スライムハンターズ ~草原のしおひがり~

プロエトス

短編 「草原の汐干狩」

「たかがスライムと甘く見ないこと! 触っちゃったら一晩中ヒリヒリするんだから……ですわ」

「いいか、お前たち! あんまり遠くに離れるんじゃないぞ!」

「「「はーい!」」」


 長い草が刈り取られ、道路がかれた草原の一画いっかくに子どもたちが集結していた。


 領主の娘である銀髪白肌の美少女クリス、開拓村の子どもたちをまとめ上げるリーダーを担う最年長にして赤毛褐色肌の少年イヌオ、その両名の正面には男子六人、女子四人、合わせて十人、いずれも未成年とされる十五歳以下の少年少女たちが並ぶ。


「にゃははは、そんな注意しなくても平気だってぇ」

「そうそう、みんなスライム狩りは初めてじゃないんだからさ」


 と、イヌオの子分格に当たる少年二人――サルフとキジィが軽口を叩くも。


「バカヤロウ! ここにだって猛獣や魔獣は出るんだぞ。気を抜きすぎるな!」

「危ない茂みに近付かなくったってスライムはわんさかれますわ! 今日の目標一〇〇匹! さぁさっ、ガチで気張きばってきますわよっ!」

「「「オー!」」」


 イヌオの一喝いっかつとクリスの号令が響き、皆は掛け声を上げ、三々五々さんさんごごに散っていった。



 ここは熱帯の大草原サバナひらかれた小さな開拓村である。

 男爵相当の成り上がり貴族を領主とし、その一族を含めて現在は二五〇名ほどが暮らしていた。


 貧しい村には仕事が多く、人手はいくらあっても足りない。

 たとえ子どもであろうと何かしらの作業を割り振られるのが常だ。


「いた! 立て札の根元にいっぱい! 溶かそうってか、このめら」

「こっちも。ちっせえくせしていっちょまえに伸びてんぞ」

「きゃーっ! きもーい! かわいい!」


 スライム狩り。


 平均十センチほどの不定形生物……それがスライムと呼ばれる雑魚ざこモンスターだ。

 緩慢かんまんうごめき、臆病おくびょうで大人しい性質をした、そのアメーバ的な生き物を大量に捕まえること。

 それこそ彼ら十二名に与えられた本日の業務おてつだいなのである。


 それぞれすきやレーキで地面を探っていけば、次第にオレンジ、緑、水色……鮮やかな色をしたそいつらが、ぷるぷるヽヽヽヽ感をたたえたゼリー状の姿形で出現する。

 土の中や石の陰から日のもとへと引きずり出され、どこへともなく逃れようと粘体を伸び縮み。


「そら! 捕まえろ!」

「ほいっと! くすくす、なんてちっぽけなのかしら」


 そうはさせじと、子どもたちは手早く金属製のバケツに放り込んでいく。


「ふふふ……かわいそうだけど、これからはあなたたちのおうち、おトイレの中なのよ」


 こうして集められた多数のスライムは、主にゴミ処理で活躍する。

 これでいて、時間さえあれば大抵の物を綺麗さっぱり分解吸収してしまう自然の掃除屋なのだ。

 ゴミ捨て穴にまとめて放り込んでおくだけで、村の環境衛生はお手軽に解決してしまう。


 そんなこんなで順調に獲物が狩り集められ、しばし。


「わっ! 見て! 大物がいましたわっ!」


 イヌオ、サルフ、キジィの三人をお供に周辺警戒に当たっていたクリスが矢庭やにわに叫ぶ。

 皆が一斉に目をやれば、彼女が手に持った長い杖で指し示す先、直径三十五センチもの巨大なスライムが一匹、もそもそヽヽヽヽと草の葉先をんでいる様子が見えた。


「うはっ、でっかい」

「こりゃバケツに入らんなぁ」

「タライ持ってくる?」

「みんなでゴミ穴まで追い立ててったら良いんじゃないの? ですわ」


 貴族令嬢であるクリスの提案はツルの一声。

 加えて言えば、時間的にも収穫的にも、ぼちぼち引き上げ時である。

 もう既に満杯となっているいくつものバケツを大八車だいはちぐるまの荷台へ積みこむと、各々おのおのが携えている長いの農具で巨大スライムをつんつんつつき始めた。


 ゴロゴロと車輪を転がす荷車と並び、スライムは意外に素早い動きで進んでいく……が。


「すっとろいですわね! このっ!」


 それでも遅さに我慢できず、クリスが革靴をいた足で粘体を蹴った。


――ぷるぷるっ。


 まさか痛みを感じたわけではなかろうが、するとなにやらスライムは震え始める。

 次の瞬間! びゅーっと一筋、粘液が吹き出され、地面に小さな水溜まりを作った。


「きゃっ! ……っとっと!?」


 ほぼ無害、されど予想外の反撃?に驚き、クリスは片足を上げた体勢でバランスを崩し……。


――べちゃっ!


 よりにもよって、その粘液の上で尻餅を突いてしまう。


「ああっ、やっちゃった!?」

「服だけ溶かす液に!」

「大丈夫だ。皮革かわなら溶かされねえ」


 そう、スライムが吐く特殊な液は、衣服だけを溶かす性質を持つのだ。

 羊毛布やなめしヽヽヽ革などであれば例外的に害されずに済むのだが、はたして。


「ぎにゃあ! お気に入りのスカートがあ!?」

「なんでそんな服で来たんだよ、お嬢!」


 すかさず立ち上がるも、慌てて両手を後ろへ回しながら後退あとずさるクリスだった。



 一応、美少女の名誉のために書き記しておこう。


 お尻の周りだけ真ん丸に溶かされたスカートと丸見えになった毛糸のパンツを目にしたのは、たまたま通り掛かった彼女の幼い弟だけだったということを。


 なお、彼がその後、どんな理不尽な目にわされたのかを語る者はない。

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