下車後
翌、5月21日。
新高天原の病院で、佐々木健二は目を覚ました。
そして、ロボと名乗っていた女性警官から、説教を受けていた。
「――というわけ。あんたが海に捨てた死体は最初から死んでた。だから、隠蔽しようとしなければちょっと怒られるだけで済んだんだよ」
「ははは、そうなんですね」
「本当にちゃんと聞いてた? 隠蔽しようとしなければちょっと怒られるだけで済んだ、って言ったんだぞ? つまり、隠蔽しようとしたから怒られるだけじゃ済まない、ってことだからな?」
「はい、そうですね」
自分は何らかの罰を受ける。
そう聞いても、心は何故か晴れやかだった。
今俺は、何も偽っていない。
今俺は、生きてる。
そして、あの子を救えた。
だから後は、だ。
「刑事さん、お話があるんですが」
「ん、なんだ?」
俺の真剣な様子に気づいてか、彼女も居住まいを正してくれた。
この人は、俺が偽刑事をしていたことは知らない。
詐欺の受け子をしようとしていたことも知らない。
ただ、新島社長の死体を撃って捨ててしまったことを知っているだけだ。
それだけでもどうやって知ったんだって、新高天原警察の捜査力が恐ろしくなるけど。
それじゃ、駄目だ。
それじゃあ、足りない。
「そもそも俺がグローリーライナーに乗っていたのはですね――」
俺は今日変わる。
今から変わる。
あの子に。
ヒマリちゃんに恥じない人生を送るんだ。
刑事のおじさんには、なれそうもないけど。
同日。人工島新壱岐。
とあるマフィアのボスは、震えていた。
「毒を用いて妻を殺した農夫がいた。毒は妻の墓から畑に流れ込み、農夫は死んだ」
「なんなんだよお前はぁ!」
手に持った拳銃を撃つ気力は、もうない。
「道の邪魔であると桜の枝を手折った男がいた。やがて桜の木は枯れ、男は下敷きになり怪我をした」
何十人もの手下たちが囲んで撃っても、こいつは死ななかったからだ。
その手下たちは今、床に転がっている。
真っ二つにされて。
「運などというものは存在しない。全ては誰かの意志が起こした行動。その結果。そしてその結果の積み重なりである」
死ぬ?
俺は死ぬのか?
この、マフィアのボスである俺が?
「結果の積み重なりは即ち、意志の積み重なり。善意も悪意も混じったその積み重なりが、世界を作っているのである」
男が目の前にやってくる。
般若面の、着流しの、狂った男がやってくる。
「業だ。業である。己の業が、己を燃やす。己の業が、己を助く」
「ああああああ!?」
俺は拳銃をこめかみにあて、引き金を引いた。
……死んでいない?
「俺は地獄の検非違使、名は源祇園精舎。妖怪斬りを生業とする罪人なれば」
手元を見る。
斬られて二つになった拳銃が、あった。
もしかして、助けられた。
俺は、助かる?
「あ、ありがとうございます! もう二度と悪いことはしません!」
「即ち」
男が刀を振り上げる。
「……え?」
「因果応報なり」
同日。新高天原グランドホテル。
その一室で、小鳥遊ユアは頭を下げていた。
「あの、その、ごめんなさいヒマリちゃん。私……」
「ユアちゃん、謝るのはヒマリのほうだよ!」
どういうことだろう?
