スムージー、結局飲まなかったもんね

@kiichilaser

スムージー、結局飲まなかったもんね

「世界、終わっちゃったね」

「うん」

「私、結構良かったなって思ってる。意外と」

「……何が?」

「世界」

「世界?」

「うん。終わって良かったなって、思ってる」

「ああ、まあ、そうだろうね。あんたは、そうだろうよ」

「ははは。だって、何も考えなくていいし。ルールとか法律とかも、特にないし」

「法律って、なくなったの?」

「知らない。でも、誰も覚えてないし。なくなったのと同じだよ」

「なるほどね。今も私たち、他人の家で寝泊まりしてるもんね」

「うん。そこに在るものだけが在る感じが、とても心地いい」

「よく分かんない事言わないで」

「無いものは無いって事だよ。世界が終わっちゃう前は、無いものも在ったから」

「例えば?」

「ルールとか法律とか、モラルとか倫理とか」

「愛とか正義とか優しさとか?」

「正義はそうだね。愛と優しさは違うでしょ。目に見えるから」

「へえ。あんた、愛と優しさ、見えるんだ」

「……見えないの? 私には、正義も見えてたよ」

「ん? んん。そうなの。そうなのね。よく分かんないや」

「うん。よく分かんないものを、よく分かんないまま放っておけるのが、とても良い」

「そっか。じゃあ、いいや。よく分かんない」

「うん」

「……そろそろ寝る?」

「うん。おやすみ。また明日」


 *


 世界は終わった。とても分かりやすく終わった。ビルとか倒壊してるし、電波も通じない。人間は、私と彼女しかいない。私がサクラで彼女はユウキ。私たち以外の人間もいるのかもしれないけど、あんまり興味は無い。

 いつ終わったとか、どうして終わったとか、そういうのも、あんまり意味の無い事だ。終わる前の世界、あんまり好きじゃなかったし。

 隣で、ユウキが目を覚ました。

「おはよう、サクラ」

「おはよう」

「今日は何しよっか」

「いつも通り、だね」

「そうだね」

 朝ごはんを食べて、顔を洗って、歯を磨いて、寝癖を直す。食糧を探すのはそれなりに苦労するし、水も歯磨き粉も限りがある。でも、毎日ご飯を食べるし、歯も磨く。世界が終わる前は、朝食を取らなかった。歯は流石に磨いてたけど、寝癖は直さなかった。

 私は言った。

「そろそろ、また、髪切らないとね」

「そうだね。……次はちゃんと頼むよ。できるだけふざけないで切ってよ」

「えー。私は毎回真面目にやってるんだけどね。むしろ、独学でよくやってる方だと思わない?」

「まあ、それはそうかも?」

「ていうか、私以外誰も見ないんだから、どうでもいいじゃん。私は、どんな髪型もよく似合ってると思うよ?」

「いやいや。毎朝鏡見るたび、はあ~ってなるんだから。あー、どっかに美容師転がってないかなー」

「……そうだね。美容師、探し物リストに追加しとこっか」

「そうしよう」

 リストに書いたものが、見つかった事は無い。脱毛器、壊れてないエレキギターとアンプリファイア、ヘッドホン、自分専用枕。美容師もどうせ見つからないだろう。……鋏も、もっと良いやつ欲しいな。

 私は歩き出しながら言った。

「よし、じゃあ、行こっか」

「うん。……はあ、もうこの家ともお別れかあ。結構気に入ってたんだけどなあ」

「分かる。枕が、凄いいい匂いした。あそこに住んでたの、絶対美少女かイケメンだよ。爽やか系のやつ」

「ああ、そうかもね。もう多分死んでるけどね、そのイケメン」

「わあ。急に怖いこと言うね。ていうか、世界の損失だよ、それは」

「でも、あんたイケメンと話せないじゃん。別にイケメンに限った話じゃないけど。だから、一緒だよ。居ても居なくても」

「えー、そうかなあ? まあいっか。私、イケメンも美少女も嫌いだし。あいつら調子乗ってるから、絶対」

「偏見アンド暴言。駄目だよ、もっと丁寧な言葉使わないと」

「えー。モラルって、なくなったと思ってた」

「優しさは残ってるんでしょ」

「そうだった。じゃあ、ユウキがいなくなったら、そのときは暴言、言いまくるね」

「やだよ。サクラが汚い言葉使うたび、サクラの中の私が薄れていくでしょ」

「あー、確かにね。じゃあ、私が死んじゃったら、そのときは、ユウキ、汚い言葉たくさん使ってね。私を、ユウキの中で永遠に生かしておくれ」

「それはそれで嫌だな。心配しなくても、忘れないよ」

「最後の友達だからね」

「それは、まだ分かんないよ。新しい友達、見つかるかもしんないじゃん」

「私たち以外の人間が見つかったとして、友達になれるかは分かんないよ。あんまり、仲良くなるつもりはないかな」

「つくづく、終末世界向きの性格だね」

「え? どの辺が?」

「現状満足性能が高い所? ほら、サクラ、あんまり文句とか言わないじゃん」

「いやいやいや。言いまくりでしょ。暑いのも寒いのも嫌だし、歩くのも嫌いだよ」

「そうかな。そうかも。今の忘れて」

「引き下がるんかい」

 しばらく歩いて、私は言った。

「今、何時?」

「さあ。こないだ時計壊れたじゃん」

「そうだった。やっぱり、磁石持ってくればよかったかな」

「要らないってサクラが言ったんじゃん。何時でもやる事変わんないからって」

「そう思ってたんだよ。お腹空いたときにご飯食べればいいし、眠くなったら寝ればいいじゃんって。でもさ、やっぱり、時間って気になるよね。ほら、達成感というか、動いた実感というか。そういうのって、時間依存だから」

