終章:祈り

「そうしてジャックは天に昇っていったんだ……たぶん」

「ふうん」

「ふうんって……。信じられないかもしれないケドね、ケッコー感動的な最期だったのヨ?」


 全てが終わった後日、報告のためにまた図書館棟へ央一は足を向けた。

 音々子と向かおうかと思って彼女の教室に寄ったが、今日は休みだとクラスの者に言われてしまった。央一は確かにあの瞬間の音々子がそう・・ではなかったという確信があったので、そりゃあ休みもするわ、とおとなしく一人で校舎を出たのだった。


 いざ図書館棟でナターシャを呼び出そうとそのへんにいる職員に話しかけると、まるでロシア系美人司書をナンパしに来たみたいな扱いをされてしまう。


(そォーんなに俺って読書から遠そうな風貌してるかねェ? 偏見じゃございませんコト?)


 などと少しだけ不満をもってみた。そもそもナターシャはパンツスタイル派のようだし、央一の食指は動かないのだ。

 今日もナターシャは、五階の郷土資料貸出禁止フロアで待っていた。早速あの日のように窓際の読書スペースへ案内されたのだった。


「あの町にはいわく・・・がカッチャカチャしとる。そんなガ序の口やゼ」

「エ」


 マジで? と央一が視線で問いかけると、ナターシャはこっくりとうなずいた。


「ハーッ、なんのこっちゃ」

「この花重綱はなえつな町、現代はただの田舎の漁村のカッコウしとるけどンも、昔は相当賑々しい港町やったという話ヤチャ」

「なるほどねン」


 要は、それだけの人間の往来があると、その数だけのドラマがあり悲しい出来事もあり、ということだ。


「加賀百万石はダテじゃあないってね」

「ジャックの時代でも、人口五、六万はくだらん」

「……俺、ずうっとこの町にいるケド、全ッ然そんなことみじんも考えたことなかったワ」

「学校で歴史習ったやろが」

「ソだけどサ」

「なあ、学校なんかで教えてもらうのはそれこそ表向き。今を生きていく人間のための情報。……死んだ者のことは忘れた方がいいガ」


 ナターシャが席を立ったと思うとフロアの奥へと歩いて行ってしまう。なんとなく央一についてこいと、言っている気がしてのこのこ金髪おさげを追う。

 

「コーシチカはあの夜のうちにドレスとネックレスを返しに来た」

「あー、すまん。俺は食事当番だったから行けなかったのよネ……」

「まだうちで寝とっちゃ」

「エッ!? ねこちゃん、ナターシャの自宅にいンの!? わわわァ~贅沢な百合ユリだコト~」

「だらが(バカか)」


 一言で冗談を突っ返されてしまったが、黒髪ジャパニーズ美少女と金髪ロシア系おねいさんが仲良く一つ屋根の下、というのはなかなか貴い光景なのは確かだ。ちょっと見てみたい央一。


 ナターシャがフロアの奥を目指していたのは、そこに職員用の控室のようなものがあるかららしい。しかしそこにナターシャ用のパソコンや分厚い本の詰まった本棚、3D的に雑多展開されたデスクの上、それから家族の写真などをみたところ、もしかしたらこの金髪おさげ司書はエライ身分なのかもしれない。

 央一はつついただけで崩れそうなデスクから写真たてを手に取った。


「これナターシャのおばあさん?」

「うん、そやチャ」

「……俺、死んだ人のこと覚えてるのってヨクナイノカナーっなんて考えたことあるけど、別にイイもワルイもねエんだなって最近思うよ」

「……」

「忘れたくても忘れられるもんじゃあねえし、そこにあるんだから、記憶がサ。しようがないのよ、って思うのヨ、ね」

「……何かあったガ?」


 央一はそうっと写真をデスクに戻した。元の場所にはスカーフが垂れてきてしまっていたので、スカーフは畳み直してから積んである本の上へ、それから写真をようやく平らなデスクへ立てることに成功した。


「まア、ちょっとネ。……俺のお袋が死んだときに、父親もいなかったし、ほかに俺が持っておくものが無かったってだけでサ。思い出くらいなら、荷物にならねぇんじゃねえかなって」

「……かんにんえ(ごめんね)」

「気にしてねエよ。親父がいなくなったのも笑い話みたいな話だし」


 央一はカラカラ笑うと、振り返った。


「……忘れないのも、いいんじゃあねエのかな」


 デスクと反対側の壁には、T県水舘市周辺の地図が幾枚か掲示してある。古い地図もあれば、見慣れた最近のもあった。


「故人をしのぶのもええガね。でも、それにりつかれちゃいかん。寄ってくるチャ」

「ナターシャも、何かあったのか?」

「わしの話はいいガ。コーシチカは天性ヤチャ、媒介にされやすい体質みたいやから、気ィつけられ」

「……ああ、そうするよ」


 ナターシャがこれだけ過去を思い出すことを止める意味はわからないが、それだけ注意してくれる大人の家に音々子が匿われていることにはそれなりに安心感があった。何か知っているようだからだ。


「央一、今日はだいてやる。何が食いたい?」


 いつの間にか退勤支度が整った格好で、ナターシャがこの部屋の鍵をチャリチャリと見せてきた。

 

「えーーーーーーーーーーッ!? いたいけなDKをたぶらかそうとしてる!? 何てエロビ!?」

「ちんとしとられま(大人しくしていなさい)、一応図書館やがいゼ。まったく……ねんねのようやちゃ(こどものようだ)。アンタもここいらのもんやろうが、白々しらじらし、おごってやる言っとろうにか」

「アハハ~わかってるっての! で、何喰わしてくれるの?」

「行きつけのおでんでいいガ?」

「うまそ! ねこちゃんも起こして行こうぜ!」

「そやチャ、コーシチカにもそろそろろくなもの食わせんと」

 

 連れだって職員控室を出ると、フロアには強い西日の時間帯は終わっており、夜が近づいていたのがわかった。

 フロアのカーテンは下ろされているが、シンとした大きな建物は学校にも似た何かの気配を感じられる。それが夜なのかもしれないし、もしくは違う何者か――。


 ふと、央一の頭に過る。


(ここで奢られずに帰ればもう、ねこちゃんとはコンビ解消なんだろうな……でも俺は行くぜ。その方が絶対三年間学校生活楽しいからな!)


「謎解き? 冒険? お祈り? ……――鎮魂! そうだそれ!」

「は?」


 ガチャン、と意外と古そうな音をさせてナターシャが控室の鍵を閉める。それからほど近い場所にあるフロアの明かりのスイッチをパチパチと消していった。最後の電灯がナターシャの高い鼻が怪訝けげんそうにしている影を消した。

 

「ねこちゃんがこの学校にいる限り、これからもきっとジャックや鶴子さんみたいな人達と出会うだろうと思うのよ。でもサ、俺は連中のために祈るよ」

「……」

「性善説じゃあないけど、人間の頃はいろんな縁があって業があって、一生懸命生きてたと思う。だから今は少しでも……まァ猫ちゃんのこと見てあげないと、どっかでぶっ倒れてるかもしれないしねエ! なんつって」

「フン……青春やねえ」


 夜は更ける。


 朝は来る。


 海、山、林、丘、学園。


 何者にも等しくこの町はあったか、この歴史はたれぞ知る。


 この話はいずれ、また。


「あ、部屋に家の鍵わすれしもた」

「マジで!? しっかりしてよナターシャ~……」

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ボクらの鎮魂譚 紅粉 藍 @lemondodo-s_island0510

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