謝るのは、私の方のはずだ。
無意味に真実を振りかざして、ヒマリちゃんを傷つけた。
知らない方が良い真実もある。
私は学んだ、学ばされたのだ。
あのポンコツロボに。
私の憧れていた新高天原警察の真実は、かなりショックだった。
ヒマリちゃんも魔法少女やロボ人間がいないと言われて、ショックだっただろう。
私はヒマリちゃんに悲しい気持ちになって欲しくない。
だから、悪いのは私のはずなのだ。
ゆっくり頭を上げて、ヒマリちゃんのほうを伺う。
ヒマリちゃんは、珍しく悲しそうな顔をしていた。
「お父さんとお母さんにね、言われたの。ロボ人間はいないって」
ヒマリちゃんに抱きつかれる。
ちょっとびっくりしたが、抱きしめ返す。
暖かい。
嬉しい。
「それなのに、意地をはってユアちゃんに謝れなくて、ごめんなさい」
「ううん……ヒマリちゃんは悪くないよ」
ヒマリちゃんと抱きあえている。
ヒマリちゃんと、友達でいられている。
「その、ヒマリちゃん……」
「……なぁに?」
もう私は十歳だ。
でも、まだ十歳なのだ。
だから、まだまだ失敗するだろう。
だから、まだまだ成長できるだろう。
私は学んだ。
私には、まだまだ知らないことがあると。
つまり私は、まだまだ伸びしろがあると。
「大好きだよ」
これが言えたのは、大きすぎる成長。の、はずだ。
同日。特別留置場。
全てのものが白で染められた、その場所。
真っ白な簡易ベッドに、真っ白な貫頭衣じみた服を着たA/アルファは寝転がっていた。
足の先には、ワイシャツジーパンに黒ヘルメットのフィーネマン。
二人の間は、鉄格子が区切っていた。
「さぁ、約束を果たしに来たよ!」
テンション高いフィーネマンに、寝ころんだまま返す。
「なんで本当に生きてるんだよお前……」
「それはもう何度も聞かれてるけど、運がよかったとしか言いようがないんだよね。この身体も新調したおニューのボディだし」
すっと起き上がりベッドの上で胡坐をかく。
フィーネマンは、肩をすくめていた。
「それで、だね」
フィーネマンの纏う雰囲気が、少し変わった。
恐らく、真面目な話をするのだろう。
「君たちには二つの選択肢がある」
指を二本立てたフィーネマンに、顎で先を促す。
「一つは、特別刑務所に送られること。新高天原は法律が違う。今僕たちが把握している罪状だけでも、少年院送りには出来ない。刑務所しかない島で、一生過ごすことになる」
「で、もう一つは?」
「その前に、少し話さなきゃいけないことがある。……二人とも聞いてるんだよね?」
『聞いてるって、言っておいて』
「おう、聞いてるよ」
フィーネマンは頷くと、語り出した。
「これは完全にオフレコなんだけど、半年前からだね。半年前から、新島社長は突然ボロを出し始めた。それまで怪しい怪しいとは思ってたんだけど全然確証を掴ませなかったあの大悪人が、だ。これ、なんでだと思う?」
「知らねぇよ」
答えつつ、半年前というところにひっかかる。
「誰かがね、ニューアイランド製薬の悪いことしてるところばっかり狙って、襲撃事件を起こしまくってたみたいなんだよね。それの対応に追われたせいで、新島はボロを出して、僕たちは動けるようになった」
「それって……」
「こんなこと言ったら絶対駄目だけど、僕はそいつ【ら】に感謝してる」
「そりゃ……」
何か言おうとした俺を、手振りでフィーネマンが止めた。
「ここから先が超本題だ。君、
「ウチって、は? 俺に警察になれっていうのか?」
「そうそう、その通り」
「はっ」
鼻で笑う。
バカげてやがる。
こんな人殺しの悪人が、警察だなんて。
『……悪い話でもないんじゃない?』
「いや、ありえねぇよ……」
俺が、私が、そんな【正しい】側になんて――。
パン、と。
フィーネマンの叩いた手が、俺の思考を打ち切った。
「時間はまだまだ取ってある。どうか、ゆっくり考えて欲しい」
黒いヘルメットが、鉄格子にギリギリまで近づく。
「新高天原の闇は深い。僕たちは強い仲間を、手当たり次第に探してる」
聞いたことがないほど真面目なトーンで言い切ると、やつは再びおちゃらけた。
「君なら祇園精舎くんの百倍マシだし! あいつ本当に言葉が通じないからね!」
くるくると回りながら、鉄格子から離れる変人。
「それじゃあ、正義のヒーローは忙しいからまたね!」
「おい!」
立ち去ろうとするあいつを、引き止めて尋ねた。
「なんだっけ? あの、女性歌手の」
「aikoかな?」
振り返ったフィーネマンに、イヤホンを投げつける。
ずっと、俺の耳で音楽を流していたイヤホンを。
「悪くなかった。だから別のアルバムもってこいよ、退屈なんだ」
「そこは天才といいたまえよ!」
スキップしながら去っていく、正義のヒーロー。
