第3話 地下の軍勢(後編)
『現在地下200m、こちらの表示数値はオールグリーン。そちらは大丈夫でしょうか葵様。』
「えぇ、問題ありませんわ渡部様。……探査本部から何か新しい報告は来ておりますか?」
『突入時と同様、通信不能状態が続いている様です。』
管制の渡辺様と言葉を交わしながら、暗い穴を降りていく。
特機用のこの昇降機の速度は、一定。その遅さに苛立ちが募るが、ここで出来ることは何もない。徐々に下がっていく高度と、上がって行くこの子の出力。その二つが表示された画面を見つめながら、オペレーターの渡辺様の言葉に耳を傾ける。
(間に合う、いえ、間に合わせます。そして、この通信は探査本部の方も聞いているのでしょう。一切の不安を抱かせないように、あるべき姿を取り続けなければ。)
痕跡を見つけたとの報告を受け、即座に特機の起動と搭乗。地下へと続く昇降機へと乗り込んでいたのだが、その時にはすでに『竜田』から送られてくるはずの反応が途切れてしまっていたのだ。依然として通信が回復していないと言うことは、“何かがいる”に違いない。
地中での、戦闘。
そも今日はこの子、『金剛零型』には出来る限りにライト。そしてドローンを付けてもらっている。もし戦闘になれば、視界を確保するために光源に気を付けながら戦わねばならない。それに幾ら光源を確保できたとしても、地上のようにすべてを視界にいれ続けるのは不可能。故にライトだけでなく、管制が操作するドローンも幾つか乗せているのだが……。それだけ用意してとしても暗闇、死角は出来てしまうだろう。完全にアウェイな環境だ。
しかも今回は“救援”任務。通信が途切れてしまった『竜田』の搭乗員たちが生き残っていた場合。いや生き残っているからこそ、彼らを守りながら戦い抜く、もしくは撤退する必要がある。
(探査本部も、渡辺様も、到着まで時間が掛かってしまうが故に、“可能性”まで落としてしまっている。)
時間が経てば経つほどその可能性は少なくなる、それは理解できるが……。私は初戦で、三名もの命を取りこぼしてしまった。彼らの判断は“プロ”だからこそ正しいこと。新たな犠牲を避け、小よりも大を守るために行動する。それは決して間違っていることではない。……けれど私は、強欲。何一つ取りこぼさない。全てを守らなければならない。
これ以上、奪われてたまるものか。
私の、そしてこの子の存在意義は人の命を守ってこそ。今窮地に陥っている人を助け、そして今後被害にあってしまうかもしれない方々を、怪獣を撃滅することで0にする。
それが、私のやるべきこと。
(気を、引き締めなければ……。)
「渡辺様。」
『はい、今回の任務を再度ご説明させて頂きます。……彼らは最後、高さ200m、幅3000mの巨大な空間に向かったようです。もしかすれば“巣”ではないか、という懸念が探査本部から挙げられています。その場合集団戦になる可能性が高く、非常に危険です。撤退も視野に入れた行動をお願いいたします。』
「えぇ、ありがとう。」
『現在把握している地下洞窟のマップを共有いたします。目的地までのルートを赤く表示していますので、その通りに進んでください。』
彼女がそう言うと、私が乗るコックピットの側面ディスプレイに3Dマップが表示される。どうやら現在探査作業を行っている特機の皆様ともリンクされているようで、地上から下に降りていく私達だけでなくこの昇降地点に向かって移動している特機も映し出されている。
確かまだ簡単なマップ程度しか出来上がっていないと探査本部からは聞いていたのだが……。後ろで支えてくれる人が心強い程、ありがたいことはない。
「っと、到着……。あら、ごめん遊ばせ。」
強い衝撃と共に、昇降機が止まる。
そして地下で待っていたのは、ライトをぴかぴかと鳴らしながら手を振ってくれる『竜田』。消息を絶ってしまった特機とは、別のものだろう。マップを見てみれば、表示されているのはET‐5。上に上がるため待っていた探査チームの方だろう。返礼としてこちらも軽く手を振り返し、渡辺様に表示していただいた道を急ぐ。
(通信が途切れてから、すでに5分ほど。……あれか!)
マップを進んで行き、見えてくるのは……。画面に表示される、ET‐12が血痕を発見したらしき地点。そしてその先に見える、広がった空間。先に続く道が途切れており、おそらく空洞が下に広がっている。
今は足場を気にしながら降りる時間すら惜しい。
(このまま、飛び降りるッ!)
