第5話 口説かれたからお受けします

 ◇





「では殿下がかかった"呪い"というのは、"フィアー恐怖"だったのですか」



 落ち着きを取り戻した神殿で、私は神殿長の部屋にいた。


 部屋の主神殿長は、ドラゴン・ゾンビ騒ぎの後始末で陣頭指揮に出ているから、いま、この部屋はアンセル殿下と私の貸し切り状態になっている。

 フロスティーネ様は施療院で治療中だ。


(補佐役の迎えに、まさか殿下が直々、おでましになるなんて)


 そのタイミングが、ドラゴン・ゾンビの復活と重なったことは、人類にとって幸運だった。

 アンセル殿下がいらっしゃらなければ、あの巨大ゾンビがどれほどの被害を出したことか。

 想像すらしたくない。



 そして今、語られている、殿下のお話。


 彼を苦しめた呪いは、"フィアー"だった。


 "フィアー"は精神に働きかける呪縛。

 恐怖心をかきたて、対象者の判断力や行動力を奪う強力なまじない。


「ああ」


 アンセル殿下が頷く。


「今まで平気だったアンデッドが、途方もなく恐ろしく感じてしまい、恐慌に陥ってしまう始末でね。情けないことだが、どうにも解呪出来なかった」


 しかも一時的なものならまだしも、効力が持続するなど、聖騎士には致命傷でしかない。


「それで私の魔道具を、必要とされたのですね」


 イノーシュ国の希望である聖騎士団長が、アンデッドを恐れて動けないなど、国防にかかわる一大事。

 呪いの内容が極秘だったわけだ。


 もっとも、現場を共にした聖騎士団には目撃されたため、殿下を信望する団員たちが動揺して、大変だったらしい。


(それで聖騎士団全体の戦力が、下がっていたのね)

 

「このままではアンデッドたちの力が増し、冥府の封印が危うくなるところだった。キミから借りたメガネのおかげで助かった。有難う!」


 力強くお礼を言ってくださる殿下が、なぜ私の両手を握って熱く語られているのかは、きっと。

 我が魔道具にそれだけ感動してくださったということだろう。


(まさかそんなことになっていたなんて。私の魔道具、すごく役に立ったみたい)


 ちょっと誇らしい。


「ただ、激しい戦闘をするとメガネが外れやすいので、改良をお願いしたいと思ってね」

「それで私に補佐をお命じに?」


 私の言葉に、殿下が肯定を返される。


「けれど驚いた。呪具ごと浄化してしまうなんて。"フィアー"も消えて、もうメガネがなくても"恐怖"を感じない。キミの神聖力はすごいよ」


「そんな。偶然です。もしかしたら長年使えてなかった分、神聖力がたまっていただけかもしれませんし」


 そうなのだ。

 あの後、神殿預かりだった呪具を確認すると、すっかり砕けて、何の気配も失っていた。

 呪具に宿っていた"邪悪な何か"を、私が吹き飛ばしたからかもしれない。


 神聖力の性質がどういうものかはわからないけれど、またあんな力が発揮できるかと問われると、自信はない。


 それに、メガネが不要になったのなら。


「では、補佐のお話ももう、立ち消えですね」


 もともとの大役。辞退するつもりではいたけれど、殿下との接点がなくなると思うと寂しい。


「えっ、なぜ?!」


 私の言葉に、殿下が驚かれた。


「なぜって、だって」


(──私は必要なくないですか?)


 はっきり「そうだ」と言われるのが怖くて、口をつぐんだ私に、殿下は身を乗り出された。

  

「僕はこのままキミに補佐をお願いできたらと思っている。占者の予言は消えたわけじゃない。"冥府抜栓"は依然起こりうるかもしれないし、それに」


 殿下が呼吸を整えた。


「僕に力を与えてくれる存在という意味がわかったんだ」


 ──キーテ神殿に、殿下の力となる聖女がいる──


 予言の言葉が蘇る。


「それが、私……? で、大丈夫でしょうか……?」


 恐る恐る、聞き返す。


 わからないけれど。もしアンセル殿下が望んでくださるのなら。

 このまま流れに身を任せ、運命を賭けてみてもいいのかもしれない。



(だって私も、殿下のためならもっと力を尽くせる気がする)



 この感情が何というのかわからない。

 でも湧き出る勇気に嘘はない。



「こんな、怖がりの私でも……」


 殿下のおそばにいて良いですか?


 私の呟きに、ハッとしたように殿下が脇に手をやった。ソファの上に置いてあったソレを掴む。


「そうだ、これを!」


 バサッと大量の花が、目の前に差し出される。

 優しく美しい色が重なった、大きな花束。


「魔よけの効果があると言われる花を集めた。怖がりだというキミに、喜んで貰えるといいんだが。それにキミは自分を怖がりだというけれど、それを上回る勇気を持っている、素晴らしい女性ひとだと僕は思う」

「あ、ありがとう、ございます」


 胸が詰まって、お礼を言うだけで精いっぱいだった。

(どうしよう。とても嬉しい……。花束だって、初めて貰ったわ……!)


 顔が赤くのぼせていく私に、殿下は次々に言葉を足される。


「メガネのお礼もしたいし、解呪の感謝も! とりあえず、補佐の件を置いておいても、王宮に招きたい」


 乞うような上目遣いが、私の理性を溶かしていく。


「一緒に来て貰えるだろうか?」


 私はイケメンの、ううん、この方の押しに、滅法めっぽう弱いようだった。


「……お供させてください」




 こうして"ハズレ聖女"の私は、王子殿下に連れてかれ、やがて彼の妃になるんだけど。

 それはまた、別の機会に語りたいと思う──。

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ハズレ聖女の私が、王子殿下に熱望されるまで。 みこと。 @miraca

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