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その頃、魁人は多々良山(たたらやま)駅に向かっていた。魁人はそこへ向かう途中、とある無人駅の近くで車を降りて、電車に乗り込んだ。多々良山駅は中国地方にある駅だ。かつてはこの駅の辺りに多々良集落があり、冬はスキー場で賑わった駅だった。多くの人で賑わい、スキーシーズンにはスキーヤーのための臨時列車が発着したという。だが、多々良は過疎化が進み、スキーヤーの減少でスキー場は閉鎖になった。そして、多々良からは誰もいなくなった。多々良山駅はかつて、行き違いのできる駅だったが、本数の減少などで行き違い設備が撤去された。広い構内は、賑わった頃の多々良山駅の面影を残している。だが、日に日に老朽化が進み、草が生い茂り、その面影は徐々に消えていく。整備をするはずの職員もいなくなり、半世紀近く前に無人駅になった。現在の1日あたりの乗降客数は0人に近い。
「やって来たか・・・」
多々良山駅が近づき、ディーゼルカーが減速した。ディーゼルカーは小さな車体で、まるでレールバスのようだ。乗客は数えるほどしかない。かつては長い編成の急行が多く行き交い、SLの牽引する客車列車は5両ぐらいだった。だが、沿線の過疎化やモータリゼーションの影響で、急行は全て廃止になり、普通列車はSLの牽引する客車から気動車へ変わった。その気動車も念を追うごとに編成は少なくなっていき、現在では1両の短い気動車が3往復するだけになってしまった。それでも乗降客数はガラガラで、廃止が取りざたされているという。だが、ここは豪雪地帯で、代替の道路の整備が十分ではないので、廃止は逃れている状況だ。
ディーゼルカーは多々良山駅に着いた。魁人は切符を運賃箱に入れ、多々良山駅で降りた。この気動車はワンマン運転で、運転士後ろの運賃箱に切符もしくはお金を入れる。お金を入れる時は整理券も必要だ。魁人が駅から降りると、運転士は魁人を見た。ここから降りる人がいるのが珍しいからだろう。だが、魁人は全く気にしていない。
魁人が下りると、ディーゼルカーの扉が閉まり、ディーゼルカーは出発した。魁人はその様子を見ている。おそらく自分が乗る最後の電車だ。しっかりと見ておこう。
「ここで飢え死のう・・・」
魁人は駅舎に入った。駅舎は木造で、おそらく開業当時だろう。かつては多くの人が行き交った駅だが、定期的に整備されているようで、ここはきれいだ。
魁人は駅前のベンチに座た。ここなら誰にも見つからないだろう。ここでただ死を待つのみだ。
「大変な人生だったな・・・。もうこんな社会、嫌だよ。もう人間に生まれたくない・・・」
ベンチに座り、目を閉じると、昨日まで勤めていた会社の、地獄のような日々が蘇る。好きな事ができずに、残業ばかりで精神的につらかった日々を思い出す。
昨日の夜の事だった。この会社は夕方5時半で終わりだ。だが、そんな時間に帰った記憶がない。いつも午後9時まで残業の日々が続いている。忙しいから、人手が足りていないからだ。つらいけれど、上司の命令に従わないといけない。そして、生きていくために稼がなければならない。それだけが自分を後押ししていた。
「今日も夜9時までね」
松下の言葉に、魁人は肩を落とした。結局、今日も残業だ。そして、好きな事をする時間が削られていく。趣味の仲間とも会う機会が少なくなってきた。会いたいのに、仕事ばかりで会う事ができない。つらいけれど、耐えなければ。だが、好きな事をする時間を奪われ、魁人の精神はズタズタだった。
「はい・・・」
魁人は元気がない。本当は嫌だという事が目に見えてわかっていた。だが、会社のためにも残業をしないと。
「大丈夫か?」
上司は心配そうな表情だ。どこか具合でも悪いんだろうか? ならば、今日は帰りなさい。
「大丈夫です・・・」
結局、魁人は大丈夫だと言ってしまった。弱気を見せてはいけない。残業を断ってはいけない。本当は残業をしたくないのに。好きな事をする時間が欲しいのに。
「そっか。いつも残業ばかりでごめんな」
「いいですよ・・・」
そして、魁人は仕事を続けた。つらい日々だけど、会社のために頑張らなければ。だけど、いつまでそれが続けられるんだろう。魁人は徐々に不安になってきた。つらい日々はどこまで続くんだろうか? 自分はこのまま、好きな事を見つけられなくて、死んでしまうんだろうか? 好きなものはずっと好きでいたいのに。どうしてこんな会社に入ってしまったんだろう。