足場が消える直前で地面を蹴り、空中へ。
そして足場を確保するために顔を下に向け、視界を確保すれば……。
「ッ!」
『な、なにこの数ッ!』
地面一杯を埋め尽くすのは……、蠢くものたち。全てが、怪獣だ。
「渡辺様ッ!」
『ドローン射出ッ! 照合開始ッ! ……出ました! 第7世代“ウゴロドン”! 視認できただけで50ッ!』
第8世代怪獣ドルモルから、ドリルと肉体を保護する鱗を取り払った、モグラ型の50m級怪獣。私たちを待っていたのは、まだ数えきれないほど多くいる、そいつらの群れ。
(上ッ等ッ!!!)
排気システムを作動させ、貯まった蒸気を下に向かって放射することで落下速度を弱めながら、時間を確保する。ここまで降りるのに5分も時間があった。十二分にボイラーは温まり切っており、出力もむしろ上げすぎないように8割程度で止めていた程だ。やろうと思えば、いつでも最大に持って行ける。
そして相手は第8世代に比べると格段に装甲の薄い第7世代! 第五世代特機ならば確実に討伐できる存在! 私達の出力をもってすれば……!
いける! まずは行方不明となってしまった『竜田』の捜索のため、視界の確保を! そして捜索を行うドローンたちが狙われないように! 全ての注目をこちらに!
「さぁ参りましょう金剛零型! 怪獣退治のお時間ですわッ!!!!!」
着地と同時に、近くにいた怪獣を2体ほど踏み潰す。
その衝撃でようやく私たちが来たことを察知したのだろう。一斉にこちらに向かい攻撃を開始する怪獣たち、けれどそれよりも速く。殴り飛ばす。自身の拳が頭部に当たった瞬間、その頭部が吹き飛び、地面へと残りの肉体が落ちようとする。けれど落下しきる前にそれを蹴飛ばし、眼前に集まっていた雑兵どもを蹴散らしておく。
『音と熱に反応して動きます! 弱点は頭部ッ!』
「承知しました、わッ!」
即座に排気システムを操作し、両腕から蒸気を射出。この子よりも一回り小さい怪獣たち、50m級の顔に蒸気を吹きかけながら近くにいる存在を消し飛ばしていく。出力の差が圧倒的なのだろう、一撃で完全に屠ることが出来るが……、如何せん数が多い
そして少しの知恵程度は持ち合わせていたのだろう。軍然かもしれないが、挟み撃ちしようとしてきた怪獣たち。強く一歩引きながら背後にいた怪獣を吹き飛ばしながら回避。そして眼前に集まった二つの頭部に向かい、柏手。確実にその頭部を両手で消し飛ばす。
戦闘を行う足場に、死体が積み重なれば足を躓かせる理由が増える。あまり死骸を貯めるべきではない。力を失い倒れようとする二体の両腕を掴み、振り回し、投げ飛ば。自然と生まれた空間と、一瞬の間。息を整えながら、管制の彼女の名前を叫ぶ。
「渡辺様! 彼らは!」
『空洞内に複数の金属反応あり! 絞り切れません!』
「複数!? いえ、構いません! 一つ一つ行きましょう! 指示を!」
『了! MAP送ります! 最短は4時の方角距離400! こちらでも捜索続けます!』
即座に側面ディスプレイに表示されるこの巨大空洞のマップ。そして何点も表示される真っ赤なマーク。その一番近い場所に向かって、走り始める。けれど立ちふさがるのは何重にもその体を重ね道を塞げる“ウゴロドン”たち。邪魔だ、邪魔だ、怪獣風情が私の、人の、時間を奪うなッ!
「邪魔ですわーッ!!!」
選択するのは、ただの突撃。肩を前面に出し、そのまま奴らの肉体を押し出していく。もちろん横から飛び出してくる奴もいる。モグラ特有の爪による攻撃。けれどドリルで傷つかなかった私の装甲に爪などで勝てるわけがない。この身で受け止め、殴り飛ばし、更に進んでいく。
そして、たどり着いた私たちを待っていたのは……。
「……これは、ドリ、ッ!」
一瞬止めてしまった足、そこを狙う様に飛び込んでくるモグラに蹴りをぶち込み破裂させる。
眼前のディスプレイに依然として表示されているのは、怪獣の死体。もっと正確に言うと、第8世代怪獣ドルモルのなりそこない。不揃いなドリルを持ち、おそらく同種で殺し合いをしたのであろう奴らの体だった。大量にいる雑兵、地上に出て来たあの一匹、ここにある敗者たちの残骸。思い浮かぶのは、これを生み出している“何か”。
もしこいつらの生態が、自身の思い浮かべたアレ。蟻や蜂の様な“母親”を持つ怪獣ならば!