「ふーん。腹時計は、十時くらいだね」

「じゃあ、おやつの時間だ」

「無いです」

「ドーナツとか、スムージーとか」

「無いね」

「えー」

「てか、なんでスムージー。飲んだことないでしょ」

「無い。ずっと飲んでみたいって思ってた」

「じゃあ、飲めば良かったのに。世界が終わっちゃう前にさ」

「んな事言ったって。あれ、高いじゃん」

「確かに。まあ、もうお金とか意味無いけどね」

「だね。……やっぱり、この世界は良いよ」

「え?」

「なーんにも無いからね。諭吉さんに呪われる事も無いし。英世さんに救われる事も無くなっちゃったけど」

「そういえば、お札の人、変わる予定だったよね」

「ああ、そんな話もあったね。誰になる予定だったんだっけ? 私?」

「さあ、誰だろ。誰でもいいよね」

「まあね」

「ああ、でも、あれか。生き残ってる街とか見つけたらさ、お金、必要になるかもよ」

「ええー? せっかく終わった世界で、まだお金に縛られてるような街、あるかなあ」

「せっかく終わった、なんて言い回し、サクラしか使わないよ」

「じゃあ、終わる前の方が良かった?」

「それは、まだ分かんないよ。今のところは、そんなに困った事無いけど。何十年もこのままだったら、さすがにしんどいかも」

「戻るとは思えないけどね。多分、死ぬまでこのままだよ。来世に期待しよ」

「……来世か。来世って、やっぱり、未来なの?」

「そうでしょ。過去だったら前世じゃん」

「だったらさ。来世でも、やっぱり、終わった世界のまんまじゃん」

「確かに。まあ、何千年か何万年かしたら、また元通りになってるんじゃない?」

「そうかな。人間、多分もういないよ」

「じゃあ、宇宙人だ。宇宙は広いよ~、行った事無いけど。それに、宇宙人って、絶対いるらしいよ。でも、絶対会えないんだって」

「絶対って言葉に失礼だね、それは」

「ほう。ユウキにしては珍しく、オシャレな事を言うね。その心は?」

「絶対なんて、絶対無いんだよ」

「ほう」

「絶対っていう言葉は、自分自身を否定するためだけに存在するんだよ」

「なるほど?」

「絶対が無い事だけが絶対で、それ以外に絶対なんて、絶対無い」

「なるほどね。じゃあ、宇宙人にも、いつか会えるかもね」

「うん。サクラは、会いたい? 宇宙人」

「会いたくないかな。だって、気遣うし」

「そっか。私は、結構会いたいかな」

「じゃあ、頑張んないとね」

「え?」

「え。だって、そうでしょ。今のままだと、会えないじゃん。何を頑張るのかは知らないけど、何かしら頑張んないと、宇宙人には会えないよ」

「……別に、そこまでして会いたいわけじゃないよ。会えたらいいなあって、勝手に思ってるだけ」

「そっか。私も、結局スムージー飲まなかったもんね。人間なんて、そんなもんか」

「そうね」

「でも、本気でやりたいと思った事は、全部叶えてきたよ、私は」

「……知ってる」

「だから、なんだろ。まだ、死ぬつもり、無いよ」

「そうだね」

「それに、望んだ事で、叶わない事なんて、絶対無いから」

「絶対?」

「うん。叶うまで、望み続けるから」

 しばらく黙ってから、ユウキは言った。

「サクラちゃんは、いつ、死ぬんだろうね」

「なんでちゃん付け。ていうか、なにその物騒な問いかけ。とても友人の発言とは思えないんだけど」

「ほら。お母さんもお父さんも、死んじゃった――かは分かんないけど、いなくなっちゃったじゃん?」

「そうだね」

「やっぱり、やり残した事とかあったのかなって」

「変な所気にするね、ユウキ」

「人生って、いつ終わるか分かんないんだなって。でも、なんていうか、サクラは、永遠に生きてそうな気がする」

「照れるね。よく分からんけど」

「うん。褒めてるんだよ。だからやっぱり、さっきの話じゃないけど、永遠に生きるサクラの中に、私も生かしてくれるといいな」

「汚い言葉使っちゃ駄目って事?」

「違うよ。忘れないでって事」

「忘れないよ。ていうか、別に、私も、死ぬよ。普通に。いつか」

「死んでも、死なないよ。サクラの生きた証っていうか、生きた結果っていうか、そういうのは、残るよ。たとえ目に見えなくてもね」

「じゃあ、ユウキも同じでしょ。それは」

「ううん。私は、どこにでもいるような人間だから」

「どこにでもはいないでしょ。この世界の人間、二人しかいないからね、観測上は」

「そうかな」

「それに、私は、一人で永遠に生きるなんて、やっぱりごめんだよ」

「……私も」

「じゃあ、いつも通りだね。どっちかがくたばるまでは、このままのスタイルで行こう」

 ユウキは顔を上げた。

「そうだね。……どっちかが死んじゃったら?」

「ユウキ、死ぬの?」

「今のところは、その予定は無いかな」

「私も、実はそうなんだよね。だから、別に、考えなくても良いんじゃない? せっかく終わった世界なんだし、気楽にいこうよ」

「そうだね。じゃあ、それで」

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