、実は情に熱い人なのだろうと胸があたたかくなり、私は晴れやかな笑みを浮かべた。
「なに懐いてるの」
「……アルベール様? ――っ!?」
後頭部に手を回され、顔が近くなったと思えば唇をガブリと噛まれてしまう。
暗闇で見えないとはいえ、夜目に慣れてしまえばぐしゃぐしゃな顔がばれてしまうと逃げようとしたが、執拗に食ってかかる口から逃げられない。
花を贈ってくれるロマンティックさはどこにもなく、同一人物かと疑うほどに獰猛な人がいた。
「追いかけていたらこんな所まで来てしまった。レティシアは逃げ足が早いね」
ペロリと唇を舐められれば恥ずかしさが限界だ。
今までは泣きそうな声で小鹿のように震えるしかなかったが、もう好きな人も自信も、全部欲しいのだから背伸びをしてみせる。
「逃げません。アルベール様から逃げるなんて」
「……思っていたよりもレティシアは噓つきなようだ」
アルベールは牙を隠すのが上手だ。
渇いていた唇を簡単に潤して、口の中はねっとりと舌が絡んで、ときどき噛まれてしまうのだから。
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