……いえッ! 人命救助が最優先ッ!
最速で救助を完了し、そのままここに居座る害虫どもを一掃する! 両方熟せばいいだけのことッ!
「はずれッ! つぎ『「竜田」の痕跡発見ッ! 位置データ送ります!』さいっこうですわ渡辺様! 直行しますッ!」
出力を足に廻しながらMAPを確認、方角を選び、最短距離の直線を選択し……。地面を、蹴る。同時に排気システムが溜めた蒸気を一気に脚部から噴射することで、飛距離を稼ぐ。そして地上からこちらに手を伸ばす愚かな怪獣どもを踏み潰し、足場にしてもう一度飛び上がることで、さらに距離を稼ぐ。
そして見えてくるのは……、『竜田』の折れ曲がってしまった、脚部。
「こちらでも視認しました! 生存者の確認を!」
『ドローン集結中! 周辺の相当を!』
「了解ッ!」
60m級のこの子は細かい作業はできない。生存者の確認はドローンを操る渡辺様に任せ、安全を確保するためにギアを上げる。立ち止まったままでは何もできない、先ほどと同様に出力を足に送りながら走り始める。『竜田』の残骸を中心に円を描くように。誰も近づけぬように。
私を追って来たのか近寄ってくる怪獣たち。その一体の頭部を伸ばした腕で吹き飛ばし、片足を支点に回転しながら反対側へとその肉体を投げ飛ばす。まるでボウリングのピンのように倒れていく怪獣たち。少々胸がすく気持ちになるが、止まっている場合ではない。再度走り始め、近づく下郎を破壊していく。
『全員確認! トリアージ赤! すぐに救護の必要……、ッ! 後ろ!』
「チッ!」
そんな渡辺様の声に安堵してしまったのか、一瞬だけ気が抜けた瞬間を縫うように……。背後から聞こえるのは、甲高い“回転音”。反応が遅れ過ぎた。そして直線状にいるのは、『竜田』の残骸。回避すればそのまま、その“ドリル”が向かってしまう。
ならば受けるのみ。
振り向きながら、突き出されるその突起を左腕で受け止める。
「やっぱお前もいますわよね! “ドリモル”!」
「GURYUEEEEEE!!!!!」
「もう一度その顔を吹き飛ばせるなど! 私は幸せ者ですわねぇッ!!!」
腕の向きを変え、突き立てられたドリルをそのまま流す。そしてそれていくドリルと交差するように、最大出力で叩き込むのはフリーの右手。叩き込み破壊するのに瞬きもいらない。赤熱化状態には至っていないが、今の零型の出力は万全。拳で貫くことはできなかったが、確実にその顔面に吸い込まれた拳は、モグラの顔を陥没させ、吹き飛ばす。
『ッ! 金属反応増加! 地中から出てきました!』
「それよりも人命救護優先! この子の脚なら逃げられます! 救護班は!」
『ET‐5輸送後に地下へと降下中! 昇降機まで後退! 表示部分を掴み上げてください!』
「了解ッ!」
第7世代のウゴロドンであれば瞬殺できるが、第8世代のドルモルとなると少し時間が掛かる。かなり殺したはずだが、依然として敵は多数。手を拱いていれば敵に囲まれ、『竜田』パイロットたちを連れて帰れなくなってしまう。それだけは避けなければいけない。
管制から転送されてきたデータにより、眼前に表示されるのは『竜田』の正確な構造。
そこに赤く表示されたコックピットを優しく掬う様に持ち上げ、守る様に手に平で覆う。どれだけ気を付けても特機の移動はかなりの振動になってしまう。けれどハッチを開けてこちらのコックピットに入れる時間などない。細心の注意を払い、怪獣たちから逃げるしかない。
地面を蹴り、前へ。けれど先にいるのは、ドリルを構え叫び声を上げるモグラ。
「GURE!!!」
「ど、けぇぇぇ!!!」
叫びながらドリルを突き立てようとしたドルモルの攻撃を回避。一瞬腕を使おうとしてしまったが、今は救助者を守るために使用中だ。足で攻撃しようにも、無駄に動いてしまえばその衝撃が彼らを傷つけてしまう。故に選択するのは、跳躍。出来るだけ衝撃を抑えながら敵の顔面を踏み台にし、距離を稼ぐ。
私が落ちて来た穴は結構な高さにあるが、この子の跳躍力ならば、可能だ。
そう考えながら、眼前に表示される怪獣たちと、その横に表示されているマップを見比べ、最短距離を割り出す。
(モグラどもの合間を縫うように……。ん、これは……。)
