第4話 眼鏡しててもイケメンですね

 ◇





 キーテ神殿は、混乱の真っ只中にあった。

 裏の森での異変に、神殿の者たちは外に出て、一様に目を見張る。


 突如出現したドラゴン・ゾンビは巨体で、骨で、アンデッドだった。


(無理──)


 途端に、私の身体は恐怖に染まってしまう。


(では、術師のほうなら?!)


 筆頭聖女であるフロスティーネ様さえ、太刀打ちできなかった邪悪な何か。

 冥府のことを言っていた。呪具に宿るほど、冥府の解放を望む"念"。


 それに立ち向かうなんて……。


「!」


 ドラゴン・ゾンビに向かって歩くフロスティーネ様から、血がしたたり落ちていく。


(さっきの怪我が……!)


 酷いのかしら。骨は折れてる? きっとすごく痛い。


 フロスティーネ様は困った性格ではあるけれど。

 間違いなく優秀な聖女。


 私と同じく早くから家族と引き離されて、それでも国のために戦い続けた、頼りになる先輩。



 それをみすみす、奪わせはしない──!!



 覚束おぼつかずに震える手で、ポケットからメガネを取り出す。

 アンデッドが野菜に視える魔道具、試作品その2!


 恐怖耐性10割増しの効能を、今こそ発揮すべき時。


 メガネを掛けると、途端にドラゴン・ゾンビは姿を変えた。

 私は目当ての聖女を見る。


「フロスティーネ様から離れろ、邪念め!!」


 ありったけの力を振り絞り、浄化の聖呪を彼女にぶつけた。


 白い光が、炸裂する。


(私にも、神聖力が、使えた)


 フロスティーネ様の身体から、断末魔のような叫びとともに黒いモヤが抜けて、弾け散った。

 その場に彼女が崩れ落ちたので、慌てて駆け寄り。次なる危機に直面する。


 ドラゴン・ゾンビが。いまはカブに見えるその首を傾げながら、肉迫していた。


(術師を消してもまだ動くの? そんな!)


 今度こそ無理かも!


 キュッと目をつぶった私の横を、声が駆け抜けた。


「遅くなった。あとは任せろ!」


(あの時の、聖騎士様!)


 神殿で会った彼は、私の作ったメガネを掛けていた。


(ん?)


 そこからは、一方的だった。


 聖騎士様はドラゴン・ゾンビの気を引くと、私とフロスティーネ様から十分に引き離しながら、確実にダメージを与えていく。

 手に持つ剣は、白く輝き、強い神聖力が付与されているのが見て取れる。

 聖騎士は、自身の剣を自分で付与エンチャントする。あの神聖力はつまり、あの聖騎士様の力だ。アンデッドが苦手とする神聖力を存分に纏った剣は、一撃ごとに大きくゾンビを削っていく。


 体躯の違いをものともしない機動力は隙なく鮮やかで、剣舞に見惚れるような心地で目を奪われているうちに。


 敵は切り刻まれて、静止した。


(あのメガネを使っているということは、聖騎士様にもカブえてるんだよね)


 なぜ使う必要が?

 それで骨のつなぎ目を確実に突いてたの、すごくない??


 安心から湧き上がる疑問をのんきに浮かべていると、腕の中のフロスティーネ様が身じろぎした。


「気がつかれました? フロスティーネ様」

「……ベル?」


 どこかぼうっとしているけれど、その目はいつものフロスティーネ様で、私はホッと胸を撫でおろす。


 聖騎士様はと見ると、ドラゴン・ゾンビの停止を確認した後、剣を納めて、こちらに向かって来ていた。


「大丈夫か?」


 以前聞いたままの爽やかで深みのある声……。

 に、フロスティーネ様が叫んだ。


「アンセル殿下!」


「……え?」


 そうか。私はあの日広間での紹介を聞いていないから。

 殿下のお顔を知らなかった。


(この方が有名な、聖騎士団長のアンセル殿下?)


 待って待って、どういうこと。


(っえええ──???)


 メガネしててもイケメンデスネ。

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