第2話 これなら怖くないのでは?

 ◇





(えっ? 聖騎士様がなぜ、こんなところにいらっしゃるの?)


 小屋でひとしきり作業を終え、箱を抱えて神殿の中庭を突っ切っていると、聖騎士様がいた。制服でそれと分かる。

 酷く疲れた様子でうなだれ、短い髪が顔にかかっている。


(アンセル殿下と一緒に来られた方かしら)


 でもって、聖女ひしめく広間で、彼女たちの熱気にあてられたとか。


(ありるわ)


 フロスティーネ様たちの張り切り具合は、すさまじかったもの。


「あの……、大丈夫ですか? お水をお持ちしましょうか?」


「!」


 声をかけると弾かれたように顔を上げる、その容姿が。

(わああ、美形!!)


 天使像でもここまで整ってないでしょうと思うくらい、完璧な位置に配置された、美麗なパーツ。

 切れ長の瞳は涼し気で、形の良い鼻と品のある口元。均整の取れた身体つきは一目で、鍛えてあるのがよくわかる。


「キミは、この神殿に勤めてる女性ひと?」


(声まで最高)


 なんて思っても、微塵も外に出さない。


 神殿は施療院も備えている。患者の前で感情見せない、これ鉄則。

 この方は患者じゃないけど。


「はい、聖女ベルナデットと申します」


 名ばかりとはいえ、肩書は"聖女"なのだ。目上の人に名乗るには、身分を明かすのがこの国の礼法。

 聖騎士は平聖女より位階が高い。


「聖女? けれど広間では、見かけなかった気がする」


 戸惑うように、相手が記憶を探っている。

 殿下の聖女選抜の際、きっと全員が順に自己紹介をしたのだろう。その中に、当然私は含まれてない。


「あ、私は神聖力を持ちませんゆえ──」


(別の場所で作業をしていました)


 濁した語尾を、頭の中だけで続ける。

 

 ついでに言うと、出来上がった道具と、神殿に補充する薬を運んでいるところだった。

 私の持つ箱の中には、回復薬が入った小瓶が数個と、ちょっとした試作品が入っている。


「神聖力がないのに、聖女? しかし"聖女"は、神聖力を測定して任じられるものだろう?」


 しましたとも。

 測定の水晶は、私が触れると光りはするのだ。


「正確には、神聖力を発動出来たことがないのです。この身のうちにはあるようなのですが……」


「発動できない? それは、"呪い"か何かで制約がかかっているとか?」


「あああ、いいえ、あの……」


 急に食いつかれた。


 言って良いのだろうか?

 惰弱だ、とののしられたり、叱られたりしない?


 アンデッドをおさえるのが第一なイノーシュ国で、聖女のくせに悪霊にすくむ人間など、蔑視の対象。


 ずっと馬鹿にされてきた。

 私も"駄目な自分"を責め、何度も枕を濡らした。


 私なりの対策を探り当てたから、今でこそ割り切って、前を向けてるけど。


 躊躇ためらう私を、聖騎士様がじっと待っている。

 その真剣な眼差しに、なぜか心が突き動かされた。


「怖い、のです」

「怖い……」

「はい。アンデッドたちを目にすると、恐怖で頭が真っ白になってしまうのです」


 思いがけない言葉だったのだろうか。聖騎士様は目を見開いている。


(! この方の表情が、冷たく変わるのを見たくない)


 気づけば私は必死で、弁明の言葉を継いでいた。


「で、でも、打開策を考え中でして。例えばこのメガネを使えば、アンデッドがえるはずです」


 私が箱から取り出したのは、夢中で開発した魔道具アイテム


 "緊張するときは、相手を野菜と思え"と言う。

 つまり、亡者が亡者にえるから動けないのであって、野菜ならば!


「や、野菜?」


 意外だったらしい。聞き返された。


「そうです! 切り刻んでポトフにしてやります! 食べはしませんが」


 私の意気込みに、彼はあっけにとられたようだった。そして私とメガネを交互に見る。


「それは……、とても貴重な品だと思うが……。もし差し支えなければ、借り受けることはできるだろうか?」


「え?」


「キミが困るだろうから、やはり無理か」


 しょぼんと肩を落とされると、つい元気づけたくなる。


「あ、試作品はこれひとつではないので、さほどは困りません」


 が。こんな品で良いのだろうか?


「では、ぜひ。厚かましい頼みだとは承知している。だが切羽詰まった事情があり、その魔道具を切望したい。お願いだ。出来る限りのお礼はさせて貰うから」


「試作品、ですよ?」


 一応、神殿が悪霊を捕らえた際、効果を確認済ではあるけども。


「構わない」

「ですが、まだ野菜の種類が十分ではなく」


 スケルトンはかぼちゃに、でもレイスとゴーストは揃って人参といった具合で。


「つまりアンデッドの種別はわからないと言うことか。そこに問題はないな。全部倒せば良いのだから」


 何やらひとり、頷いている。

 繊細な美貌に反して、大雑把な方らしい。



 かくして、イケメンのおねだりにあらがえず、試作魔道具アイテムを貸し出した私は数日後。

 神殿長から、耳を疑うような通告をされた。


「聖女ベルナデット。アンセル殿下がそなたを補佐役にお望みだ。荷をまとめ、王宮からの迎えを待つと良い」



 なぜ私?

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