「警察、か」
『私は、どんな道を選んでもアルファの味方だから、ね?』
「あぁ、ありがとう。A」
同日。新高天原砂浜。
牧野こまりは、生きて打ち上げられた。
しばらくして、目を覚ます。
「こ、こは」
白い砂浜。
新高天原だ。多分。
「あー、しんどい」
体のあちこちが悲鳴を上げてる。
でも、やった。
体の感覚からして、一日は経ってるはずだ。
「最悪の日を、乗り切ったー!」
力を振り絞ってガッツポーズ。
多分今日は5月21日だろう。
なら、今日は運勢最高の日だったはずだ。
それを裏付けるように、上の道路から私を見つけた人が、一人でやってきた。
……この人、どこかで見た気がするけど、まあいいか。
場所は……問題ない。事故死に見せかける算段も……ついた。
「だ、大丈夫ですか!? って、あれ?」
牧野は思い出せなかったが、彼女は車内販売員の氷取沢愛生その人であった。
昨日の事件の後、解雇通知を叩きつけられた彼女は、あてもなく散歩をしていた。
そこで、打ち上げられた牧野を見つけたのだ。
氷取沢も牧野を見て何か思い出しかけたが、結局思い出せなかった。
思い出したところで、そもそも氷取沢は牧野の【本性】を、知らないのだが。
「えっと、どうしよう! 通報、ってスマホは真っ二つで……どうしよう!?」
慌てる氷取沢が、牧野に背を向ける。
ゆっくり。
ゆっくり。
牧野は氷取沢の背後に近づき。
「えぇ!?」
何かに気づいた氷取沢は、慌ててその場を離れた。
牧野に気づいた、訳ではなかった。
「……え?」
見上げた牧野が最期に見たのは、自分に向かって降ってくる【冷凍マグロ】だった。
そして、冒頭に至る。
タブレット端末から浮かび上がった情報を、フィーネマンこと来井六郎はつついた。
「殺人ドミノの最初の一ピースが、これとはねぇ」
牧野君を死に至らしめた、事故。
最後の一ピースは、冷凍マグロを運搬するトレーラーの横転だ。
なんだか昨日も聞いたような原因で、僕は二日連続失恋死に別れしたわけだ。
だが、その横転事故は、複数の原因がドミノのように連鎖して起きていた。
一つ一つは取るに足らない出来事の、最初の一ピース。
それは、新高天原駅に突っ込んだクレイジートレインから飛び出した、あるナイフが起こしていた。
牧野君の、ナイフが。
「先ほどの問いですが、警視」
「だから二階級特進させるのやめてよ。それで、運ってあると思うかみたいな話だっけ?」
運。
それに僕は助けられたと言ってもいい。
それに牧野君は殺されたと言ってもいい。
だが、このサイボーグボディでそれを信じるのは、少しどころじゃない矛盾だ。
「私は基本、存在しないと思っていますが……」
そう前置きしてから、彼女は血の海の中で眠る小柄な女性を指さした。
氷取沢愛生君だ。
昨日の事件の次は、こんな事件に巻き込まれて。
今、牧野君の血だまりの中で、ショックで気絶している。
「彼女は、運が悪いと思います」
「それは……」
数秒、考える。
「そうだねぇ」
流石に昨日は、反省することばかりだ。
余りにも、余りにも
だから、入れ込み過ぎた。
バレバレの嘘を吐いて。
自己嫌悪に苦しんで。
少し後押ししたら、とても上手に踊るんだもの。
彼女以外に、あんなに
だからって入れ込み過ぎたし、最後は一皮剥けてしまった気もする。
そもそも、死んじゃっても彼女の傷になるからいいやと思って動いたのがよくなかった。
彼女も危険に晒してしまったし、反省だ。
私以外が理由で彼女【だけ】が死ぬなんて、考えたくもない。
「その、【ヒマリちゃん】……」
あぁ、最愛の人がいるのに、別の人のことを考えるなんて。
やっぱり、反省することばっかりだ。
「……なぁに?」
同じホテルのベッドの上。
抱き合っている彼女の声が、心地よい。
私のユアちゃん。
私だけのユアちゃん。
私は友達がたくさんいるけど、彼女の友達は私だけ。
自分を賢いと信じて。
無自覚に周囲を見下して。
無益なプライドで唯一の友達とも中々仲直り出来なかった。
余りにも
「大好きだよ」
――。
成長なんてしなければいいと思っていたし、そのように後押しするつもりだった。
でもこれは、嬉しすぎる誤算だ。
「私も大好き!」
強く抱きしめてから、身体を放す。
「ねぇ、ユアちゃん!」
至近距離から彼女を見つめる。
「な、なあに、ヒマリちゃん?」
絶対に、放さない。
「ずーっと、友達でいようね」
(終点)
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クレイジートレイン 湯野正 @OoBase
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