画面に表示されている、動く点。この地下洞窟全域を表示するマップに映し出されているのは、昇降機付近から全速力でこちらに向かって移動を始めるET‐1の印、番号からして探査特機部隊のリーダー機に当たるのだろう。全特機に退避命令が出ているのにも関わらず、こちらに向かって来てくれている。
『こちらET‐1! 現在コックピットを開けたまま移動中! 合流時にET‐5の奴らをそのまま受け取る! 怪我人はこっちに任せてくれ!』
「ッ! 感謝しますわ! すぐに向かいます!」
「頼みますッ!」
何とか飛び降りた地点へと戻り、来た道を戻ることで救援の方々と合流。重傷者の方々が乗ったコックピットを出来るだけ揺らさずに地面に置いた瞬間……、再度あの空洞に向かって走り始める。
明らかにこちらを追ってきていたあの怪獣たち。モグラ型の怪獣ということから、音と熱に反応して動き、よりそれが強いものを攻撃するのだと推測が出来た。そして現在地下にいる特機の中で一番熱を持ち、煩いのがこの子。『金剛零型』だ。なにせ竜田の核融合炉に比べて、こちらはタービンエンジン。熱くも煩くもなるだろう。
つまり一番狙われる私が、あの場に留まるのは不味い。即座に引き返し敵の数を減らすことで、戦闘能力に乏しい『竜田』、そして彼らを守る。だからこそ……、拳を振るう。
「やっぱり追って来てましたわねぇッ!!!」
前から見えるのは、四つん這いになりながら走ってくるウゴロドンの群れ。先頭のそれを軽く蹴り上げ、その胴体を浮き上がらせることで表面積を大きくする。押してそれを押し込むことで……、後続達全員を押しとどめ。押し返す。何体並ばれようと、零型の出力の方が上回る。
『金属反応! 直下ッ!』
管制から届く渡辺様の声。
即座にその場から飛び退き、それまで手に持っていた怪獣を、地面から突如として出現したドリルに叩きつける。瞬間、まき散らされる血。それが目くらましになったのだろう。顔を出したドルモルの動きが、ほんの少しだけ鈍る。それを突けない程。私はのろまではない。
地面から伸び出たドリルを掴み、動きを止めたその顔を空いたもう片方の手で握りつぶす。そしてドリルを引き抜き……、その頂点を未だこちらに向かって来る第7世代の集団に向けて、投げつける。そしてそれを追う様に走り、更に押し込む。
気が付けば地面から足裏が離れていき、落下することで元の空間に戻って来れたことを理解する。
吹き飛ばしたウゴロドンたちをクッションとしながら着地し、さらに奥へ。
「渡辺様!」
『敵総数把握完了! 画面に表示させます! 同時に奥に巨大な反応あり! 100m級です! 内部から複数の反応があるためおそらく母体!』
「やっぱりいますか!」
眼前に突き出されたドリルを避け、その肩を掴みながら顔面に膝を叩きつけ、破壊しながらオペレーターの声を聴く。ドローンで空間の調査を続けてくれていたのか、MAPに表示されるいくつもの赤い点たち、そして奥に位置するのは一際大きなもの。
(見えっ! 大きい、60m級のこの子で見上げることに成るとは……。)
おそらくようやく騒ぎを聞きつけ、私のことを“敵”と判断したのだろう。ゆっくりと立ち上がり私に顔を見せるのは、他のモグラ型と同様の顔付きながら、その肉体を鱗と金属の様なもので補強した、巨大な存在。まだ例が少ないため完全に決まったわけではないが、これまでの怪獣に機械的な要素が組み合わさったのが“第8世代”その巨大種、いや母体。
怪獣と言えど、生物なのだろう。他の個体と比べ母体、女王アリの様な存在は自然と大きくなる。
そして体内にまだ反応があると言うことは、私という侵入してきた外敵を排除するために新たな子供を産み数を増やそうとしていてもおかしくはない。怪獣のことに関しては変わっていないことが多いが……。なにより子供を宿しているのなら、子を守るためにその攻撃性は非常に高いだろう。
タイマンであればまだ何とかなったかもしれないが、こうも数が多いと……。
(不味い……、いえ。関係ありません。全て打ち倒すのみ。)
ドローンたちが数え切った怪獣の数は、未だ300を下らない。そしてそこに追加されるのは、こちらから一切視線を外さない100m級の“マザー”。この子の馬力が負けるとは思いませんが、重量では明らかにあちらの方が上でしょう。つまり攻撃を喰らえば吹き飛ばされ、ダメージになる可能性が高い。
