ハズレ聖女の私が、王子殿下に熱望されるまで。

みこと。

第1話 だって見た目が怖いもん!

「ちょっとベル、まだなの! 本当にどんくさいわね」

「は、はい、ただいま、フロスティーネ様」


 苛立たしげな声に、慌てて応じる。


「すぐに締め上げますから」


「っぐ、うぐぐ。ちょっと、ワザときつく縛ってるんじゃないでしょうね?!」


「とんでもない。フロスティーネ様の可憐な細腰ウエスト、逆に紐が余って、困っているところです。が、より美しく見える角度を追及しております」


 言いながら、力いっぱい引っ張って紐を結ぶ。

 決して日頃の鬱憤うっぷんを晴らしているわけではない。


(いや、大丈夫? これ。内臓噴き上げない?)


 誰が考案したのか、編み上げコルセット。この装身具が背中で括る仕様なのは、高貴な身分を表すため。

 自分じゃ着られない、召使いの手を要する服を着てるってアピールなわけだけど、非効率的だし、苦しそう。

 子爵家の出を誇りにしてるフロスティーネ様は、やたらと着たがるけど。


「ベル! 私の仕度も手伝って! 急がないと聖騎士団長様がお見えになってしまうわ」

「はぁい、サレナ様、少々お待ちくださいーっ」


 キーテ神殿では今、身支度を整えたい聖女でひしめき合っている。

 私の前にいる二人は、特に気合いの入った聖女たちだ。


 それというのも今日、第三王子にしてこの国の聖騎士団を率いる団長、アンセル殿下がいらっしゃるから。




 ここ、イノーシュ国は遥か昔、悪霊が噴き出る"冥府の穴"を英雄王が閉じ、その封印を守るために建国された。


 "穴"は"栓"で塞がれているが、それでも冥府と繋がっている土地柄ゆえか、呼び寄せられたり、湧き出たりで、やたらアンデッドが出没する。


 結果、国には神聖力の高い、りすぐりの聖職者たちが集まり、日夜、魑魅魍魎ちみもうりょうを滅している。


 とりわけ王家と神殿が有する聖騎士団や聖女たちの働きは大きく、その戦果は対アンデッド戦において、傭兵や冒険者たちを軽くしのぐ。専門職なわけだから、そりゃそうなんだけど。



 かくいう私ベルナデットも、聖女判定で選ばれ、退魔の任にくべく幼い頃から神殿に引き取られて育った。


 けれども。


「ちょっとベル、髪飾りをつけてちょうだい! 使アンタなんて、雑用くらいしかこなせないんだから」


「かしこまりました、フロスティーネ様」


 そう、私は"聖女"としては役に立たないのだ。


 だって、悪霊たちが……。

 超絶・怖いから!!!



 なんだろう、あのグロテスクな見た目。

 見ただけで足がすくんで、聖句も何も、頭から吹き飛んでしまう。


 骸骨兵スケルトン食屍鬼グールもキライ。

 フヨフヨと漂う幽霊ゴーストたちも、触れればたたられそうな怨霊スペクターも、すべてが嫌だ。


 アンデッドを前にすると固まる私は、足手まといでしかなく、従って聖女として神殿に住まいながらも、序列は最下位。

 家事・雑用をこなす、下働きの位置にいた。


 それにフロスティーネ様は筆頭聖女。サレナ様は次席。他の聖女を使って許される立場だ。


「っふぅぅ、お仕度、出来上がりました」


「そう。じゃ、行ってくるわね」

「急ぎましょう、フロスティーネ様。もう広間には人が揃っているかも」

「まったく、ベルが愚図グズでノロマなばっかりに……」


(いいから早く行かないと。皆自分で仕度して、参じてるはずだよ)


 とは口には出さず、しおらしい態度で二人の聖女を見送って、手近な椅子にどっと腰を下ろした。


「はぁぁ、疲れたぁ」


 今頃、神殿広間では聖騎士団長を迎え、聖女たちが並んでいることだろう。




(でも、団長を補佐する聖女を選抜するだなんて。あの噂は本当だったのね)



 キーテ神殿に流れて来た噂。

 それは、"アンセル殿下が呪われた"という話だった。


 我が国を代表する精鋭である聖騎士団。

 その長を務めるアンセル殿下は、抜きん出た実力から、最年少で団長として認められた方。確かまだ十八歳。私より二歳上だ。


 国内を巡り、あらゆるアンデッドを屠って来られたある日、古代遺跡の呪具が原因で、"呪い"を受けた。


 それは殿下の戦闘力を、大幅に削ってしまうたぐいの"呪い"だったらしい。

 戦場に立てなくなった殿下に、聖騎士団の士気はガタ落ち。


 しかも間の悪いことに、王宮の占者により、ある予言が出ているタイミングだった。


 ──近く"冥府の栓"が外れ、地上に死霊があふれ出る──


 "冥府抜栓めいふばっせん"。


 冥府の封印が解けてしまい、惨事が起こる大予言。

 早急に聖騎士団の主戦力を、取り戻しておかなければならない。


 何度もアンセル殿下への解呪が試みられたと聞く。

 しかし、不発に終わると、今度は聖女を彼の補佐につけようということになった。

 占者の新たな託宣によって。


 ──キーテ神殿に、殿下の力となる聖女がいる──



(おかげで今回の急なご訪問。王子殿下も大変よね。呪われても、前線に立たなきゃいけないんだから)


 アンセル殿下は見目麗しい王子様らしい。

 補佐に選ばれたら、長い時間、近い距離で接することになる。


 "ひょっとしたら補佐のお役目をえ、人生の伴侶となる未来もひらけるかも"。


 神殿の聖女たちがそう色めき立つのも、当然だった。


(いずれにしても、私がお役に立てることはないわ……)


 "神殿内の聖女を集めよ"という招集にも呼ばれない、ハズレ聖女。


 やれやれと腰を浮かす。


「さ、途中になってた仕事を再開しましょうか」


、私も働けるかもしれない。頑張ろう!)


 気持ちを切り替えるため声に出し、開発中の魔道具アイテムを仕上げるため、裏の作業小屋へと移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る