第3話 彼女まで呪われたみたい!

 ◇





「どうしてアンタが、アンセル殿下の補佐役に選ばれてるのよ!」


 荷物準備のため、部屋に下がった私の元に押しかけて来たのは、フロスティーネ様たち、複数の聖女だった。


「私にもわかりません……」


 本当にわからないのだ。


 思い当たることと言えば、ひとつだけ。


 アンセル殿下が神殿に来られた日に出会った、聖騎士様。


 うっかり名前を聞きそびれたけど、「礼のため、また来る」とおっしゃられていたので、その時お尋ね出来るだろう。


 不思議と惹かれる方だった。お会い出来るのが、待ち遠しいと心弾むくらいに。

 こんな気持ちは初めてだ。

 王宮に赴けば、またあの方に会えるだろうか。


 そして私の試作品の対アンデッド兵器、もといアンデッド平気メガネを差し上げたその方が、殿下に何か話された可能性はある。


 あの日殿下は、聖女を指名せず、「後日知らせる」と告げて帰られたと聞く。


(聖騎士団の方に、有用なメガネとも思えないけど)


 思考に意識を取られていると、ふいに、視界がかげった。

 フロスティーネ様が目の前に立ったからだと気づいた時には。


 バチィィィン!!


 盛大に頬をたれていた。


「きゃああ」

「フロスティーネ様! 何を!」

 

 叫んだのは、周りの聖女たちだ。


「わからないなど、見え透いた嘘を! 実家の力を使ったのでしょう!」

「っ! 使ってなんかいません!」


 神殿に引き取られた際、俗世との縁は切れている。

 実家を頼るつもりなら、とっくにしている。

 

 出身のフロスティーネ・アナベルが、四女であるベルナデット・ロイセンを小間使うなと、叫んでいたはずだ。

 

 だけど"聖女の世界"はそうではないから。

 国や民に貢献出来てない私は、フロスティーネ様たちの神聖力を敬していたから。


 だから序列を重んじてたのに。


「言い掛かりはやめてください!」


 私の抗議は、うつろに揺らぐフロスティーネ様から、おかしな言葉を引き出した。


「せっかく。せっかく。余計な。余計な真似をして」


「!?」

(様子が変!)


 フロスティーネ様の白眼しろまなこが黒く染まる。

 同時に、彼女から禍々しい空気が漏れ出し、部屋の中へと充満していく。


「彼女に何があったんですか?!」


 私がくと、取り巻きの聖女のひとりが、アワアワしながら答えた。


「さ、先ほどまでフロスティーネ様は、呪具の浄化を試みておられたのです。それが突然"許さない"とこちらに向かわれて……」

「呪具?」

「アンセル殿下が呪われたという呪具です。解析依頼で、我がキーテ神殿で預かっていたのですわ」

「──!!」


 それは、つまり。なんだかとてもヤバイのではないだろうか。


「まさか、フロスティーネ様も呪われて──」


 ズゴォン!


 フロスティーネ様のこぶしが、部屋の壁をぶち抜いた。


(いつもの彼女の膂力りょりょくじゃない)


お前・・を補佐になどさせぬ。冥府の栓を外すのに、力ある聖職者たちほど邪魔な存在はない」


(呪われて、じゃない。取り憑かれてるよね、これっ)


「すぐに神殿長様にお知らせを!」


 聖女のひとりが、急いで駆け出す。

 

「知らせたところで、何も出来まい」


 フロスティーネ様の声が、あの世から響いてくるように低く凄む。


「おあつらえ向きにここキーテは、闇竜の骨が眠っているな」


(キーテ神殿の起源は、昔暴れた竜の鎮魂だったけど、まさか)


 天に向かって、フロスティーネ様の白い腕が突き上げられた。

 先に壁を壊して怪我したらしい赤い血が、腕を伝い流れてポタリと落ちる。


 それを合図とでも言うように、大きく地面が揺れた。


「目覚めよ、キーテに眠りし古代の竜よ」

「!!!」


(なんてものを、起こそうとしてんのよ──!)


 その竜は、もはや肉体を保ってないはず。つまり出て来るならアンデッド。


 ゾクリ、と、恐怖が背を走る。 


 私たちの青ざめた顔を嘲笑わらうように、神殿の裏手から、ドラゴンの咆哮が上がった。

 ゾンビのくせに、寝起き良すぎない?!

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