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 翌日、退院する魁人は病院の前にいた。色々お世話をかけたけど、今日から新しい日々が始まる。死にたいと言っていた自分を反省して、力強く生きていこう。すでに明日、引っ越し業者がやって来て、多々良の新居に荷物を持っていくつもりだ。新しい家はすでにリフォーム済みで、地震対策はばっちりだ。


「今日まで、ありがとうございました」


 魁人はお辞儀をした。こんな事になって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だけど、ここまで世話をしてくれた病院のスタッフには感謝したい。


 魁人は病院を後にした。いよいよ自分の新しい生活が始まるんだ。そう思うと、見えないけれど目の前に虹が広がっているように見える。そしてその虹は、未来へと続いているように見える。魁人はこれからの人生にやる気がわいてきた。


「はぁ・・・。さて、いよいよ明日だな」

「クリスタルさん!」


 魁人は横を向いた。そこには同じ趣味を持つ仲間、マミーがいる。イベントで意気投合していたが、ここ最近会っていない。まさか、魁人が退院したという話を聞いて、やって来たんだろうか?


「あっ、どうしたの?」

「退院したと聞いて。よかった。このまま死なないかなと思って。職場復帰、おめでとう」


 マミーは心配していた。もう助からないんじゃないかと思ったが、退院したと聞いてここにやって来た。


「その話なんだけど、退職しようかなと」

「どうして?」


 マミーは驚いた。退職したって、これからどうやって生きていくんだろうか?


「新しい人生を歩もうかなと。人がいなくなった集落で、農業をしたいなと思って」

「へぇ、面白いじゃない」


 マミーは驚いた。こんな生活をしてみようと思ったとは。全く想像がつかなかったけど、これも面白いなと思った。


「だろ?」


 と、マミーは思った。もうすぐ東京を離れるのだから、最後の思い出に、2人で一緒に飲もうかなと思った。


「そうだ。一緒に飲まない?最後の思い出に」

「いいけど」


 魁人はその誘いに乗った。東京での最後の思い出に、いいじゃないか。これまでの東京の日々を語り合い、そして新しい人生に向かって歩き出すきっかけにしたいな。


 マミーはグーグルマップで居酒屋の地図を出した。


「よかった。ここで飲もうよ」

「いいよ」

「じゃあ、午後6時に来てね。待ってるよ」

「うん」


 マミーは走って行った。急いでいるようだ。その後ろ姿を、魁人は笑みを浮かべて見ていた。




 その夜、2人は新橋の居酒屋で飲んでいた。東京でのイベントの後でよく飲んでいた場所だ。これからもイベントで会った時はまたここで飲むかもしれないけど、今日はちょっと特別な飲み会だ。


「そっか。ここで死のうとしたけど、助かったのか」


 マミーは魁人がここで農業をしようと思ったきっかけを話した。ここに来た時、おばけと出会い、多々良の歴史を知って、多々良に住みたいと思ったようだ。


「で、恩返しにとここで農業をやろうかなと」

「いいじゃない。こんなスローライフも」


 スローライフなんて、全く考えた事がなかった。マミーは東京育ちで、スローライフを考えた事がない。忙しい現代社会の中で生きてきて、この忙しさが普通だと思っていた。


「うん」

「明日、東京を離れるんだ」


 明日、東京を離れると魁人は伝えた。そこに、店員がやって来て、生中を2人に渡した。


「そっか。寂しいけど、新しい生活に、カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 2人は乾杯をして、生中を飲んだ。


「おいしい!」


 魁人は東京での生活を思い出した。色々あったけど、明日までだ。東京で夢を見て、絶望を見て、そして新しい生活を夢見た。喜びもあれば、悲しみもあった。


「また東京に来て、会いに来てね」

「うん!」


 その夜、2人は1時間ぐらい飲んだ。2人ともほろ酔いになったが、しっかりと帰宅できたという。




 翌朝、マミーは考えていた。多々良って、どんな所だろう。すでに人がいなくなったゴーストタウンだと知った。そんな中に、秘境駅と言われる駅舎がある。1日の平均乗降客数が0人代で、すでに駅としての機能を失っているようだ。


「多々良か・・・」

「どうしたの?」


 マミーは振り向いた。そこには母がいる。


「いや、何でもないの」

「行こうと思ってるの?」


 母は思った。多々良で魁人と生活しようと思っているんだろうか? ならば、賛成だけど。


「そうね。あの人を応援したいって気持ちもあるし、こんな生活もいいなと思って」

「そっか。じゃあ、行ってみなよ」

「うん!」


 マミーは決意した。魁人と一緒に多々良に住もう。そこでスローライフを楽しもう。




 その頃、魁人は荷物をまとめて、トラックの助手席に乗っていた。トラックは東京の街並みを進んでいく。魁人はその風景をしっかりと見ている。東京を離れるから、東京の風景をしっかりとこの目に焼き付けておこうと思ったようだ。


「さよなら・・・、東京・・・」


 トラックは高速道路に入り、一気に加速した。高層ビルが立ち並ぶ。何度見ても憧れる風景だ。ここでいろんな夢を見た。だけど、もう離れてしまう。


 トラックは次第に山間部に入っていく。魁人はすでに寝てしまった。運転手は引っ越し先に進んでいく。トンネルをいくつも超え、名古屋、京都、大阪の都会を越えていく。


 トラックはようやく多々良に着いた。魁人は大きく息を吸った。ここで新しい生活をするんだと思うと、ワクワクしてくる。


「ここですね」

「はい」


 ふと、誰かに気づいて、魁人は振り向いた。そこにはマミーがいる。まさか来るとは。でも、どうして来たんだろう。まさか、一緒に住もうというんだろうか?


「あれ、来たんだね」

「クリスタルさん!」

「来てくれたの?」


 マミーは笑みを浮かべた。ここで暮らそうと思っているかのようだ。


「うん。私もここで住もうかなと思って」

「本当?」

「うん。これからよろしくね」


 そして、2人の生活が始まった。だが、2人だけじゃない。なぜなら、このゴーストタウンには、おばけもいるのだから。

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ゴーストタウン 口羽龍 @ryo_kuchiba

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