最終話 相撲とプロレスの豆知識

 左右両方、締めとわかるようにテンポ早く畳みかけるように耳元で囁き続ける。


陽光(右)「さてお兄ちゃんが起きなきゃいけない時間が迫っているね」


月光(左)「お相撲とプロレスの成り立ちは語り終えた」


陽光(右)「でもまだ語り足りない」


月光(左)「そんなわけで知っていそうで知らない豆知識コーナー」


陽光(右)「プロレスは受けの美学。相手の攻撃を全部受け切って勝った方が強い。というのもあるけれど全ては盛り上げるための観客ファースト。派手な技の応酬の方が盛り上げるよね。ヒールの人はリング内外を逃げ回って客席を盛り上げたりするけど」


月光(左)「お相撲も同じく受けの美学。といっても技を受け切るわけじゃない。正々堂々とぶつかり合う受けの美学。番付が上位は下位の力士の攻撃をいなしたりせず、力で破るのが美徳とされている。特に横綱は厳しい声が多い」


陽光(右)「レスラーが投げられる側が自ら跳んで、派手に受け身を取っている姿はよく見られる。事故防止のためリングにスプリングなどが仕込まれていて、畳よりも柔らかく衝撃を吸収してくれる。でも投げられたら痛いものは痛いし、疲れるものは疲れる」


月光(左)「横綱は元々は番付に存在しない名誉の称号だった。元の最上位は大関。横綱とはしめ縄のこと。神事の際、横綱を巻くことが許された大関を横綱と呼んでいたの。番付に加わったのは明治になってから。横綱審議委員が存在して、横綱の品格などが問われるのも、ただのチャンピオンではなく神社扱いだから」


陽光(右)「プロレスには打撃技も多い。ビンタやチョップなど見栄え重視で怪我しにくいものが多い。そう思われがちだけどドロップキックや前蹴りは普通に痛い。ラリアットも突進力が加わっているので、首に入ると交通事故より危険だったりする。絶対に真似してはいけない」


月光(左)「横綱の選定は元々相撲司の吉田司が行っていた。でも相撲の歴史上最強と名を残している力士の雷電が横綱に選ばれていない。昔から選定基準が不明瞭なことが多かった」


陽光(右)「技名がとても有名なシャイニング・ウィザード。相手の膝を踏み台にして相手の顔面に膝蹴りを繰り出す大技。だけど受け手は首を痛めるし、攻め手も膝を痛めやすい。だから互いに怪我をしないように固い膝ではなく、相手の頬に内ももを当てるのがマナーとなっている。それでもラリアットと同じくらい危険なので絶対に真似してはいけない」


月光(左)「お相撲のぶちかまし。シンプルに痛いし危険。互いの頭の位置が左右に分かれて、肩で組み合う形ならば衝撃を受け止めるだけで済むけれど、頭突きと頭突きぶつかり合い流血沙汰になることもよくあるので、絶対に真似してはいけない」


陽光(右)「圧倒的に世界最大のプロレス団体のWWEでは、レスラーをレスラーと呼ばずにスーパースターと呼ぶ」


月光(左)「お相撲の張り手。こちらもシンプルに痛いし危険。手首のスナップを利かせたビンタではなく掌底だからね。しかもぶちかましの突進力も加わるから流血沙汰になることもよくある」


陽光(右)「WWEでは女性レスラーのことをかつてはディーバと呼んでいた。けれど男女平等の下に今では男女ともにスーパースターと呼んでいる」


月光(左)「お相撲の番付は一番上が横綱。大関、関脇、小結の三役が続く。そして平幕とも呼ばれる前頭が加わり、計四十二名。ここまでが幕内と呼ばれている。テレビでも取り組みが放送されるのはこのトップ層だけ」


陽光(右)「WWEでは観客のことをユニバースと呼び、観客からの掛け声をチャント呼ぶが、種類がありすぎて覚えられない。あと言ってはいけないスラングも普通に混じっているので良い子は真似しちゃダメ」