午後9時になった。ようやく今日の仕事が終わった。魁人はため息をついた。明らかに元気がない。その表情は、みんなの目にも見えていた。
「はい、お疲れ様」
松下は肩を叩いた。
「お疲れ様です・・・」
「お疲れ様ー」
魁人は更衣室に向かった。魁人は肩を落としている。残業ばかりで、魁人は精神的に大きなダメージを受けていた。次第に、生きていていいんだろうかと思うようになってきた。
魁人は夜の帰り道を歩いていた。魁人は泣きそうだ。もう残業なんてこりごりだ。好きな事ができない人生なんて、人生じゃない。
「はぁ・・・。どうしてこんな所に就職してしまったんだろう・・・」
魁人はスマホで、ネット友達の写真を見た。みんな楽しそうだ。だが、自分はこの中に入れない。今の会社に就職して以降、もう何か月も会っていない。
「楽しそうだな・・・。俺もこの中に入りたい・・・」
次第に魁人は泣いてしまった。だが、誰も振り向かない。まるで誰も無視しているかのようだ。
「俺、好きな事ができなくて、毎日がつらいよ・・・」
ふと、魁人は実家に電話をした。
「もしもし」
「もしもし、元気にしてる?」
母だ。高校卒業と共に離れ、年末年始に会うぐらいだ。年を追うごとに会う機会は減ってきたけど、全く寂しくない。
「うん」
「そう。よかった! じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
魁人は電話を切った。そして思い出すのは、ネット友達の事だ。今も僕の事を忘れていないだろうか? 久しぶりに会いたいな。
「もう何か月も会ってないよ・・・。会いたいよ・・・。うっ・・・。うっ・・・」
魁人は帰りの地下鉄に乗っていた。夕方のラッシュは終わり、地下鉄は閑散としていた。夕方のラッシュを体験できる会社がいいよ。定時で帰れる会社がいいよ。魁人は肩を落とした。涙は出なくなったが、寂しさでそれ以上につらいと感じる。
「俺、つらいよ・・・。だけど、誰も可愛そうだと思ってくれないんだね。好きな事ができないって、つらいよ。死にたいよ・・・。遺書書こ・・・」
魁人は心の中で思っていた。こんな人生、人生じゃない。もう死ぬしかないな。生きていてしょうがないだろう。
魁人は自宅に帰ってきた。自宅に帰っても、誰もいない。もう何年もこんな日々だ。恋がしたいけど、好きな女は全くできなかった。
「色々あった人生だったな・・・。あのとき落第していなければ・・・。教員になっていれば・・・。全部自分が悪いんだ。後戻りできないんだ・・・。もう命を落とすしかないんだ・・・」
魁人は最初、教員になりたかった。だが、教える力がなくて、断念していた。その間にも、同僚は就職活動をしていて、すでに就職が決まっていた。気が付けば自分は就職浪人になっていた。何とか就職する事はできたものの、どの会社の長続きせず、入退社を繰り返した。何度も失業保険に入った。
「飲もう・・・。これが人生最後の酒だ・・・」
魁人は近くのコンビニで買ってきた缶ビールを飲んだ。色々つらい日々だったけど、もう終わりだ。明日、この家を出て、遠い秘境で飢え死にしよう。その場所は、すでに決まっている。行き方はすでに考えてある。
「おいしい・・・」
魁人は一緒に買ってきた柿の種をほおばった。魁人は母を思い出した。幼少期から優しく接してくれた。だけど、先に旅立ってしまう。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だが、それは生き方を間違えた自分が悪いんだ。悪く思わないでくれ。
「僕を癒してくれて、ありがとう・・・。ごめんな・・・」
ふと、魁人は空を見上げた。外はきれいな夜空が広がっている。とても美しい。
「きれいな空だな・・・。もうすぐ俺はここから見る事になるのか・・・。それもいいな・・・」
これからは遠い空からこの世界を見下ろそう。そして、次に生まれ変わるまで、この世界の移り変わりを見ていきたいな。
「お母さん・・・、ごめん・・・。こんな俺を・・・、許して・・・。おやすみ、お母さん・・・」
魁人はいつのまにか涙を流していた。今日2回目だ。こんなに泣いたのは、何年ぶりだろう。
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