……(導入部)

神代零児

(導入部)

 黎玅神アズヴィーラは大陸に於いて最高位にあり、大地の禍いとなる存在が溢れる今という時代への再臨が望まれていた。


 アズヴィーラの眷族アスリルを束ねる巫女ヘルメルスは或る日、神託を受ける。


 ーー我が愛はルサナの肉体を満たし、現世へと注がれようーー


 ルサナはアスリルの中にあって、最も高い霊格を秘めた女であった。


 ヘルメルスはルサナに神の依代となる運命を告げることを、覚悟する。


 神殿の広間、屈強なる守護兵が立ち並ぶ中を、ヘルメルスの召喚に応じたルサナが進む。


 歳の頃は二十歳を過ぎた辺り、身の丈百七十一の女丈夫である。


 限り無く淡い桃色の髪を長く伸ばした姿は、周りに畏怖の念さえ抱かす幽玄さを湛えていた。


「かの神をその身に降ろせることは、正に至上の悦びでしょう。貴女にアスリル全ての民の祈りを託します」


 ヘルメルスの言葉に、しかしルサナはこう言い放つ。


「お断りします、ご老体」


 齢二十五前後に見えるヘルメルスの眉間が、微かに動いた。


 守護兵達がどよめき立つが、ルサナは微塵も構うことなく続けていく。


「七十年の長きに渡り巫女の大役を務めてこられた事には、心から敬意を表しますが……」


 元来高き霊格を秘めた者は、その一生に掛けられた肉体の刻を留める事が出来る。


 だがルサナの眼は、ヘルメルスの精神の中に衰えを見出したようだった。


「あの神が現世に肉体を欲することの意味を、巫女様はまるで解っておられない。それはやはり、老いの所為でありましょう」


 ヘルメルスは淑やかだったが、その表情には怒りを表していた。


 それでも。


「このままでは巫女様は、アスリルの民を崩壊へと導いてしまうことになる。……そうなる前に一線を退かれよ」


 ルサナはヘルメルスの喉元へと手を翳し、それが当然の摂理であるとして言い放つ。


「私が退いたとして、この大地はどうするのです?」


「下界にはこのまま、この私が降りましょう。ええ、あのハイバを伴って」


 ハイバという名を耳にしたヘルメルスは、ルサナがいよいよ本気なのだと思い至る。


 幽玄であったルサナのその顔に、色濃く生気が入り混じっていく。


「私と彼の二人であれば、大地に、神をも超える力が振るえましょう!」


 それは誰であろうと決して見紛えぬ、明星の如き愛の感情であった。

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……(導入部) 神代零児 @reizi735

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