月光(左)「幕内の下に十両が二十八名いて、ここまでが関取。つまり力士として認められる番付になる。関取の名前の由来は、関所を顔パスできる身分だから」


陽光(右)「WWEは放送日の違いで内部的に二団体に分かれていて、この二つが交じり合うことはないし、ギミックやアングルが完全に異なり違う世界観で運営してる」


月光(左)「関取の下には力士養成員がいて幕下、三段目、序二段、序ノ口。そして新弟子になったばかりで四股名も存在しない番付外が存在する。この人たちも試合をして、勝った人たち上の番付に進んでいく。実はかなり厳しい階級社会。そのため下位が上位の番付に勝つことを番狂わせという」


陽光(右)「近年日本で実績のある日本人レスラーがWWEのスーパースターとして活躍している」


月光(左)「お相撲の決まり手は現在八十二手と定められているが、外襷反りと言って制定されて五十年以上一度も決まったことがない決まり手も存在する」


 左右、テンポを落とす。


陽光(右)「ふう……語るべきことはだいたい語ったかな?」


月光(左)「ここまで知っていると観に行ったとき楽しめるよね。あっ、まだあった」


 左側、甘く囁くように。


月光(左)「兄。もろだし」


 左側、ゆっくりと繰り返す


月光(左)「も、ろ、だ、し」


 右側、恥ずかしそうに怒こりながら。


陽光(右)「月光ちゃん! お兄ちゃんになに囁いているのかな?」


 左側、気にも留めずに。


月光(左)「ん? お相撲にもろ出しってあるよね。まわしが外れちゃうこと」


陽光(右)「それは聞いたことあるけど」


月光(左)「実はもろ出しは通称。正式な相撲用語ではない。もちろん決まり手には存在せず、ただの反則負け。この場合のみ不浄負けとも言うが、こちらも正式名称ではない」


陽光(右)「それはわかったけど、どうして意味深に囁いたのかな」


月光(左)「兄をドキッとさせたくて、最後にインパクトある情報を残してみた」


 右側、呆れたように。


陽光(右)「最後に残す情報がそれでいいの?」


 左側、何事もなかったように。


月光(左)「それじゃあ今回の推し活バトルの結果はいかに」


陽光(右)「最強のエンターテインメントのプロレスと」


月光(左)「古来から脈々と受け継がれる日本伝統の神事であり国技であるお相撲」


陽光(右)「今度のデートはどっちがいいかな?」


月光(左)「日本人ならお相撲だよね」


陽光(右)「盛り上がりたいならプロレスだよね」


 左右両方から甘く囁く。『推し』は小さく発音。


「「(お兄ちゃん/兄)はどっちの推しが好きなの?」」


(無音の間)


 左側から悲しそうに耳元で囁く。


月光(左)「兄のいくじなし」


 右側からも悲しそうに耳元で囁く。


陽光(右)「また選んでくれない」


 左右からから悪戯っ子ぽく。


月光(左)「どっちがいいか選べない優柔不断な兄にはオシオキが必要だよね」


陽光(右)「どっちも選べない優しいお兄ちゃんにオシオキだね」


月光(左)「陽光ちゃん。こっちはダメ。そっちは登れる」


陽光(右)「うん。登れそう」


月光(左)「じゃあボクが押さえ込んでおくから陽光ちゃんはフライング」


陽光(右)「ボディープレス?」


月光(左)「ううんニードロップで」


陽光(右)「了解」


(ガタガタと机に登る音)

(がばっと布団から起き上がる音)


 左右両耳から笑いを含んだ声。


「「にゃ~」」


(プニっと肉球に包まれる効果音)


 左右からからかうように。


陽光(右)「急に起き上がってどうしたのお兄ちゃん?」


月光(左)「キツネにつままれたみたいな顔」


陽光(右)「この場合は猫に騙されたような顔だね」


月光(左)「これは猫騙し。意表を突いて相手を驚かせる技。ちなみにお相撲の技として有名な猫騙しだけど、これも決まり手ではない」


陽光(右)「実はこの部屋に来た時からずっと猫耳と肉球グローブつけていたの」


月光(左)「ねこに騙されてくれたかな?」


陽光(右)「目は完全に覚めたみたいだね」


月光(左)「してやったり。ぶい」


 左右両側から元気な声とダウナーな声がハモる。


「「今度のお休みは三人のデート楽しもうね」」


(二人が部屋から出ていこうとする足音ときぃーというドアが開く音)


 少し遠くからハモった声。


「「次こそは(お兄ちゃん/兄)に推しを選ばせるから」」

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