一対一であれば回避も出来るだろうが、こうも周囲を他の怪獣に囲まれていればそれも難しいだろう。むしろ連携を仕掛けてくる可能性すら考えられる。雑兵が足止めを行い、マザーが攻撃を直撃させる。避けなければいけない。
(ですがこの子には遠距離兵装どころか、多数を相手することも……。)
私がそう思った瞬間。
金剛零型のダービンが、勝手に回転数を上げて行く。
そして眼前の画面に表示されるのは……。
「“オールブラスト”? ……成程、答えてくれるのですね。金剛零型!」
何がキーなのかは解りませんが、この子が答えてくれるのならばパイロットである私がやらないわけにはいきません。さぁさぁ参りましょう私の相棒!
彼が望んだように、全力でレバーを押し抜いた瞬間。それまで抑えられていた出力が、最大まで跳ね上がる。この子が誇る2000万馬力、その全力が、今この手に。回転が電気を生み出し、同時に莫大な熱を生み出していく。本来はそれを蒸気と共に外部に排出するのだが……。
(排熱システム全シャットダウン、循環開始。)
それを、廻す。
始めてこの子と一緒に戦ったとき。ほんの少しだけ違和感を覚えたこと。
第一世代、第二世代特機が持っていた武装の一つである“赤熱化”は装甲へのダメージも大きく、その腕部に機構が集中していた。けれどこの子、金剛零型には赤熱化の機構が、全身に施されていた。初戦はまだ出力が上がり切らず、腕だけになってしまっていたが……。
フルパワーの今であれば、可能だ。
(熱が、巡る。)
前回の戦いの時のように、外部から攻撃を受け熱を帯びてしまったのとは違う。
管理され、自身の手足のように扱える熱が、この身に宿っていく。
言うなれば、全身赤熱化状態。
真っ赤に染まったこの子の姿が、“オールブラスト”が、今ここに。
「渡辺様、申し訳ありませんがまつり様方に『お嬢様!』……もう繋げてますわね。」
『何ですかそれ! というかブラックボックスが一個解けてる! すごい! すごいですよお嬢様! 単純な赤熱化じゃないです! 出力も運動性能も! 何ですかこの技術者泣かせは! どれだけすごく成れば気が済むんですか! あははは!!!』
「まつり様?」
テンション上がってますわねぇ。まぁお爺様方も初めて零型をご覧になった時そんな感じでしたし、技術者の方々ってそういう人ばかりなのかもしれませんわね。というか一応戦闘中ですからね? しっかりしてくださいなまつり様。
にしても出力及び運動性能の上昇、ですか。……いいですわね。
『あっとすみません! それと今出ました! 今の零型の装甲がオールブラストに耐えられる時間は74秒! 急速で排熱システムをまわしても10秒以上かかります! なので制限時間は60秒! 1分以内に全部終わらせてくださいお嬢様!』
「かしこまりました。ではそのように。……カウント開始。」
1分、60秒。決して長い時間ではありませんが……。十分でしょう。
未だこの空間に居座るモグラたち、そしてさらに数を増やそうとするその女王個体。纏めて討伐するのに、何の問題もありません。ふふ、貴方たちがどれだけ耐えれるか解りませんが……。お付き合い頂きますわよ。さぁ金剛零型、文明の素晴らしさも理解できない野蛮な生物たちに、ダンスを教えて差し上げましょう。
「ㇱ」
軽く振った真っ赤な私の手によって、第7世代怪獣ウゴロドン。第8世代よりも虚弱なそれが、消し飛ぶ。そして味方が消し飛ばされたというのに飛び掛かってくる怪獣たち。そのすべてをこの体で受け止め……、そのすべてを熱によって消し飛ばしていく。
待っているだけでは、すぐに時間が過ぎてしまう。だからこそ地面を、割る。
よりその能力を上げた零型が強く踏み込み地面が吹き飛んだ瞬間、この腕をもって近づく雑兵どもを消し飛ばしていく。徐々に減っていく制限時間と、怪獣反応の数。殴り焼き飛ばす、踏み潰す、ドリルを熱で溶かしそのまま葬り去る。加速度的に数を減らしていく、反応達。
その巨体を振るい私を排除したマザーの攻撃を避けながら、先に雑兵たちを排除していく。
カウント56、残り249
カウント44、残り178
カウント38、残り134
カウント30、残り98
そして。
(カウント18! 残り……、これで1! マザーのみッ!)
