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それから何日経ったのだろう。全く覚えていない。いや、もう覚える必要はない。もう死んでいくんだから。魁人はただ、夜空を見上げていた。いつになったらあの青い空へ行けるんだろう。そして、空から日本を見下ろす事ができるんだろう。その日は着実に近づいているはずだ。魁人は誰にも気づかれないような場所にいた。ここならディーゼルカーは見えないだろう。誰にも気づかれないまま、死んでいけるだろう。
魁人はため息をついた。どうして自分は生まれてきたんだろう。イラストを描くのが好きだったのに、その時間を仕事で奪われて、楽しくない人生を歩んでいる。誰がこんな運命にしたのか? 神様に聞いても、神様は目の前にいない。教えてくれない。もしできるなら、仕事も趣味も安定してできる企業がいいな。だが、そんな会社あるわけない。
「ねぇ」
と、誰かの声が聞こえた。魁人は辺りを見渡した。だが、誰もいない。ここにはもう誰もいないはずなのに、どうして人の声がするんだろうか? もしかして、死期が迫っているからだろうか?
魁人は後ろを振り向いた。そこには、少年の姿をしたおばけがいる。魁人は驚いた。まさか、ここはおばけの出る場所だったの? 知らなかった。
「えっ、おばけ?」
「そ、そうだけど、怖くないの?」
おばけは戸惑っていた。今回も怖いと言われてしまいそうだ。
「うん」
だが、魁人は怖くないようだ。おばけはほっとした。それだけではなく、優しく接してくれた。
「どうしてここに来たの?」
おばけは気になった。どうしてこの人は、ここに来たのか? もう誰も住んでいないのに、本当にやって来ていいんだろうか?
「ここで死のうかと思って」
おばけは驚いた。まさか、死のうとしているなんて。そんなの、やめて! みんなが悲しむよ! それはやめて!
「やめて! そんなのやめて!」
「どうして? 俺はもう生きる価値がないんだよ!」
魁人は悲しそうな表情だ。おばけはその表情を見て、よほどつらい事にあったんだなと思った。どうにか救いたいけど、何もできない。それで死ぬなんて、とんでもない!
「そんな事で死ぬのはやめて!」
「来ないで!」
魁人はおばけを引き離した。あっちに行ってほしかった。もう助かりたくないのに。
「大丈夫かい?」
「もうこっちに来ないで! 俺は孤独に死にたいのに!」
そして、魁人は駅を離れ、駅の近くの民家の廃墟に向かってしまった。
「どうして死のうと思ったの?」
おばけはついてくる。生きていてほしいと思うようだ。だが、魁人の気持ちは変わらない。
「俺、仕事ばっかりで好きな事ができないんだよ」
「そうなんだ・・・。大変だね・・・」
おばけは魁人の気持ちがよく分かった。好きな事を失うと、よくそうなるよね。
「好きな事ができない人生なんて、人生じゃないよ!」
と、おばけは冷たい手で魁人の頭を撫でた。ひんやりとしているのに、どうしてこんなに暖かく感じるだろうか?
「その気持ち、わかるよ」
「本当?」
「うん」
魁人は今までの人生を振り返った。高校までは普通だったのに、大学では遊んでばかりで落第して、そこから転落人生ばかりだ。あのとき、落第していなければ、遊んでいなければ、もっといい未来が待っていたのに。できればあの頃に戻りたい。だけどそれは不可能だ。
「俺、希望を持って東京に来たのに、そこで落第して、ここまで落ちぶれたんだ」
「そうなんだ・・・」
ふと、魁人は思った。ここはどんな場所だったんだろう。昔は賑わっていたようだが、今では誰も住んでいないようだ。ここに住んでいた人は、どんな事を生業としていたんだろう。いつ、この集落は人がいなくなったんだろう。
「ここって、どんなとこだったのかな?」
「ここにはかつて、何百人もの人が住んでたんだ。林業で栄えて、冬はスキー場で賑わったんだ。でも、みんな都会に行っちゃって、お年寄りばかりになって、そして消えちゃったんだ。東京って、あこがれの地のように思えるけど、大変なんだね」
おばけは昔、ここに住んでいた。だが、夢を求めて東京にやって来た。だが、東京での生活は厳しかった。いつの日か、故郷に帰りたいと思っていた。だが、すでに両親は亡くなり、帰る場所をなくしてしまった。そして、東京で孤独に死んでいった。その亡霊は、ここに住んでいた平和な頃のままでここをさまよっているそうだ。
「そんな場所だったんだ。ここにも賑わっていた時期があったんだね。確かに東京には夢がある。だけど、厳しい仕事もある。僕はそんな仕事に振り回されて、生きるのがつらくなってしまったんだ」
おばけは魁人の話に聞き入っていた。まるで自分と一緒だね。だけど、仕事を頑張って、人生を全うしてほしい。
「うん。もうここには誰も住まないだろう。だけど、あの多々良山駅だけは残り続ける。ここに多々良という集落があったという事を語り継ぐために」
「そうなんだ」
魁人はおばけの話す多々良の昔の姿に聞き入ってしまった。こんな時代があったんだ。その頃はとっても良かっただろうな。ゆっくりと時間が流れていくようで、みんな平和なようで。
「どうしてみんな、都会に行っちゃうのかな?」
「そりゃあ、夢があるからだろう。でも、実際に住んでみて、本当にそうなのかなと思った」
魁人は豊かさを求めて東京に行った。なのに、豊かさなんてどこにもなかった。あるのは、厳しい現実ばかりだ。どうしてこんな生活になったのかと問いたいぐらいだ。
「生活が安定しているから、そっちに行きたいと思うんだよね」
「うん。欲しい物が手に入るからね」
おばけは寂しくなった。だから、みんな都会に行っちゃうんだな。そして、田舎は寂れていく。そして、誰もいないくなる。それが時代の流れなんだろうか?
「そっか。だから田舎は寂れていくのかな? 時代の流れの中で、消えていくのか。寂しいな」
「俺たちの気持ち、わかるの?」
おばけは思った。自分たちの気持ちがわかるとは。この人は優しいな。この人なら友達になれそうだな。
「うん。わかる」
「ありがとう」
と、魁人は立ち上がった。ここの景色を見たいな。魁人はゆっくりと歩き出した。辺りには、トタン屋根の家が立ち並んでいて、いまにも崩れそうだ。もう何年も住んでいないし、何年も整備されていないようだ。忘れ去られた集落は、いつまでその面影を残し続けられるんだろう。
「どうしたの?」
「最後の思い出に、ここを見て回ろうかなと」
「どうぞお好きに」
おばけは魁人の後姿を見ている。この人も、自分と同じくおばけになってしまうんだろうか? いや、まだなってほしくない。もっと生きて、ここに来てほしい。
「こんな場所だったんだね。ここに人の営みがあったんだね」
「温もりのあった生活だったのに、若い子はみんな都会に行っちゃったんだ」
魁人は横を向いた。そこにはあのおばけがいる。一緒に多々良集落の跡を見てくれるようだ。
「寂しいね」
「でしょ?」
歩いているうちに、寂しさを感じた。昔は多くの人の営みがあったのに、今ではこんなに静かになってしまった。この駅がなくなると、多々良という名前は山の名前しか残らなくなる。こうして、多々良集落は人々の記憶から消えてしまうんだろうか?
「また帰ってきてほしい?」
「うん」
おばけはまた帰ってきてほしいようだ。そして、多々良集落が再び賑わいを取り戻してほしいと思っているようだ。だが、そんなにかなわない。もう寂れた集落が戻る事はないだろう。みんな、都会に行ってしまうんだ。
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