月とノート

水乃戸あみ

月とノート

 もう三日もコレを書いている。

 私が継続的に何か取り組むなんて天変地異の前触れじゃないか。

 だが残念。天変地異は既に起きている。

 困ったことに。

「ヨーソロー」

 ヨーソローは違うか。なんだっけそれ。どういう場面で使うかすら分からないけれど、今日はこれで呼びかけてみようかと思う。

 私の中での呼びかけといえば、「たまや~」と「やっほー」だ。そのふたつはもう試したから、後は……後は……なんだっけ……たまや~の対になるやつがあったような気がする。

「玉……角? かくや~」

 違うなあ……。


 肌寒い。しかし不思議なことにその肌寒さももう感じなくなってきている。そう言うと死ぬ前触れみたいだけれど、私はすこぶる元気だ。

 ちょうど春夏秋辺りの季節の境目の夜って感じの気温がずっと続いている。月は二つあって、でっかいのが一つに。小さいのが一つに。

 でっかいのは何かとても怖かったので、小さいのに向けて私は延々と歩いている。

 夜。

 虫ひとつ鳴かない夜。

 静かだ。

 これで地面が砂だったりしたら、いささかのロマンチックさも感じるのだけど、何故か地面がコンクリートなんだよね。

 コンクリート。

 コンクリートは知っている。それは私の知識の中にある。コンクリートって確か鉄の棒をあらかじめ用意しておいて、そこにコンクリートの元となる素材を流して固めるって工程だったような……。なんで延々続いているのだろう、この地面は。お陰で身を横たえるのにも抵抗があるんだけど。

 石とかあったらいいのに。枕にできるのにな。

「ヨーソロー」

 コンクリートの海。ふたつの月。夜。無音。

 あと見渡す限りの地平線。

 違和感はある。変な世界に迷い込んでしまった違和感。けれど同時に使命感もある。なんでって?

 それは私がノートを持っているから。あとペンと。

 ノートとペンがあって、食べる物もないのにお腹が空かなくて、眠ってないはずなのに睡眠欲に襲われなくて、ずっとずっと夜で、時間なんて分からないはずなのに日を跨いだって、そういう感覚はあるんだ。

 使命なんだ。

 これが。

 これを記録する使命。

 たぶんこのノートが終わる時に何かが終わりを告げるんだろう。

「SFって退屈だ」

 これがSFかは分からないけれど。

 私の中のSFってやつは、果てしない、観測もできない、捉えようもない時間の流れの中に、自分が迷い込んじゃう囚われちゃうってやつ。それがSF。

「でも果てはあるんだ」

 ノートがあるから。

 観測もできる。

 ノートがあるから。

 時間もある。

 ノートがあるから。


 ふと顔を上げた。

「」

 私はどうしてあれを月だと思っていたんだろう?


「目だ」


 ふたつの目。

 片方を大きく感じて、しかもそれを怖いと私が感覚的に思ったのは、あの大きな目の方で覗き込んでいるからだろう。

 もう片方はちょっと距離感がある。だから小さく感じるんだ。

 たぶん、覗き穴か何かがあって、あの大きな目のところからしか覗けないんだ。

「……」

 とたんに怖くなった。

「ヨーソロー」

 小さく呟いた。

「やっほー」

 え?

「やっほー?」

 なんだ? 誰の声だ? なんだろう、この粘っこくて掠れた声は。また上を見上げる。満月が三日月になっている。笑っている。

 私は安堵する。

「距離がある」

 こだまだ。

 やっほーと私は叫んだのは昨日。昨日の返事が今聞こえた。ならば、私の今いるここと月(敢えて月と呼ばせてほしい)は、相当な距離がある。

はず。

 だったら大丈夫(何が?)。

「ヨーソロー!」

 私は元気に叫んだ。月に向かって。

「かぎや~」

 返ってきた。


 ふと、ノートをぱらぱら捲った。

 前のページ。書いた覚えのないノートがたくさんたくさん。

 筆跡が違う。私のと違う。

 筆跡の違うのがいつくもいくつも。


 私は何人目なんだろう。

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