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それから何日経ったのだろう。まだ魁人は生きていた。だが、何日も何も食べていない。うつろうつろになっている。明らかに死が迫っているだろう。もうすぐ天国に行けるだろう。天国に行けば、何をしなくてもいいだろう。あと少しだ。
今日もいつものように1日3往復の単行の気動車がやって来た。気動車は定時通り走っているが、それはいつまで続くんだろう。廃止の話はないが、これだけ乗客が少ないと怪しいだろう。運転士はいつも思っていた。だが、鉄道がある限りは走らせないと。
気動車は多々良山駅にやって来た。だが、誰も待っていない。それに、降りようとする人もいない。いつもこんな感じだ。本当にこの駅はあっていいんだろうかと思うばかりだ。
ふと、運転士は待合室を見た。すると、1人の男がいる。いつも誰もいない多々良山駅に誰だろう。
「あれっ、なんでここに人が・・・」
出発までに時間がある。早く救わないと。命の危険があるだろう。早く通報しないと。運転士は気動車から出た。
「おい! 大丈夫か?」
待合室で体をゆすったが、反応がない。だが、まだ死んではいないようで、温かい。
「意識がない・・・」
どうか早く救急車を呼ばないと。これは大変な事になった。
それから数日後、魁人は意識を取り戻した。そこは病院だ。結局死ぬ事ができなかった。まだまだ生きなければならないと思うと、がっくりした。
「気づいたか?」
医者が横にいる。魁人の世話をしているようだ。まるで母親のようで優しい。
「ここは?」
「病院だ・・・」
魁人はため息をついた。どうしてため息をついているんだろうか? 死のうと思っても死ねなかった。
「死ねなかったのか・・・」
「死ぬなんて、とんでもない!」
と、そこに松下がやって来た。魁人が見つかり、入院しているという知らせを聞いて、ここにやって来たそうだ。今日は仕事だが、見舞いのためにやって来た。
「山崎、大丈夫だったか?」
「はい・・・。ごめんなさい」
魁人は謝った。突然姿を消して、死のうと思った事を謝りたい。本当はしたくなかったけど、自分のわがままでこんな事になってしまった。
「いいんだよ。つらかっただろう?」
松下は魁人の頭を撫でた。松下の手は、いつも以上に温かい。
「うん・・・」
「残業が嫌だったら、言えばいいんだよ」
残業はしてもしなくてもいい。強制的ではない。だが、上の人に従わなければならないと思っているから、いつも残業していた。どうして嫌と言えなかったんだろう。どうして断る事ができなかったんだろう。
「本当にごめんなさい・・・」
「もういいんだよ・・・。みんな、待ってるぞ」
魁人は涙を流した。迷惑をかけた会社の人に謝罪したい。
「はい・・・」
「じゃあ、俺はこれで行くから」
「はい・・・」
松下は病室を出ていった。魁人は松下の後姿をじっと見ている。
そして、具合がよくなり、魁人の退院が明日に迫っていた。魁人はすでに荷物をまとめてある。荷物のほとんどは、入院後に自宅から持ってきたものだ。死のうという考えは、全くなくなっていた。
退院が明日に迫ったより、魁人は夢を見た。それは多々良の集落にいる夢だ。多々良は寂れている。あの時がなかったかのようだ。
「戻って来てよ」
魁人の周りにはおばけがいる。おばけは魁人に優しそうに接している。どうやら、彼らは待っているようだ。もう一度、行ってみようかな? そして、多々良で生活したいな。
「うーん・・・」
だが、魁人は不安だった。本当にやっていけるんだろうか? 農業なんて未体験なのに。
「困ったら、何とかするから」
「・・・、わかった・・・、考えておく・・・」
おばけは消えていった。そして、元の誰もいない多々良に戻った。魁人はそこに立ちすくんでいた。本当にここに引っ越していいんだろうか?
「おはよう」
魁人は医者の一言で夢から現実に戻された。ここは病室だ。多々良ではない。ここにいると、どこか落ち着かない。どうしてだろう。都会だからだろうか?
「おはよう」
「いよいよ今日、退院だな」
「うん」
そう考えると、魁人は下を向いた。もうすぐ仕事に復帰する。これからは定時で帰れるように調整するというんだけど、本当にやって行けるのか心配だ。仕事の趣味の両立なんて、難しい。どうしたらいいんだろう。答えが見つからない。
そこに、松下がやって来た。今日は仕事が休みなので、病院にやって来たようだ。
「来週月曜日から復帰なんだけど、どう?」
魁人は少し考えた。戻りたいけど、戻ってもまた両立できずに自殺まで追いやられそうだ。それに、この多々良でのんびり生活するのが、自分にとっては一番じゃないかと思い始めてきた。困った事があっても、支えてくれるおばけがいるだろう。
「その話なんだけど、退職しようかなと思って」
「どうして?」
松下は驚いた。どうして戻らないんだろうか? もう残業はさせないと思っているのに。
「もう一度、自分を見つめ直したいんです」
魁人は思った。これは自分を見つめ直す、最後のチャンスかもしれない。ここでのんびり生活して、何かを感じたいな。そして、自分の生きがいを見つけたいな。
「そっか。でも、どうして?」
「自分が何をやりたかったのか、見つめ直そうと思って」
松下は残念がった。だが、それは魁人の決めた事だ。もう止めはしない。自分の道を歩んでほしいな。
「そっか。残念だけど、もう一度、見つめ直すのか・・・」
「はい・・・、自分のわがままで、ごめんなさい・・・」
「いいんだよ・・・。それじゃあ、俺はこれで」
松下は病室を去っていった。
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