第6話 星降る夜に誓いを

 深い藍色の空で光が砕けた。割れた空のかけらは星となって降り注ぐ。地面に触れれば虹の火花が跳ねて消える。ただひたすらに美しいだけの星の降雨。けれど、それが意味するのは滅びだった。


 星は神さまの生命なのだそうだ。神さまがいなければ国も人も生きられない。だから、星が降ったら終わりなのだ。生命も国も、何もかも全部灰に呑まれていく。


 炎の爆ぜる音が鼓膜を叩く。燃え盛る宮殿の中を黒衣の少年は走っていた。この城を落としにやって来た敵との戦いで受けた傷が疼いている。しかし、ここで足を止めるわけにはいかないのだ。吸い込んだ熱い空気に咳き込み、遠のきそうな意識を繋ぎ止めて、仮面の少年は玉座へと向かう。


「シオン様!」


 玉座の間の扉の前で倒れている男に少年は駆け寄った。男の身体には深い傷が刻まれ、止めどなく血がこぼれ落ちていた。


「……シュカ、どうしてここまで来たんだい……? 君まで、命を、捨てることはないんだよ」


「僕は、」


「君は自由に、生きて。……もうこんな、争いの中で、生きなくても、良いんだから……」


 男はシュカの頭を撫でた。その手からふっと力が抜ける。熱い熱い炎の中なのに、命を失くした身体はとても冷たかった。シュカは男の手をそっと戻して、瞑目する。


「……申し訳ありません、シオン様。それでも僕は、行かなければなりません」


 立ち上がった少年の背には迷いなど一つも無かった。開け放たれた玉座の間に足を踏み入れ、さらに奥へ。


 そうして、シュカの目に映ったのは黒い騎士の姿だった。黒い長剣からは鮮血が滴り落ちる。黒髪の騎士は顔を上げた。まだ遠くても、シュカには何故かその騎士の瞳の色が見て取れた。それはとても、きれいな、藤色の──。


 轟々と唸る炎の音が遠ざかった。まるで世界には黒い騎士とシュカだけのようで。シュカは真っ直ぐ黒い騎士の元へと向かう。騎士は凍てついた藤色の瞳を細め、跪いたシュカの首に漆黒の切っ尖を突き付けた。


「何故ここへ来た」


 記憶とは違う、けれど懐かしい声に心が震える。仮面で隠した目元が緩む。唇が弧を描きそうになるのを必死で押し殺す。


 ──僕を、殺してくれませんか。


 そう言うつもりだった。星刻みの騎士なら、死ねない自分を殺せるかもしれない。しかし、シュカの舌は心を裏切った。それとも、それがシュカの本音だったのか。


「……僕は、貴方をずっと探していました。僕は貴方の刃になりたい。僕を使ってくれませんか。僕を連れて行って、くれませんか」


 意外な申し出に騎士の目はシュカの真意を測りかねたように怪訝な色を浮かべた。


「それは復讐のためか?」


「いいえ。僕はこの国の人間ではありません。故郷はとうに失くしました。……ですが、そう思ってくださっても構いません。もしも、僕が貴方の不利益になるような行動を取ったら、その時は即座に斬り捨ててください」


 シュカは顔を上げた。茶色の髪の少年は翡翠の瞳で真っ直ぐ騎士を見つめる。右耳で淡い蒼色の石が揺れた。


「……お前には何ができる?」


「暗殺でも、盗みでも、何でも。命じてくだされば」


 彷徨い続けて、その間に汚いことを沢山覚えた。無垢な少女を捨てて、名前を捨てて、過去も全部捨てた。探してはいけない、と言われたことは覚えている。


 ──だから、のだ。


 シュノでない自分なら探しても良いだなんて、こじつけの無茶苦茶論理だけれど。


 首に添えられていた長剣が鞘に納められる。黒い騎士は無表情のまま、シュカに向かって黒い手袋をした手を差し出した。


「俺はレキ・ノルヴィス。渓谷の国、裁定神の使徒だ」


「僕はシュカです。貴方に僕のすべてを捧げます。どうか存分に、僕を、使い潰してください」


 仮面の少女しょうねんは微笑んだ。レキの手に恭しく触れて、深く頭を垂れる。レキは頷くと、マントを翻した。ついて来い、と背中が言っていた。シュカは足早に遠ざかるレキを追いかけて駆け出そうとしたが、ズキリと脇腹と痛みを訴える。ふらついた足に力を入れ、ひび割れた大理石の床を踏みしめた。






 星が降る夜に誓いを立てる。

 そしてその夜、きっとシュノとレキは間違えた。




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星降る夜に誓いを 斑鳩睡蓮 @meilin

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