残るのは、100m級の化け物のみ。けれど私たちに叶わないことを理解しているのだろう。自分の足元に広がった同胞たちの死体を踏み潰しながら、一歩下がる。
気持ちでこちらが勝っている以上、負けるはずがない。
「決めますわよ! 金剛零型ッ!」
排熱システム再稼働ッ! 熱を外に吐き出すのではなく、この右腕に集中させる! あの時放った私の拳は、いわば未完成! これこそが! この拳こそが! 金剛零型本来の拳! 2000万馬力によって生み出された熱、そのすべてを右腕に集め! 人類の敵を屠る!
「G、GURUIEEEEEEEEEEE!!!!!」
「問答無用ッ!」
飛び上がり、狙うはその頭部一点。
「ブレストォォォ!」
全て、貫けッ!
「パァンチィィィイイイイイ!!!!!」
確実にその頭部を貫いた拳は、怪獣の顔を、脳を破壊し、絶命させる。溢れんばかりの熱によって頭部周辺が消し飛び、ゆっくりとその身を倒していくマザー。
それを地面へと着地しながら背中で見送る。
熱を振り払う様に右腕を振り、同時にそれまで停止していた排熱システムを全て可能。金剛零型の全身から大量の蒸気が、放出されます。……これで、状況終了ってやつですかね?
「ふぅ……。なんとか、なりましたわね。」
◇◆◇◆◇
西崎葵によって多数の怪獣たちが葬り去られた数日後。
東京某所、日本の中心とも呼べるこの町の一軒の豪邸で、一人の男が画面に向かって声を上げていた。
「いやぁ、君の妹君はすごいね。今回だけで300体以上撃破するとは……。金剛零型という特機に驚けばいいのか、それだけの数が収まる大きな巣を作っていた奴らに驚けばいいのか、それとも全くこれに気が付けなかった我らに驚けばいいのか。……キミはどれが好みだい?」
『そうですね……。やはり最後でしょうか。』
「だろうね。キミらしい。」
部屋の主であり、先の政権では総理として国を引っ張った男が“声”に対して親しみを隠さずに、そう話しかける。どうやら彼と声の存在は祖父と孫ほどの年が離れているようだったが……、関係性は“友人”なのだろう。時折聞こえる笑い声、そして互いの年齢や立場を全く気にしない様な口調が、それを示していた。
『空洞の大きさに、あれだけの数。私がを日本出る前にはもう繁殖していたのでしょう。不甲斐ないばかりです。』
「はは、灯台下暗しと言う奴だな。まぁ地下1000mにいる奴らをどうやって見つけるのだという話でもあるのだが……。キミのことだ、少しだけだが『妹のために残したのでは?』と考えてしまってな?」
『まさか。』
その返答に、大きく笑いながらすまんすまんと謝罪する男。画面の向こう側にいる男も冗談であったことを理解しているようで、小さいながらも彼の笑い声がスピーカーから漏れ出ている。
「にしても……、まだ2例しかなかった第8世代が大量にいて、そして同じ場所にいた第7世代。金属部位があったことからあの100m級も第8世代だろう。しかも繁殖して数を増やす怪獣とは、ね……。学会も機関も大慌てだ。もちろん行政側も、だがね? 何せ同時にこれだけ退治してしまうとは誰も考えていなかったからねぇ。」
『でしょうね、一回の出撃における最大討伐数は、11。その桁を軽く超えているのですから、今動いている方々の心労は察するに余り有る、かと。』
「はは。だが妹君からすれば笑いが止まらないのではないか?」
そう言いながら笑う、前総理。
怪獣撃破による補助金は、その世代や種類によって定まっている。そして1体倒せば1体分の、2体倒せば2体分の、300体倒せば300体分の報酬が支払われるのだ。しかも他の特機では対応できなかったであろう第8世代ドルモルの数も多く、そして今回“ドルモル・マザー”と命名された怪獣も、『金剛零型』でなければ撃破することはできなかった。その危険度から、自然と報酬は上がって行く。
すぐさま全額払われることは難しいだろうし、何らかの手段で減額が起きる可能性もある。けれど西崎葵の懐に、とんでもない金額が入ってくるのは確かだ。それゆえに今頃金貨風呂でもしているのではないかと嗤う先の総理だったが、画面の向こうの男は至極真面目に言葉を紡ぐ。
『まさか。あいつは私なんかよりもよっぽど“西崎”です。自分のためではなく、誰かのために金を使おうとするでしょう。“責任”について学び始めているでしょうし、ある程度は残すでしょうが……。誰かのために盛大にばら撒くかと。』
「だろうな。あの子はそんな子だ。」
そんな会話を交わしていく二人。彼らにとって“西崎葵”はいわば“世間話”。自分たちが率先して動くべき案件ではなかった。いわば彼女の周辺は、表に関すること。引退し表舞台から消えた先の総理と、表向きは失踪扱いになっている彼女の兄。二人が主戦場とするのは、裏。
会話の途切れた瞬間に、二人が纏う雰囲気が変わり、本題に入っていく。
『……お願いしていた例の機体。そちらはどうですか?』
「順調だよ。まだもう少し時間が掛かるだろうが……、パイロットの方は決まっている。近いうちに合流できるはずだ。」
机の引き出しから一つのファイルを取り出す男。
そこに書かれていたのは一機の特機について、そしてその搭乗者となる存在の資料であった。どうやら画面の先にいる彼も同様のものを持っているらしく、紙を捲る様な音声が聞こえてきている。
特機の方の進捗は、約8割と言ったところ。武装の整備や最適化などはすでに完了しているようだが、駆動系に問題が見つかったためその対処に当たっているそうだ。
『駆動系……、ですか。』
「あぁ。何せ『金剛零型』に対抗するために作り上げた機体だ。第六世代に上がることはまだ難しいかもしれないが、片足ぐらいは突っ込んで置かなければね? ……過去の偉人に対する、現代の意地のようなものだよ。」
何かを思い浮かべるように、男はそう言う。書類に目を落すと、この駆動系に見つかった問題を無視したとしても、従来の第五世代を上回る機動性を確保できることが解る。けれどそれではどう足掻いても第8世代怪獣には対抗できないし、金剛零型を超えるなどもってのほかだ。
未だ人類はオーパーツとも呼べるような、特機に乗せられる2000万馬力のエンジンを、原子力をもってしても到達できていない。ならばそれ以外。エンジンではなく特機の機体そのものを強化することで、出来るだけ“頂点”へと手を伸ばす。
「識別コードはTT-35H、『カグヤ改修型』。名前こそこちらの技術局のモノだが、内部の大半は君たちが作っていた試験機を元にしている。第五世代の後期型としてはまぁまぁな出来だろうが……、どこまでやれるか。」
『都度改修していく必要がある、と言うことですか。了解しました、こちらでも幾つか手を売っておきましょう。……にしても女性パイロットとは。兄としては余計な虫が寄り付く可能性が減ったことを喜べばいいので?』
「ははは! それは偶然だよ。若く才能があるモノで、耐Gや射撃成績を鑑みた時。一番上にいたのが彼女だったからね。」
そう笑いながら、ゆっくりと彼は手元に置いてあったカップを口に運ぶ。すでにぬるくなってしまっていたが、口内に広がるコーヒーの香り。まどろんだ空気を苦味でかき消しながら、今後人類の行く末を憂う彼。
(“彼”と私の向く方向は確かに同じだが、見ているモノが違う。『人類の勝利』を目指す彼と、『人類の勝利と、その後の日本の優位』を望む私。勝てたとしても、この国が滅びていては意味がないのだ。これまで通り、我が国が採るべき方針自体は“協調”で変わりないだろうが……。)
「まだ先の話だが……。まずは初戦、勝ってくれたまえよ。フウカ君?」
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これにてストック分が終了になります。完成次第出していきますので、応援の程どうかよろしくお願い致します。
旧世代オーパーツロボ搭乗お嬢様 サイリウム @sairiumu2000
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